“寂しさ”を食べていた私が、食べ物の“味”を知るまで《週刊READING LIFE Vol.312 あなたにこれを食べてほしい》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/6/26/公開
記事:アオノスミレ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
「ただいま」
誰もいない家に、中学生の私はそう言った。返事がないことは分かっていても、言わずには言われなかった。音がないのは寂しすぎるので、早速テレビをつける。そして、体操着や制服のブラウスを洗濯機に入れ回し始める。ゴウンとなる洗濯機の音。一旦、テレビは消し、今度は掃除機をかける。ゴーっという掃除機の音。家の中が騒がしくなって少し安心する。掃除が終わったら、急いでテレビをつける。家の中が音であふれていないと、「私は今、ひとりぼっちなんだなあ」と思って、中学生の私は不安になってしまう。騒がしい音は、“家族の音”だ。自分でない誰かが立てる“音”が欲しい。
洗濯と掃除が終わったら、夕食の準備だ。今日の夕飯は親子丼。米をセットする。お米の炊き上がる匂い、上にかける親子丼の具が出来上がる匂いは、“家族団欒の匂い”だ。
(ふう、やっとご飯だ)
自分で作った夕飯の親子丼を、テレビを見ながら1人で食べる。テレビでやっているお笑い番組では、芸能人が派手な笑い声を立てている。その笑い声に安心する。
自分で作った親子丼を口に運ぶ。うんうん、今日は卵が少し固かった。味付けはまあまあだ。あと少しで食べ終わるというところで、電話が鳴る。出なくても、相手が誰かは分かる。だから、出たくない。でも、電話は鳴り止まない。
箸を置いて、渋々、受話器を取る。
「お前の母親はどこに行ったんだ! 何やってるんだ!」
予想通り、親戚からの電話だ。受話器越しの怒鳴り声に、胃がキュッと縮こまる。
(そんなのこっちが聞きたいよ!)
悪態をつく親戚に適当に受け答えしながら、やっとの思いで受話器をおく。そして、冷めてしまった親子丼をまた食べる。親戚から怒鳴られた後に食べる親子丼は、美味しくない。それは冷めているからじゃない。理不尽に怒られた怒りは、食べ物の味を分からなくする。
音がないのは寂しすぎるので、テレビを見ながら宿題をする。さて、寝ようかなというタイミングで母が帰ってくる。
親戚から電話があったから、折り返してと言うが母は無視だ。母もあの親戚とは話したくないのだ。だから家に帰ってこない。中学生の私が、母の代わりに相手をしなくてはいけない。
また、母の代わりに怒られるのかあと思い、気持ちが沈む。
夕食を作るのは小学生の時からしていたので、それは問題ない。小学生の頃は、私が作った夕食を母と一緒に食べていた。しかし、中学校に入ってからは、母の帰りが遅くなり1人で食べることが多くなった。
1人で作って1人で食べる夕食。それを誰もいない家で食べなくてはいけないのは寂しい。テレビをつけたり、洗濯機の音で、誰かがいる“音”を作っても寂しい。
(ご飯食べながら、誰かに話を聞いて欲しいなあ)
中学生の頃、悩んでいた。通っていた中学校は、地元でも有名な荒れた中学校だった。生徒が暴れて授業が中断することもしばしば。いじめだって激しい。いつか、必ず回ってくるいじめの順番。自分がいじめられるのも嫌だが、いじめられている子を見るのも嫌だ。
(転校したいって言いたい)
そう思っても、母と話す時間がない。一緒に夕食を摂っていても、自分のことで手一杯の母から言われるのが「学校のことは先生に相談しなさい」「お友達に相談しなさい」だった。
(先生は不良で忙しくて無理だ。相談できる友達なんていないよ……)
荒れた中学校では、警察のご厄介になる生徒も多い。先生たちは問題を起こす生徒のことで手一杯だった。おとなしくて問題を起こさない生徒は後回し。もしかすると、派手に問題を起こす子よりも、おとなしい子の方が心に闇を抱えているかもしれないのに。
小学校の時に仲の良かった友達は、中学入学時に引っ越してしまった。荒れている学校の人間関係に入っていけなかった私は、学校で孤立してしまっていた。
相談できる友達はおろか、友達と呼べる子がいない。私は学校でほとんど話さなくなってしまった。家でも話さない生活。
言葉が減った代わりに増えたのが、食事の量である。
ひとり分の量の食事を自炊するというのは、大人でも難しい。中学生の私は、ついつい作り過ぎてしまう。ひとり分の量の食事を見ると、無性に寂しくなってしまう。これ、一人で食べるんだなあ。私は、ひとりぼっちなんだなあと思ってしまう。
一人で作って一人で食べる夕食の量は、どんどん増えていった。大量の食事を見ると、寂しくない。一人で食べている感じが薄れる気がする。
誰もいない無音の家に帰ると、テレビをつけて、誰かがいる“音“を自分で作っていた。家の中に一人でいるんじゃない。だから寂しくないと思い込ませていた。
大量の食事もそれと同じだ。一人で食べているんじゃない。だから、寂しくないと言い聞かせていた。
勉強を頑張っても、スポーツを頑張っても、母は私を褒めてくれない。母が褒めてくれるのが、食事を残さず食べた時だった。そして、たくさん食べると、健康な証拠だと言って喜んでくれるのだ。
その大量の食事が食べたいのかと聞かれると、そんなことはない。ただ、食べていると、寂しくない。たくさん食べれば、母に褒めてもらえる、そう思って食べ続けていた。
大量の夕食を食べる生活で、私の体重は一年で20キロ増えた。明らかにおかしいと思うのだが、母には「成長期だからね」で終わりにされてしまった。
中学生時代の私の“寂しい“という気持ちは、誰にも気づかれることはなかった。
今、大人になった私は、休みの日に夫が作る焼きそばを食べている。夫が作る焼きそばは、味にむらがある。しょっぱいところと、味がないところがある。麺もぶつぶつ切れていたりする。
しかし、休日の昼にくだらないテレビ番組を見ながら、その焼きそばを食べるのは最高だ。そのくだらないテレビを見ながら、ああだ、こうだと話しながら食べる。
中学校時代はひとりぼっちの家で寂しくないように、つけていたテレビだが、今は夫と楽しむためにつけている。あの頃は、寂しさを感じないように無理やり“音”を作って、誰かがいるように自分を騙していた。でも、今はそんな必要はない。夫の立てる音は、時にはうるさく感じるけれど、私を安心させる。もうあの頃の寂しさはない。寂しさを紛らわすために、食べたくない食事を大量に食べる必要も無くなった。
そして、今の私の隣には夫がいる。たくさん話して、たくさん話を聞いてくれる人がいる。だから、誰かに褒めてもらうために、誰かの気を引くために、大量に食べる必要だってない。
中学校時代のように、親戚の怒鳴り声で食事が中断されることもないのも嬉しい。今の食卓にあるのは、くだらないけど楽しい会話だけだ。
食べたいものをきちんと味わて食べることができるようになった。食事には味がある。それは夫が作る化学調味料たっぷりの焼きそばにだってある。正直、栄養のバランスとしてはどうかなと思う時もある。でも食事というのは栄養を摂るだけじゃない。それを誰とどんな気分で食べるかだって大切だ。この味むらのある焼きそばは、夫の味、家族の味だ。味は、しょっぱい、甘いだけではないのだ。
中学校時代、一人で食べる夕食に、よく親子丼を作っていた。親子丼は、母が小学生だった私に、初めて教えた料理だ。その頃の母にはまだ心の余裕があって、料理を教えてくれたのだった。それを一人で作って、一人で食べる。それは一人で味わう母の味。ひとりぼっちの家族の味になってしまった。
でも、今の私の家族の味は、夫が作る味ムラのある焼きそばの味だ。誰かが誰かのために作る料理。それには寂しさなんてない。夫と一緒に味わう家族の味。私は新しい家族の味を手に入れたのだ。
私は、この焼きそばを中学校時代の私に食べさせたい。
今は、誰もいない家でひとりぼっちかもしれない。でも、二十数年後、あなたはひとりじゃなくなる。ちゃんと自分が選んだ人と、その人が作ってくれた焼きそばを食べることになる。誰かと笑って食べるご飯が、人生の1番のごちそうになる。大人になった私は、それをちゃんと味わって生きている。だから、もう大丈夫。
そして、最後にこう言ってあげたい。
よく頑張ったね。
ちゃんと、幸せになったよ。
□ライターズプロフィール
アオノスミレ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
2025年1月にライティングゼミ、5月よりライターズ倶楽部に参加。
元・リケジョ。ずっと数式と戦ってきたけれど、今は文章の方が好き。
アニメと漫画、オンラインゲームが好きな超インドア派。
オタクの夫とゆるゆるまったりなオタク暮らし。
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