やっと夜明けを迎えられた喜びについて《週刊READING LIFE Vol.308 夜明け》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/5/12/公開
記事:吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
人生100年時代とは最近よく聞くけれど、介護業界に長年いる私でも、100歳を超える方に出会うことは、そう頻繁にあることではない。
だから、まだ「人生100年」とは思えずにいる。
しかし、100年生きるとしたら、私はやっと夜明けを迎えた頃かな、という考えがふと浮かんだ。
今が人生の夜明けだとして、人生100年を1日24時間に換算したら、私の年齢は何時なのだろう? 計算をするのが面倒だったので、ChatGPTさんに聞いたらすぐに教えてくれた。「11:24」だそうだ。
さらに、人生100年時代とは言うけれど、そうそう100歳までは生きられないと考え、人生90年くらいが妥当かなと思い聞いてみたところ、「12:40」だそうだ。
あれ、夜明けどころではなく、もう昼なのだ。考えてみれば「人生の折り返し地点」と言われる年齢になっているのだから当たり前のことだ。でも、私の気持ちとしては夜明けだから、これからの人生でぎゅっと午前中を過ごし、充実した午後と楽しい夜を過ごしたいと思っている。
高校生のときの忘れられない会話がある。
友だちに、「ミカの家は、お父さんとお母さんが一緒にごはんを食べるの?」と、突然聞かれた。たしか、土曜日の学校帰りに寄り道して、ファストフードでごはんを食べていたときだったと思う。
急な質問で、質問の意図もわからず、私は思わず「うん」と言ってしまった。そんな場面にはもう何年もお目にかかっていなかったのだけれど。
すると、友だちは、「へぇー、仲良しなんだね。うちはさぁ……」と家庭環境について話し始めた。細かいことは忘れてしまったけれど、母親が会社経営をしていて、父親はそんな母親に頭が上がらず不仲で、一緒にごはんを食べるどころか会話もない、でもたまに衝突することもあり、で、こないだなんてさぁ……と、包み隠さず話してくれた。しかし、悩んでいる風でも悲観的に話すわけでもなく、あっけらかんと両親の不仲を語って、そのうちに個性的な姉の話に移り、姉の仰天エピソードや面白トークを聞かせてくれて、その後はいつのまにか恋愛や大学受験の話になっていた。両親が仲が悪いことなんて、自分の人生の一部かもしれないけれど私自身には関係ないし影響も受けない、それよりも目の前の恋愛や大学受験のほうが大切、という感じだった。
このときに私がこの友だちに抱いた感情は「すごい!」だった。とにかく、すごい。
何をすごいと思ったのか、当時の私の細かな心情は忘れてしまったけれど、私にはない強さを持ち、家庭環境に動じることなく、確固たる自分を持って自立して生きている彼女をすごいと思ったのだと思う。普段から、彼女は自分の意見をしっかり持っていたし、自分の考えや思いをしっかり言葉にしていた。
なにより、彼女は私ができないことを、さらっと自然にやっている。
私は、とにかく子どもの頃から、本音を話すことが苦手だった。自分の意見を言うこと、本音をさらけ出すことが苦手で、無難なこと、周りが喜びそうなことを言うことが当たり前になっていた。
どうしてそうなってしまったのかは、私の元々の性格だったり、家庭環境や両親の不仲だったり、いじめられた経験だったり、いじめられるのが嫌でいじめる側に加担してしまったり……、という経験からかもしれない。
さて、せっかく高校で出会った友だちの自己開示に衝撃を受け、すごい! と彼女を尊敬したのだから、彼女を見習って私も変わろうと努力できたらよかったのだが、私にはできなかった。変わりたいとか、変わらなければ、という考えさえ浮かばなかった。
彼女はすごい。いいなぁ……。それは認めざるを得ない。でも、私は違う……。
友だちは友だち、自分は自分と線を引き、いいところを真似してみようとか同じことをやってみようとは思えなかった。
そうやって、自己開示が苦手なまま大学生になり、社会人になった。
社会人になってから、人間関係の悩みが常につきまとった。パワハラ上司に悩まされたり、私のリーダーシップ力がなさ過ぎてバラバラな組織になってしまったり、チーム内のコミュニケーションがうまく取れなかったり。
年齢を重ね、経験を積んで、いろいろと学んでいくことで、できることは増えていったし悩みも減っていった。でも、根本的な人間関係や自分自身の悩みは解決していない感覚がいつもあった。
そんな中、あるきっかけでコーチングを学び始めたのだが、その中で「セルフリーダーシップ」というものを知った。
まず自分を知って、自分に対してリーダーシップを発揮して、自分で自分を導く。人に対してリーダーシップを発揮するのは、その次だと。自分のことを知らないのに相手を知ることはできないし、自分に対してリーダーシップを発揮できない人が、人に対してリーダーシップを発揮することはできないのだ、と。
ここで、はたと気づく。
私は、私のことを知っている? 理解している? 私の本音は? 私はどういう人間で、何
を目指して生きていて、どこに向かいたくて、何が楽しくて、何を喜びに生きているのか?
考えてみても、まったくわからなかった。だから、自己開示が苦手というより、自分で自分のことがわかっていなかったから、開示のしようがなかったのかもしれない。セルフリーダーシップに衝撃を受けたが、それ以上に、自分で自分のことがわからないことに衝撃を受けた。
私は常に、「一般論でいうと」、「常識的に考えて」という前提で物事を考え、発言していた。自分独自の考えや本音は覆い隠して、「人がどう思うか」というフィルターを通した発言しかしていなかった。しかも、そのフィルターは、人への配慮や思いやり、やさしさだったらいいけれど、自分の保身のための、自分のことしか考えていないフィルターだった。
そうやって自分の本音と向き合ってこなかったために、自分自身がわからなくなっていた。
自分でも本音がわからない発言は、もちろん情熱もなければ説得力もなく、人を動かすことなんてできないし、深く人とわかり合うことなんてできない。そうやって表面的な会話しかできず、表面的な人間関係しか築けないから、いつまでたっても人間関係の悩みが尽きなかったのだ。フィルターを通したコミュニケーションしか取れず、自分自身も成長しないから、同じ壁に何度もぶち当たり、自己肯定感が下がるという負のスパイラルで生きてきた。
それからは、自分を知る努力をした。
まずは、小さいことから、「私が本当に食べたい夕食は?」とか、「どの洋服を着たい?」、「どの靴を履きたい?」、「テレビを見たい? それとも本を読みたい?」、「Aスーパーで買い物したい? それともBスーパー?」など、いつもなんとなくしていることを、いちいち確認するようにしてみた。
ほかには、たとえば、会社で上司の発言にイライラしたら、どうしてイライラしたのか深掘りしてみる。理不尽なもの言いに人間性を疑った、自分勝手な言動が頭にきた、などと最初はそのときの感情が出てくる。しかし、本当にそれだけなのかさらに深掘りしていくと、過去に自分もほかの人に対して同じような発言をしてしまったことを思い出し、それが自分の中で引っかかっているから上司の発言に過剰にイライラしてしまったのだ、という理解に至った。
モヤモヤしているときも、ただモヤモヤしている、ではなくて、モヤモヤの原因を探っていく。最近ダラダラしている怠惰な自分を腹立たしく思っているとか、仕事の疲れを引きずっているとか、やりたいことができていない自分に失望しているなど、モヤモヤの正体をつきとめられた。
そうやって自分を知る努力をしたことで、相手にも寄り添えるようになってきた。たとえひどいことを言われたり不愉快な態度を取られたりしても、その背景には、私にもあるように相手にものっぴきならない事情があるのだろう、私も気づかないところで同じようにしてしまっていることもあるのだろう、と。
もちろん、いつもいつもそう考えられるわけではなくて、まだまだ修行が必要だ。でも、そうやって相手に寄り添えるようになってから、人間関係の悩みが劇的に減った。
会社で悩みの種だった人たちもたいした問題ではなくなったし、家族に対して持っていたわだかまりも解消できた。何より、自分を知る努力をしたことで、自分の本音を言うこと、自己開示をすることに苦手意識はなくなった。もちろん、相手や時と場合によるけれど、表面的ではなく深い話ができるようになった。
こうして、人生の基礎力とでもいうのか、自分で自分のことがわかること、完全にはわからなくてもわかろうと努力すること、それを人との関係にも活かせる能力がやっと身につきつつある。結局は、人間関係の悩みはすべて自分が原因だったのだけれど、それに気づかず苦しみ続けていた夜を抜けて、失敗から学んだことで、夜が明けて明るくなってきた。
やっと自分で自分の人生を楽しい方向に軌道修正できて、自分をコントロールすることができるようになってきたのだ。
これからの1日をどう過ごそう? 何のために自分の命を使おう? 楽しくわくわくすることに時間を使いたい! そんな境地だ。
高校3年生、18歳を人生100年で考えると「4:19」、90年で考えると「4:48」。
まさに夜明けだ。
あの友だちは、高校生のときに、すでに人生の基礎力を身につけ、それに基づいて行動することができていた。やはり、すごい。そして、今では海外で活躍している。
私は半日以上の遅れを取って、現実の時間でいうと30年近くも遅れを取って、友だちと同じ夜明けを迎えられた。
いや、でも、自分と友だちの人生を比べることはできないし、遅れを取ったけれど遅れは無駄ではなかったはず。と、思いたい部分が多く、実際には無駄ではなかったと思えていない部分もまだあるが、そこは、これからの人生で伏線回収していきたい。
それぞれが自分のタイミングで自分の夜明けを迎えられればいい。たとえどんなに遅くとも夜明けを迎えられれば、それだけで価値があり、喜ぶべきことだ。と、自分に言い聞かせている。
□ライターズプロフィール
吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福祉業界で働きつつ、「誰かを笑顔にする文章を書く」「誰かのなにかのきっかけになる文章を書く」ことを目標に、文章を書き続けていきたいです。
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