週刊READING LIFE vol.314

“正しさ”を手放した時、私の結婚は始まった《週刊READING LIFE Vol.314 非合理的》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/7/10/公開
記事:アオノスミレ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

 
 
5年ほど前、私は婚活をしていた。その頃の私の生活は婚活を中心に回っていた。
 
結婚相談所で婚活中だった私は、お見合いやら仮交際中の男性とのデートで多忙を極めていた。
 
ここで言う“仮交際”というのは、1人の人とだけ結婚を前提にお付き合いする“真剣交際”の前段階の状態。複数の人と同時に交際することが認められている状態だ。
 
当時のスケジュールは、こんな感じ。平日は仕事帰りに結婚相談所で知り合った仮交際中の男性一人とデート。休日は、3件のお見合いをこなした後に、仮交際中の男性とデート。
 
1週間で合計13人の男性と、デートやらお見合いをしていたことになる。
 
 
 
当時、一緒に婚活をしていた友達からは、あまりの婚活量の多さに“戦士”と呼ばれた。婚活という戦場に果敢に切り込む最強の戦士という意味である。
 
しかし、本当に最強の戦士であれば、さっさと敵(結婚相手)を打ち取って、婚活という名の戦場から去っているのではないかと思う。そういう意味では、まだまだ私は未熟だった。
 
しかも、結構向こうから断られていたし……。
 
しかし、フラれてもフラれても婚活をやめなかった私は、“戦士”から“勇者”昇格した。婚活中の友人たちから“勇者”と呼ばれ、尊敬の眼差しで見られることとなった。
 
 
 
ここまで、婚活を頑張っていたんだから、さぞや結婚願望が強かったんでしょうと思われる方もいるかもしれない。
 
当時の私には、結婚願望はなかった。それなのに、周りの婚活女子たちから“勇者”と呼ばれるほど、必死で婚活をしていた理由は何か?
 
それは「母から離れたい」という理由からだった。
 
え? 婚活の理由が、「幸せな家庭を築きたい」や「子供が欲しい」とかじゃなく、「親から離れたい」というのはどういうことか? そう思った人もいるだろう。
 
我が家は母1人子1人の母子家庭だ。うちの母はとにかく頼りない。娘の大学進学費用を全額騙しとられ、私は進路変更を余儀なくされた。また親族間のトラブルにも頻繁に巻き込まれる。そのせいで、私は親戚がギャンブルで作った借金の保証人にさせれそうになった。また母の勝手な口約束のために、私は親戚の介護をすることになったりと非常に大変だったのである。
 
そして、時々メンヘラになる母の愚痴を聞き、金銭的なサポートもするなどして頑張った。しかし、これだけ頑張っても、まったく感謝はされなかった。
 
あ、もう無理。このままだと私は母にすべてを吸い尽くされて、一生母の面倒を見て終わる。そう思った私は、たまたま手に取った本で婚活を決意する。
 
それは、毒親育ちの女性の結婚生活を書いた本だった。本には「結婚して親の戸籍から抜けれたたのが嬉しい」「親と違う名字が名乗れるのが嬉しい」と書いてあった。その言葉が胸に刺さった。戸籍や名字が親と別というのは、親に苦しめられた人間にとって解放感がすごいらしい。
 
よしよし、私もその解放感を味わおう。そんな理由で私は婚活を始め、そして友人たちに“勇者”と呼ばれるまでになったのである。
 
 
 
しかし、会っても会っても、ピンとくる人に会えない。断ったり、断られたりの毎日だ。冷静に考えてみれば当然である。
 
そもそも私には送りたい結婚生活というものがない。母から離れたい、その一心で婚活街道をひた走っているだけである。
 
うちの母は未婚で私を出産しているため、私には生まれた時から父親がいない。そのため、夫婦というものが果たしてどういうものなのか分からない。
 
「うちの両親、仲悪くってさー。ああいう夫婦には、なりたくない」
 
そう言っていた友人がいた。しかし、私の場合、「ああいう夫婦には、なりたくない」という悪い例も分からないのだ。
 
 
 
夫婦というものがどういうものなのか分からない。自分がどんな結婚生活を送りたいのかも分からない。そんな状態で婚活を進める私は、とりあえず“条件”で相手選びをすることにした。
 
ネットで見た婚活女子が相手に求める条件。年収は600万くらいで〜、身長は175センチ以上で〜、学歴はMARCH以上で〜みたいな感じのやつである。
 
自分が相手に求める条件はさっぱり分からないが、とりあえずよく言われる条件の通りにやっとけば、いい相手が見つかるだろう。そんな雑な動機で、結婚相談所に登録し婚活を進めた。
 
結婚相談所での婚活は、なかなか合理的だ。サイトを開けば、男性の顔写真と共に、年収や身長、学歴や家族構成が表示される。申し込みたい人の写真をクリックすれば、簡単にお見合いの申し込みができる。もちろん、相手がお見合いの申し込みを受けてくれればの話だが。
 
 
 
私の婚活は難航した。いわゆる“条件”のいい人とお会いしても、全然楽しくない。相手に気を使いすぎて、疲労困憊になる。
 
うちの母のように、だいぶ“変わった”親を持っている自分が、相手に受けれてもらえるのか。それが不安で、お会いした男性から家族や生い立ちの話を振られると口が重くなってしまう。そこは当たり障りのないように適当に答えてはいるが、自分で自分を偽っているような辛さ。
 
とりあえず、たくさん会えばなんとかなるだろうと考え、婚活の予定を詰め込みまくったが、まったく進まない。
 
1週間に13人の男性とお会いする生活をしていると、流石に疲れてくる。
 
 
 
疲れ切った私は、それでもお見合いの申し込みの申し込みをしようと結婚相談所のサイトを開いた。
 
そして、そのサイトの中に妙な男性を見つけた。結婚相談所のプロフィール写真を撮るとき、男性はネイビーなどの爽やかな感じのスーツ姿だ。その男は、白いスーツ姿の写真をサイトに載せていたのである。ネイビーや黒っぽいスーツ姿の写真が並ぶ中で、一際目立っていた。
 
どれどれと、白スーツ男子のプロフィールを見る。年収も学歴も私より低い……。
 
(はい、無理ー。自分より年収と学歴が低い男性なんて、結婚相手の条件に当てはまらないしー。はい、次ー)
 
そう思っていたのだが、一つだけ気になる項目があった。
 
それは、身長182cmというところだ。私は背が高い男性が好きなのだ。しかし、婚活では相手の見た目よりも、中身が大事だ。結婚相談所の仲人さんも婚活系YouTuberもそう言っている。見た目よりも中身、そして年収・学歴などの条件が大事だと思って婚活してきた。しかし、その婚活は、まったくうまくいってない。
 
そして、婚活に疲れてきた。気分転換が必要だ。
 
(今まで頑張ってきたことだし、条件は悪いだけど、身長が好みというだけで申し込んでもよくない? ちょっと会うだけだし)
 
そう思って、白スーツ男にお見合いの申し込みをした。お見合いの申し込みは、こちらがびっくりするくらいの速さで受諾された。
 
(え? なに? この白スーツ男は、もしかして私以外に申し込みがなかったんだろうか)
 
動揺してしまった。
 
 
 
さて、白スーツ男とのお見合い当日である。まったく期待していなかった。本当に身長が182cmあるのか確認して帰ろうとだけ思っていた。なぜか婚活でお会いする男性は、プロフィールの身長よりも実際の身長が低いことが多かった。男性って、身長にコンプレックスがある人が多いのだろうか。そのため、白スーツ男の身長が本当に182cmもあるのかと、私は非常に疑っていた。
 
(まあ、182cmはなくとも、少なくとも178cmくらいはあるんじゃないのかな?)
 
白スーツ男の身長を確認するためだけに、お見合い会場に向かう私。正直、どうでもいいお見合いだ。いつもやってるお見合いの受け答えの練習は、当然せずにお見合いに臨んだ。
 
実際に白スーツ男に会ってみたところ、思っていた以上に背が高かった。182cmというのはここ何年かで測った身長の中で一番低く出た値だったらしい。ちなみに、一番低かった時の身長は182.9cm。身長を盛ってはいけないと考えた彼は、端数切り捨てをし、わざと身長を低めに申告していたらしい。
 
身長を盛る男性はいっぱいいたけど、身長を低めに申請する男性は初めてだ。なぜか、「こいつ、もしかしていいやつなのではないか?」と思ってしまった。
 
どうでもいいお見合いなので、いつもみたいに気を使う必要がない。お見合い開始早々に、お互いかなりのオタク同士であることが分かり、ゲームと漫画、アニメの話で盛り上がった。もはやお見合いではなく、ただのオタク同士の交流会であった。
 
お見合い会場の入り口まで一緒に出て、「じゃあねー」と帰っていく白スーツ男を見送りながら私は悩んでいた。その頃、私には7人の仮交際相手がいた。つまり、7人の男性と同時進行で交際を進めていたのだ。白スーツ男とのお見合いは楽しかったが、ここで仮交際の相手を8人まで増やしてしまうと、1週間のデートの予定が組めない。
 
悩む私の元に、仮交際相手の1人から「仕事の関係でしばらく会えなくなりそうだ」との連絡が入った。「おお、ナイスタイミング」と思った私は、これ幸いと白スーツ男へ交際希望を出した。
 
 
 
白スーツ男とのデートは楽しかった。向こうもオタクなのでオタク全開で話しても嫌がらない。一緒にいて変な気を使うこともないので、疲れない。おまけに白スーツ男は、ものすごく私のことを気に入ってくれている。そして、何より見た目がとてもタイプなのだ。ただ、どうしても気になるのは、年収であった。見た目なんて、年をとれば変わる。だから、見た目以外の条件を重要視せねばと思うのだが、中々うまくいかない。
 
7人の男性と同時進行で交際を進めるという荒技を行っていた私だが、白スーツ男と会ううちに他の男性を会うのが辛くなってきてしまった。しかし、その7人の中で一番年収が低いのは、白スーツ男なのだ。
 
デートの後、結婚相談所へ本日のデートの感想を提出せねばいけない。気がつくと、他の6人の男性たちと白スーツ男を比べ「白スーツ君は〇〇なのに、この方は△△でした」という感想を書いて送っていた。私の書くデートの感想のいたるところに、白スーツ男が登場していた。
 
白スーツ男以外との男性とのデートは苦行となってしまった。そして、結婚相談所への感想には白スーツ男のことばかりだ。
 
うん、なんかもう無理。結婚相談所で条件をしっかり見ながら、年収・学歴が完璧な人を合理的に選ぼうとしていたのに、なんかもう無理。白スーツ男は年収が低い。しかし、私も働けば、やつの年収の低さなんてなんとかなるだろう。私は腹を括った。
 
そして、私は“非合理的な選択”をした。低年収の白スーツ男が私の夫となったのだ。
 
結果は、とてもハッピーだ。
 
 
 
自分の家庭環境の件で、こんな変な親を持つ自分が受け入れられるのかと悩んでいた。しかし、夫と夫の家族はおおらかで、私の育成環境をまったく気にしなかった。
 
母からは今でも時折、おかしなお願いをされることがある。でも、それはきっぱりと断ることができるようになった。独身時代はついつい流されてしまっていたが、結婚した今、それを受けると夫にも迷惑がかかる。そう思うと、ちゃんと断らなくてはと思う。結婚してからの私は強くなったようだ。
 
夫の年収であるが、本来の年収は実は私よりも高かったということが分かった。婚活当時、夫の年収は一時的に人生最低レベルまで下がっていた。年収を盛るのはよくないと考えた夫は、人生最低レベルの年収から更に低めに申請し婚活をしていたのだ。
 
……あの時、年収や学歴だけで、合理的にバッサリと切らなくて本当によかったと思う。
 
オタクの夫との結婚生活は毎日楽しい。
 
 
 
正直、今でも「正しい夫婦の形」はよく分からない。でも、それでいいのかもしれない。
自分たちで、自分たちなりの形を作っていけばいい。
 
条件にこだわり続け、それに振り回された私が、感情に従って選んだ“非合理的な選択”。
 
あの時、勇気を出してよかった。
 
今、私はちゃんと幸せだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
アオノスミレ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
2025年1月にライティングゼミ、5月よりライターズ倶楽部に参加。
元・リケジョ。ずっと数式と戦ってきたけれど、今は文章の方が好き。
アニメと漫画、オンラインゲームが好きな超インドア派。
オタクの夫とゆるゆるまったりなオタク暮らし。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2025-07-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.314

関連記事