世の中にはカラダの関係から始まる恋ってのがあってだな《週刊READING LIFE Vol.304 恋はいつでもハリケーン》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/4/14/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「あんたさ、全然幸せそうやないんやけど?」
ドキーーーーーーーーーーッ!!!!!
私の心の奥底を、まるで虫メガネで拡大するかのように見透かして姉は言った。
図星過ぎて何の言葉も言い返せないでいると、追い打ちをかけるように姉は続けた。
「本当に、好きなの?」
「うん、好きだよ!」と秒で返答できないことが全てだった。
私は、カレというより、カレとのセックスが好きだったのだ。
出会いは20代後半、あるのかないのかまだ結婚願望の輪郭もハッキリしなかった頃だ。私は実家に父と二人で住み(母は他界で、姉は嫁いだ)、会社員をしていた。フリーの私に親友が高校の同級生を紹介してくれるということで話はまとまった。
居酒屋で軽く飲んで、カラオケで歌う。
眼鏡をかけたインテリ風という印象以外は可もなく不可もなくと言ったところだった。しかし、彼の方は私を奇跡的に気に入ってくれたのか、親友を通して「連絡先を交換してほしい」との一報が入った。
正直に言おう。
女子として認識された事が(やったー!)という気分だった。
私もまだまだ捨てたもんじゃないわね、そう思った。
少し離れた場所に住んでいた私たちは、インテリ眼鏡君が出張でこちらに来るという日に合わせて再び会うことになった。
会って数分……愕然とした。
何も話が盛り上がらない。何も面白くない。相手からのアクションがまったくない。
初対面クラスの人に対しては必要以上に気を遣ってしまうタイプの私は、インテリ眼鏡の仕事や趣味について質問に質問を重ねて、うっすいリアクションを拾いに拾った。
彼からの質問はほとんどなかった。
(私、何してんだろ)
虚しい思いが胸に広がるのを、掻き消すために梅酒ロックをゴクゴク飲んだ。
めちゃくちゃ疲れた。
もう会うことはないな……。
インテリ眼鏡と遊んだことがあるという事実すらおぼろげになりつつある頃、突然に再会のフラグが立った。親友がお付き合いしていた方と結婚することになったのでお式に来て欲しいという。親友と同じ部活だったインテリ眼鏡ももちろん来るという。
(やっべーな)
実は、居酒屋で私がインタビュアーになりきったあの夜のあと、彼から一度お誘いがあったのだが、もうどうしたって行く気になれなかった私は丁重にお断りをしていたのだ。
いやー、絶対気まずいでしょー。
出来たらあんまり顔を合わせたくないでしょー。
結婚式当日、私は親友の幸せいっぱいのオーラに目を細めつつ、心のなかでは(どうかインテリ眼鏡とあまり接触しませんように)と祈った。もちろん視界の端にはきちんと正装した彼が入ってきたが、彼の方も気まずかったのか式場で話し掛けられたりすることもなく無事に終了した。
問題は、三次会のカラオケだった。
少し遠くから来ている私のために親友がホテルを取ってくれていた事もあって、二次会が終わった後もホテルに帰ることを許されなかった私は三次会の会場にいた。
夫側の学生時代からの友人たちと、妻側の学生時代からの友人と、なぜか単身乗り込んだ私。
全員がいい感じに酔っぱらい、緩みに緩みだした頃、どさくさに紛れて私の腰に手を回してきた輩がいた。インテリ眼鏡だった。
しかし、だ。
酒というものは怖い。私はインタビュアーになった時の(この人とは合わない)という警戒心をもう捨ててしまっていた。
それどころか、彼の手の回し方にイヤな感じというものがなく、いい意味で(お?)と思ってしまった。
インテリ眼鏡は室内に響くカラオケの大音量をよそに、息がふきかかるくらいに近づくと
「あした、デートしよっか?」と囁いた。
インタビュアーの夜の悪夢が甦った私は、瞬時に冷静になった。
「ハハハ、ごめん、明日もう帰らなくちゃだから、デートは難しいかな」
「じゃあさ、家の方までドライブしながら送るってのはどう?」
出してくる選択肢が賢い! さすがはインテリ。
こちらの負担が軽くなる方法だと「それなら」と言いやすいし、断りにくい。
それに前回は話が盛り上がらなかっただけで、彼は身だしなみがきちんとしておりオシャレで、高学歴の持ち主ときた。部活動でもキャプテンを務めていたらしい彼は、やはりそれなりにリーダーシップが取れて、周りから一目置かれているようだった。
それなら、ま、いっか。
これが全ての始まりだった。
結局、幾度かのデートを繰り返したのち、彼から正式に「お付き合いしてほしい」という告白を受けた。が、やはり、まだ、迷いがあった。
素の自分を出せていない事が最大の要因だった。
私が少し背伸びをしてカッコいい女を演じれば、体裁が整う感じがした。
でも、彼といる時に、本当に心から笑えているかと問われれば違かった。
それなのに、ズルズルとした形で付き合うことになったのは、彼の色気がそうさせたと言っても過言ではなかった。
運転する時のクールな眼差し、品のある清潔感溢れる手元、静かな口調……
彼を纏うオーラのほとんどは色気で出来ていた。
お笑いが大好きで、姉にしこたま一発ギャグや変顔を仕込まれた私が持っていないものばかりだった。違い過ぎる属性が、逆に魅力的に見えた。
(絶対、合わんやろ……)
心はとっくに答えを出していたのに、それを無視して私は彼の色気に飛び込んでしまった。
飛び込みついでに、私は禁断の扉を開けた。
父と暮らした実家を出て、人生初の一人暮らしをしていたワンルームのマンションに彼をあげたのだ。
「少し考えさせてください」などともっともな事を言って保留をしておきながら、彼を自宅に上げる。こんな始め方は結局、逃げだ。それ以上回答を求めない彼と、本音に言及しない私、ズルい二人の恋のようなものが始まった。
自宅に招き入れて、少し落ち着いた頃、彼に後ろから抱き締められそのままキスの流れになったが、その時の衝撃ったらなかった。
(な、な、な……なんじゃこりゃーーーーーーーーー!!!!!!)
突然暴風が吹き荒れた。まさにハリケーンだった。
唇と、その周りの皮膚の境界線がなくなったんじゃないかと思うくらいにトロけた。
もうトロットロのトロットロに溶けて唇が消えてなくなるかと思った。
(あ……もう……アカン……)
抗っていた何かをもう全て諦めて、彼のリードのままに身を委ねた。
想像する何百倍も彼がエロくて、震撼させた。
ご想像通り、初キスからいくらも経たないうちに私たちは夜の契りを交わした。
交わしてしまった、という方が感覚に近かった。だって、もう、戻れない気がしたから。
(こりゃ、ヤバいなぁ……)そう思った。
というのも、相変わらず、素の自分が出せないままでいたからだ。
あまりにふざけ過ぎて、大学時代の友人に「お笑い芸人みたいなところが好き」とメッセージカードを頂戴したこともある私とは正反対の「物静かなお姉さん」を演じなければいけなかった。そういう意味ではいつも戦っていた。
違う……違う……本当の私はこんなんじゃないんだ!!
それに反比例するように、夜の関係はより深まっていった。
理学部出身の彼は、どうやらこれまでも相当な数の女性を相手に対戦してきたようだったが、女性の反応を観察するようにじっくり堪能しながら、気持ちのよい場所をまるで実験でもするかのように探り当ててきて、毎回私を唸らせた。
フルコースのような悦びを与えてくれる彼に、文字通り「オンナとしての幸せ」を感じた。
その一方で、胸騒ぎを覚える自分がいるのも確かだった。
ベッド以外の場所にいる時の彼の冷たさがそれを物語っていた。
外で食事をしている時、会話もそこそこにスマホをいじりだす。こっちの顔なんかちっとも見ていない。外で手をつなごうとしたらヒュルリとかわされる。会話の糸口をみつけるのも結局はいつも私だった。正真正銘、独身の若い者同士の自由な恋愛なはずなのに、イメージは「表に堂々と出られない不倫」みたいな気持ちになっていった。
なんだかなぁ。
体の相性が良すぎるばかりに、他の合わない部分がより強調されて見えた。
いや、元はと言えば、私も悪いのだ。
彼のすべてをひっくるめて愛していこう! という気概がまるでなかったのだから。
心と体の乖離が顕著になり始めた頃、姉に言われたあのフレーズが胸に刺さった。
姉が特に鋭いタイプなのか、私の顔から笑顔が消えていたのか、あるいは両方なのか定かではないが(もう潮時だな)そう思った。
カラダ中心の付き合いがもうそろそろ一年になろうとしていた。
とはいえ、フィジカルでの結びつきというものはそう簡単に離れられるものじゃなかった。きっと世の中私の他にもこんなフィジカル優位の付き合いってもんが横行してんだろうなぁと思いつつ、いずれはこの悪魔のスパイラルから身を引かねばとも感じていた。
オンナとしての幸せはもちろん欲しい! でもそれは、「こういう自分がすき」と自分で認められる時にこそ力を発揮するものなのだ!!
離れる手始めに「距離をおく」という王道スタイルを取ることにした。
いきなり「別れましょう」はなかなかハードルが高かった。相手も薄々感じる思うところはあったのかすんなり話はまとまり、私たちは連絡を取り合うことを一切やめた。
距離を置いて1~2ヶ月が経った頃、大学時代の友人たちと旅行に行くことになった。そこには私を「お笑い芸人」と評した彼女もいた。私がふざければふざけるほど、彼女は嬉しそうに大笑いし、私は私で久しぶりに横隔膜が激しく上下するほど笑い転げた。
あ~生きてる! これなんだよな~必要なものは!
オンナとしての幸せと心熱き友情は、同等に語れるものではないが、それでも自身のアイデンティティが認められていく様子は、心底私をホッとさせた。
やっぱり、ありのままの自分で勝負できる人と幸せになりたい!!
心が開放させられたこの旅行により、私の決意は強固なものになった。
別れを切り出そうとして、ひとやまあった。
話をするために彼が自宅近くまで車を走らせてきてくれたが、私は家にはもう上げられないと伝えた。「疲れているから」という理由で彼も家に上げることを諦めきれない様子だったが、ここで上げてしまえば元の木阿弥ということは十分にわかっていた。
「ごめん、本当に今日は家には上げられない」
少しの押し問答の末、私はようやく彼とケジメをつけることに成功したのだった。
それからというもの、私は息を吹き返したように元気になり、よく笑うようにもなった。
もう全然似合わない「物静かなお姉さん」を演じなくてよいことにヒャッホーと走りたい気分だった。そして、姉には「よくやった」とお褒めの言葉を頂いた。
改めて独身貴族を謳歌して一年が経った頃、あるひとつのお誘いがあった。
のちに夫となる友人だった。
趣味を通してもうかれこれ3~4年友人付き合いをしていた彼に「二人で食事にいこう」と言われて最初は意味が分からなかった。それほどまでに男性として意識した事がなかったからだ。
「なぜ?」という私に「一度ゆっくり話がしてみたいと思って」と今さらながらの回答をよこしてきた。
「じゃあ一時間一本勝負で!笑」
という私に「よっしゃ! 乗った!」と答えた夫と焼き鳥屋で一杯飲むことにした。
何の期待もせずに出かけた煙モウモウの焼き鳥屋で、私は二度目のハリケーンに襲われることになった。
まあ~びっくりするほど、話が尽きない。
彼が私に興味を持って質問する事と、私が彼に興味を持って質問する事のバランスが良すぎて、何のストレスもないまま楽しい時間はあっという間に過ぎた。
彼はサラリーマンを辞めて独立して5年が経過していたが、謙虚な姿勢と芽生え始めた自信のシーソーが傍からみると非常にいい塩梅で、顔はともかく(笑)とにかく男としてかっこよく映った。
ちょっと、誰ですか!!
こんないい男を7回もフッた女性がいるそうですけど!!
夫自身、ネタにしていたが、事実そういう女性がいたようで、一歩間違えれば変態の所業であったが、7回もフッた女性がいるおかげで、彼はいまこうして私の隣でビールを飲んでいる。
そう思うと感謝しかなかった。
焼き鳥屋を出ると私は言った。
「全然話し足りなかった! オススメのイタリアンがあるから次はそこに行こう!」
トントン拍子に話は進み、私たちはこの一年後に式を挙げた。
自分に嘘が無く、縁がある時は、周囲の後押しもあってこんなに事が運ぶんだ、そんな実感だった。
あの時、焼き鳥屋でかっこよく見えた夫は、今でもそれを裏切ることなく、誠実に温かい愛情を持って家族を私や子供たちをリードしてくれている。
彼の誠実さに応えるように、私も誠実に生きていく。
これが心から思えることだ。
インテリ眼鏡とのトロけるような夜を思い出さないと言えば嘘になりますけどね。
これは墓場まで持っていく所存です……ってもうここで言っちゃってるかハハハハハ。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!
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