週刊READING LIFE vol.308

ネガティブな事件は神様からの号砲です《週刊READING LIFE Vol.308 夜明け》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/5/12/公開
記事:かたせひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
一体いつになったらそうなるんだろう?
ねえ、いつ?
明日? 明後日?
来月? それとも来年?
 
56歳になった。
どこからどう見ても立派なおばさんだ。
なのに、私はある部分だけは年を取っていないらしい。
 
「年を取ればわかりますよ」
「年を取れば嫌でもそうなるよ」
散々聞いてきた。
なのに、未だにわからない。
そうなるのが嫌でもなく、出来たらそうなりたいと考えているのに、そうなれない。
 
私がなりたいもの。
それは……。
 
「朝早く目が覚める」ということだった。
 
人生の先輩方は口を揃えて、こう言った。
「年を取ると、朝早く目が覚める。そんなに長く寝ていられない。夜明け前に目が覚める」と。
 
夜明けかぁ。もう何年も見たことがない。
それでも、自分も年を取れば、いずれ朝早く目が覚めるようになると思っていた。
 
なのに、いくら年を重ねてもその兆候が見られない。
「ええっ! もうこんな時間!」
そう言って飛び起きるスタイルは、若い頃と大して変わりがない。
 
低血圧でもないし、夜更かしをしているわけでもない。
睡眠時無呼吸症候群でもない。
それでも目覚めるのは、夜がすっかり明けきってからだ。
 
そんな話を会社の野口さんにしたら、「僕なんか、夜明け前に目が覚めちゃいますよ。また寝ようとしても目が冴えて寝られないんですよねぇ」と言う。
野口さんとは同世代だ。
それなのに、この差!
私なら途中で目が覚めても、目を閉じると一秒で二度寝に入れる。
 
「しょうがないからさっさと起きて、出社してるんですよ。だから毎朝、僕が一番乗りなんです」
なるほど。それで7時には会社に来ているんだ。
ギリギリ9時に出社している私との差はそこにあったか。
 
夜明け前に起きる。
そんなことができたら、どれだけ優雅な朝を過ごせるだろう。
夜明けを見たことは数えるほどしかないが、その美しさは知っている。
 
紺色の闇が徐々に東の空から薄くなり、部屋に明るさが差し込んでくる。
太陽が昇るにつれ、部屋の白い壁やレースのカーテンが、オレンジがかったピンクに染まっていく。
ベランダに出て外を眺めると、グレーのマンションがピンクに染まっている。
コンクリートの無機質な冷たさを、ピンクの薄いベールで覆っているかのようだ。
人工物の冷たさと自然の暖かさが融合している光景に、思わずため息が漏れる。
自然が作り出す美しさは、私の想像をはるかに超える。
 
私がグースカ寝ている間、毎朝、このような美しい光景が繰り広げられているわけだ。
なのに、私と来たら……。
 
もし、早起きできたら、どんな朝を過ごそうか。
夜明けの美しい景色を眺め、心を満たす。
そして、朝日のパワーを受けながらヨガの太陽礼拝をしよう。
その後、スムージーでも飲んで、観葉植物にお水をやって。
 
そうだ! 爽やかな朝の空気の中でお散歩しよう。
帰りにはどこかのお店でモーニングでも食べるのもいい。
近所にオープンしたオーガニックレストランにでも行ってみようか。
この一連の流れ、まるで美意識が高い女子のモーニングルーティンだ。
ああ、なんてオシャレ。
こんなゆとりのある優雅な朝を過ごせたらどんなにいいだろう。
 
一方、通常の私の朝は……。
6時過ぎに一度は目覚める。
「あ、6時か。ちょっと早いなぁ」と「な」を言い終わる前に、もう寝ている。
しばらくすると、「ウソでしょ! もうこんな時間!」と、漫画のように布団を蹴っ飛ばして飛び起き、慌てて洗面所へ向かう。
太陽がどうだとか空がどうだとか、そんなことを気にかける時間もない。
 
ヨガ? 太陽礼拝? そんなことをしてる時間なんてない。
仏壇を拝むのがやっとだ。
もちろんスムージーもないし、散歩だのオシャレなカフェでモーニングなんて夢のまた夢だ。
 
世の中は、健康のためにも、美容のためにも、そして心のためにも「朝型推奨」で「朝活推し」だ。
「朝型の人は集中力が高い」「朝の時間を制する者は人生を制する」と、キラキラした言葉が並ぶ。
朝は脳が一番クリアで、集中力が高まる。
朝日を浴びることで幸せホルモン、セロトニンが分泌され、さらに時間の余裕と心の余裕が生まれる等、とにかくいいことづくめだ。
朝活の弊害なんて聞いたことがない。
 
「早起きは三文の得」というのもうなずける。
ということは、遅起きの私は三文の損をしているってこと?
塵も積もれば山となる。
一日三文として、一体今までどれだけの損をしてきたのだろう。
 
私も、いつまでも呑気に寝てばかりもいられない。
これだけ良いことづくめの「早起き」をやらずに、損してばかりじゃもったいない。
年を取ればわかるという言葉を信じてきたが、もう待っていられない。
「果報は寝て待て」と言うが、寝すぎたかもしれない。
待っても来ないなら、自分で取りに行こう。
 
私は、早速「早起きプロジェクト」を開始することにした。
まず、どうして朝起きられないかをネットで調べてみた。
すると、恐ろしい単語が次々と出てきた。
起立性調節障害、睡眠相後退症候群、睡眠不足症候群、睡眠負債……。
 
障害だの、症候群だの、負債だの、まるで病人扱いだ。
中には「ウツの可能性もある」なんてものまであった。
 
私がウツなら、全員ウツだよ。
こうやって脅すから、健康系のサイトは嫌いだ。
「このままだと大変なことになりますよ」と不安を煽って、次は「アレしろ」「コレしろ」って誘導するお約束のパターンだ。
さっさと画面を閉じ、次の一手を探す。
 
原因はどうでもいい。
要は早起きできるようになれたらそれでいい。
 
私は次に目覚まし時計を二つ用意して、強制的に起きるよう試みた。
一つの目覚まし時計は「どんなお寝坊さんでも絶対起きられる!」という謳い文句で、大音量のアラームと強い振動で起こしてくれるというものだ。
スマホのバイブ程度ではビクともしない私でも、これならきっと!
 
……ダメだった。
アラームや振動で起きるには起きるのだが、すぐ止めて寝てしまう。
他にも時間差でアラームが鳴るようにセットしてみたりもしたが、結局消して寝てしまう。
1分毎になるアラームを職人技のように、ものの1秒で消して、また寝る。
大会があったら上位入賞者になれるかもしれない。
なんでこういうときだけ反射神経がいいんだろう。
 
どうすれば夜明けとともに起きて、朝から優雅にヨガの太陽礼拝をして、スムージーを飲んで、散歩をする健康的な私になれるんだろう?
うちの親だって朝5時には起きている。
その血を引いているのだから、私だって出来ないことはないはず。
 
なのに、なんで?
何かの試験に合格するとか、その道のプロになるとか、そんな難しいことじゃない。
ただ「朝早く起きる」という簡単なことが、どうして出来ないのか。
 
答えは簡単だった。
「実はそこまで強くそうなりたいと思っていないから」
「変わりたいと本気で思っていないから」
 
振り返ってみると過去に、「変わらなきゃ」「変わりたい」と強く思ったのは、「この状況から抜け出したい」「このままじゃダメだ」と思うような大きな事件があったときだった。
 
英語を勉強しようと思ったのもある事件がきっかけだった。
 
勤め先の研究部門には、任期付きの外国籍研究員が大勢働いている。
私は事務部門で働いているが、彼らとは仕事上関係がある。
そのため、彼らは頻繁に私達のフロアを訪ねてくるのだった。
ちょうどフロアの入り口付近に席がある私は、よく彼らに話しかけられた。
 
彼らは当然のように英語で話しかけてくる。
私は全然話せないっていうのに……。
 
「郷に入っては郷に従え」ということわざを、誰か教えてあげて欲しい!
他にもたくさん人がいるのに、なんで私なの?
 
その日も、外国籍研究員がフロアやってきた。
あ、お願い来ないで、来ないで。
ああ、また私か……。
 
「Is Ms. Yamashita here?」
山ちゃんに用事があるのね。
さっさと取り継ごう。
ガーン、いない!
 
彼は続けて私に話しかけてきた。
え? アカウントがどうしたって?
システムのアカウントがロックされたの?
そういう話はここじゃなくて情シスに行った方が……。
 
え? バンクアカウント?
銀行口座がどうしたの? 
なんで、ここで銀行?
 
ま、待ってー。一方的に喋らないでー。
誰か、変わってちょうだい!
そういうときに限って、誰もいないのが世の常だ……。
 
どうにかこうにかやり取りを終えて(メールで山ちゃんに問い合わせるように頼んだだけ)、ホッとするのも束の間、内線が鳴った。
 
はいはい、出ますよ。
「はい」
「May I speak to Ms. Yamashita, please」
また、英語! また、山ちゃん!
今日は山ちゃん祭りなのーーー!!
 
電話でのやり取りは、直接のやり取りよりシビアだった。
何を言ってるかほとんどわからない。
結局、相手の研究員が諦めて「I’ll call again later」と電話を切って終わりにしてくれた。
今日は厄日か……ゼイゼイ。
 
私は、この事件をきっかけに、英語を勉強し始めた。
外国人研究員が来るたびに、いつも冷や冷やしていた。
こっち来ないでー、とドキドキしながら祈っていた。
 
このままじゃいけない。
なにより心臓に悪い。
ちょっとは話せるようになった方が自分のためだ。
 
そう思って、勉強し始めた。
勉強しても成果はさほど上がらなかったものの、この事件がなかったから、きっと英語を勉強しようとは思わなかったに違いない。
 
「英語は話せた方がいいよ」
そんなセリフ、学生時代から耳にタコができるほど聞いてきた。
しかし、「そうだろうなぁ」とは思いつつ、勉強してこなかった。
 
英語以外にも腐るほど「こうした方がいい」「これがおススメ」という話を聞いてきた。
朝活だってそうだ。
さまざまなコンテンツが「変化」「チェンジ」を勧めてくる。
まるで「変化しないと置いていかれるよ」と脅すかの如く。
 
でも。
いくら脅されても変わらない私のような人がいるのも事実だ。
 
誰しも「変えたい」「直したい」と思う箇所の一つや二つは持っていると思う。
でも、変えない今の状態でもそこそこ満たされている。
困らない程度に満たされていて、大きな不便もないから、本気で変えよう! とまでは思わない。
 
私も、口では「早起きしたい」「変わりたい」と言いながら、今の朝寝坊生活に大きな不都合も感じていなくて、それなりに満足しているのだとわかった。
寝坊しても会社には間に合っているし、家族にも迷惑をかけていない。
なにより寝るのは大好きだ。
だから、ベッドにも寝具にもケチな私にしてはお金をかけた。
なんだ、私、寝るのが大好きなだけじゃない。
理想とは違うけれど、今のスタイルで特に困っていないから、変えないだけなのだ。
 
そして、何かを変えるには、それ相応の努力がいる。
はっきり言って、しんどいし、面倒くさい。
変えずに現状維持する方がずっと楽だ。
 
人間は、よほどのきっかけ――「このままじゃダメだ」「この状況から抜け出したい」と思うような強烈な出来事――がない限り、本気で変わろうとは思わないのだろう。
少しの不自由くらいなら受け入れて、変わらない道を選ぶ生き物なのかもしれない。
 
そして、その強烈な出来事は、たいていネガティブな感情を伴う。
焦る。情けない。恥ずかしい。悔しい。悲しい。
絶望。怒り。不安。恐怖。罪悪感。
動揺する。ショックを受ける。
 
でも、そのショックは、神様からの号砲だ。
頭をハンマーで殴られるくらいの衝撃を受けて、やっと心の底から「変わらなきゃ、いや、変わろう、変わるんだ」と行動に移せるのだろう。
 
そう思うと、あまり起きて欲しくないネガティブな事件も、少しはオッケー、カモーン! と歓迎する余裕も生まれる。
事件は、自分が変わるチャンスにもなりうるからだ。
 
この先、本気で早起きしなくては! と思うようなインパクト大の事件が起きるかもしれない。
果たして神様が号砲を鳴らす日が来るのか?
いや、それより先に「嫌でも目が覚める」日が来るかもしれない。
 
その時に見る夜明けはどんな景色だろう。
いつか見る夜明けに期待しながら、今しばらくは羽毛布団と二度寝の幸せを噛み締めようと思うのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
かたせ ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2024年6月よりライターズゼミに参加。
ありふれた半径3メートルの日常を書けたらいいな、と日々精進中。

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2025-05-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.308

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