“静かな退職”はサボりじゃない。それは、私の生存戦略だ《週刊READING LIFE Vol.310 もう我慢できない》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/6/12/公開
記事:内山遼太(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
「”もう無理です”。そう言って、私は初めて定時に帰った」
最近、「静かな退職」という言葉が話題だ。ああ、あれ、まさに今の私のことだ。
テレビやSNSで「quiet quitting」という英語が飛び交い、若者の働き方の変化として語られているが、私にとってそれは単なるトレンドワードではない。
それは、長年にわたって私を縛り続けてきた呪縛からの解放を意味する言葉なのだ。
作業療法士として働く私が、なぜこの「静かな退職」という概念に強く共感するのか。それは、医療・介護業界という、一見すると「人のために働く崇高な仕事」に従事しているからこそ、より複雑で深刻な問題を抱えているからだ。
振り返ってみれば、私はずっと「給料以上に頑張るべき」という呪縛に囚われていた。
作業療法士になったばかりの頃、私は純粋に患者さんのためになりたいと思っていた。リハビリテーションを通じて、一人でも多くの人が自分らしい生活を取り戻せるよう手助けしたい。そんな志を胸に、毎日遅くまで残って患者さんの記録を整理し、勉強会に参加し、新しい治療法を学ぼうと努力していた。
「期待に応えたい」という気持ちは、日に日に強くなっていった。
先輩から「君は熱心だね」と褒められれば、もっと頑張ろうと思った。上司から「もう少し詳しい記録を」と言われれば、サービス残業も厭わなかった。患者さんから「ありがとう」と言われれば、多少の無理は当然だと思った。
しかし、頑張れば評価されると信じていた私の期待は、徐々に裏切られていった。
どれだけ残業しても、基本給は変わらない。月に30時間、40時間とサービス残業を重ねても、それが正当に評価されることはなかった。むしろ、「それが当たり前」という空気が職場に蔓延していた。
新人は率先してサービス残業をするもの。
経験を積むためには無償の努力が必要。
患者さんのためを思えば多少の犠牲は仕方がない。
そんな暗黙の了解が、私たちを縛り続けていた。
最も辛かったのは、同僚たちが次々と倒れていく姿を見ることだった。
同期の田中さんは、入職から2年目で適応障害を発症し、長期休職に入った。彼女は私以上に熱心で、患者さんからの信頼も厚かった。しかし、連日の残業と休日出勤、そして「もっと頑張らなければ」というプレッシャーに押し潰された。
先輩の山田さんは、家族との時間を犠牲にして仕事に打ち込んだ結果、離婚という結末を迎えた。
「仕事と家庭の両立なんて、所詮は理想論だ」
と彼は苦笑いしながら言った。その笑顔の裏に隠された深い悲しみを、私は見逃さなかった。
そして、一番ショックだったのは、直属の先輩である佐藤さんの突然の退職だった。彼は誰よりも責任感が強く、患者さんのことを第一に考える素晴らしい作業療法士だった。しかし、ある日突然「もう限界だ」と言って辞表を提出した。
「頑張れば報われるなんて嘘だ。自分の人生を犠牲にしてまで続ける価値があるのか、わからなくなった」
という彼の言葉は、私の心に深く刺さった。
医療・介護業界には、特有の「やりがい搾取」の構造がある。「患者さんのため」「利用者さんのため」という大義名分の下で、私たちは長時間労働と低賃金を受け入れることが当然とされている。
そして、それに疑問を呈する者は「志が低い」「患者さんのことを考えていない」と非難される。
この構造的な問題に、私は長い間気づかずにいた。
転機は、ある冬の夕方に訪れた。
その日も私は、定時を2時間過ぎても病院に残っていた。患者さんの退院に向けた準備資料を作成し、翌日の勉強会の予習をしていた時だった。部長が私のデスクにやってきて、こう言ったのだ。
「君にはもっと期待してるんだけどな。来月から新しいプロジェクトのリーダーをやってもらいたいんだ。もちろん、追加の手当は出せないけれど、君のスキルアップには必ずなる。どうだ?」
その瞬間、私の胸が締め付けられた。呼吸が浅くなり、机に置いた手が微かに震えているのがわかった。
私の中で何かが音を立てて崩れた。
「え? それって、またタダ働きしろってことですか?」
心の中でそう叫んだ私は、部長の顔をじっと見つめた。彼の表情には、私の労働を当然のように期待する傲慢さが見え隠れしていた。「君のため」という言葉の裏に隠された、「安い労働力として使い続けたい」という本音が透けて見えた。
「検討させてください」
と答えた私は、その夜、一人で考え込んだ。
なぜ自分の時間と労力を、正当な対価もなく提供し続けているのだろう。
患者さんのためという理由で、自分自身を犠牲にし続けることが、本当に正しいことなのだろうか。
その時、私は缶ジュースの自動販売機を思い浮かべた。120円の缶ジュースを買うために、私たちは1万円札を入れたりしない。適正な対価を支払い、適正な商品を受け取る。それが当然だ。
では、なぜ仕事においては、この当然の原則が適用されないのか。
私は決意した。もう我慢できない。この呪縛から逃れなければ、私も同僚たちと同じ道を辿ることになる。
翌日から、私は「静かな退職」を実践し始めた。
まず、残業を一切しないことにした。定時になったら、きっぱりと仕事を切り上げる。「まだ終わっていない仕事があるから」と引き止められても、「明日の勤務時間内に終わらせます」と答えて帰宅した。
休日出勤も断った。「緊急の会議があるから」と呼び出されても、「事前に予定されていない業務については、平日に対応します」と返答した。
業務時間外のメールや電話にも応答しないことにした。
実際、最初の1週間は「本当にこれでいいのか」と毎晩自問していた。罪悪感と不安が交互に襲ってきた。しかし、鏡に映る自分の顔を見て、久しぶりに血色が良くなっていることに気づいた。
最初は周囲からの反応が厳しかった。
「最近、冷たくない?」
「やる気なくなった?」
「昔はもっと熱心だったのに」
という囁きが聞こえてきた。部長からは「君の姿勢に失望した」と言われた。
しかし、私は気にしなかった。いや、正確には、気にしないよう努めた。
なぜなら、私が実践していることは、労働者として当然の権利を行使しているだけだからだ。労働基準法で定められた労働時間を守り、正当な対価に見合った労働を提供している。
これのどこが問題なのだろうか。
「静かな退職」を始めてから、私の生活は劇的に変わった。
まず、時間に余裕ができた。定時で帰宅できるようになったことで、夕食を自分で作る時間ができた。読書をする時間も増えた。久しぶりに友人と会う時間も作れるようになった。
精神的な負担も軽減された。常に仕事のことを考えている状態から解放され、心に余裕が生まれた。睡眠の質も改善され、朝の目覚めが格段に良くなった。
そして、最も大きな変化は、自分自身の価値観が明確になったことだった。
私は作業療法士として、勤務時間内に最高のパフォーマンスを発揮する。しかし、それ以上のことは求められても応じない。これが私の新しいスタンスになった。
興味深いことに、仕事の質は全く低下しなかった。むしろ、限られた時間の中で効率的に働くことを意識するようになったため、以前よりも集中力が高まった。患者さんへの対応も、時間に追われることなく、より丁寧に行えるようになった。
空いた時間を活用して、私は新しいことにも挑戦し始めた。オンラインでのライティングの副業を始めた。まだ収益には至っていないが、作業療法士としての専門知識を活かした健康関連の記事を執筆することで、新たなスキルを身につけている。また、以前から興味があった創作活動にも時間を割けるようになった。
副業はまだ始めたばかりで収入には結びついていないが、本業以外の可能性を探ることで、「会社だけに依存しない生き方」への第一歩を踏み出すことができた。
今振り返ってみると、「静かな退職」は決してサボりや怠慢ではない。
それは、自分の人生を取り戻すための静かな革命だったのだ。
長年にわたって私を縛り続けてきた「給料以上に頑張るべき」という呪縛は、実は社会全体に蔓延している病理だった。特に医療・介護業界では、「やりがい」という名の下に、労働者の献身と自己犠牲が当然視されている。
しかし、これは健全な労働関係ではない。
私が学んだ最も重要な教訓は、「対価と仕事は、等価であるべきだ」ということだ。これは、缶ジュースに金貨を入れるようなものだ。120円の商品に対して、それ以上の対価を支払う必要はない。同様に、決められた給料に対して、それ以上の労働を提供する義務もない。
自分の価値を安売りすると、それは二度と戻ってこない。
私が長年にわたって続けてきたサービス残業や休日出勤は、私自身の価値を下げることにしかならなかった。それどころか、職場全体の労働環境悪化に加担していたのだ。
「静かな退職」を実践して1年が経った今、私は確信している。
この選択は正しかった。
職場では相変わらず「もっと頑張れ」という空気が漂っているが、私はもうその呪縛に囚われることはない。勤務時間内に最高のパフォーマンスを発揮し、患者さんに最良のケアを提供する。それが私の仕事だ。それ以上でも、それ以下でもない。
副業もまだ始めたばかりだが、本業以外の可能性を模索することで、将来的な選択肢の幅が広がった。経済的にはまだ本業に依存している状況だが、「会社だけが全てではない」という視点を持てるようになった。
何より、私は自分の人生を主体的に生きるようになった。
仕事は人生の一部であって、人生そのものではない。この当たり前のことを、私は長い間忘れていた。
同僚たちの中にも、徐々に変化が見られるようになった。私の姿を見て、「働き方を見直したい」と相談してくる人が増えた。田中さんは復職後、私と同じような働き方を実践し、今では安定した日々を送っている。
組織全体の変化は時間がかかるだろう。しかし、一人ひとりが自分の働き方を見直すことで、きっと良い方向に向かうはずだ。
「もう我慢できない」と思った日が、私の人生の出発点だった。
あの時の決断がなければ、私は今でも呪縛に囚われ続けていただろう。
「静かな退職」は、決して消極的な選択ではない。それは、自分らしい生き方を取り戻すための、積極的で勇気ある選択なのだ。
缶ジュースには、ジュース代しか入れない。それが健全というものだ。労働においても、同じ原則が適用されるべきだ。正当な対価に見合った労働を提供し、それ以上を求められても応じない。
これが、私たちが目指すべき健全な働き方なのではないだろうか。
今日も私は、定時で仕事を切り上げ、自炊して、執筆して。
あの日までの私は、いったい誰だったんだろう。
それが、私なりの静かな革命なのだ。
□ライターズプロフィール
内山遼太(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
小学生時代、鹿島アントラーズで不屈のプレイをする選手たちに見せられて、自分もそんな人間になりたいと思いながら、少年時代を過ごす。高校生になり、選手たちのような不屈の精神を持った人たちを裏から支える仕事をしたいと考え、作業療法士の道を志すようになる。大学卒業後は、終末期の病院で神経難病の患者さんを中心にリハビリの経験を積み、現在はデイサービスで生活期の高齢者を中心に、予防医学のリハビリを提供している。また、その傍らで新人療法士向けのセミナースタッフや講師も行なっている。
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