スキンヘッドになった夫と、私の非合理的な愛《週刊READING LIFE Vol.314 非合理的》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/7/10/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
YESともNOともつかないような曖昧な返事をしたのがいけなかったのかもしれない。
夫が、ある日突然スキンヘッドになった。
事のはじまりは、数日前。
子供を寝かしつけたあと、起き出して残りの洗い物をしているところへ夫がやってきた。
「ねえねえパナちゃん、ちょっと相談なんだけどさ」
聞けば頭の毛を全部剃ってしまおうか検討しているという。
夫は若い頃から薄毛だ。
お互い30代で出会った時もうすでに薄毛だった夫を見て、正直(私には関係ないことだ)と思った。私はフサフサ族の一員として育ってきたからだ。父と祖母が特にフサフサで忙しくて床屋や美容室に行けない日々が続くと頭がライオンのようになってしまう。その遺伝子をしかと受け継いだ私もまたフサフサだった。
フサフサ族の私は、これまで薄毛の男性を恋愛対象としてみたことがなかった。ところが友人として彼の近くにいることが多くなった私は、自然と彼の人間性に惚れていった。
出会ってから約3年後、私たちはつきあうことになった。
それでも初めてのベッドインのときだけは、謎の緊張感が私を襲った。もぐった布団の中から彼がぬぅ~~~~~っと頭頂部をみせながら上にせりあがってきた時、私は心の中で悲鳴をあげた。
(ギャーーーーーー!!!!! 海坊主ぅ~~~~!!!!!)
しかし、である。
人間の性というか、女性特有の性なのかはわからないが、一度関係を持ってしまった相手に対してはもうなんというか情があふれてしまってしょうがない。改めてよく見たらタレ目の優しい眼差しも、控えめな鼻も、少し薄い唇もとても可愛いじゃないか。
ったく、今までどこに隠れていたんだ。
その日を境に、彼が大事にしている残り少ないホニャッとした毛たちは、私のものとしても存在するようになった。一緒に育てていこうな、このホニャ毛。
だから、ホニャ毛を卒業しようかなと夫が言い出したとき、胸のうちに色々な感情が渦巻いた。
「ねえ! ちょっと待って!! それ私のホニャ毛!!」って気持ちと、「うん……今まで頑張ってきたんだもんね。いいんじゃない? 卒業」って気持ちと、「例え私がここで反対したとて、決めたら必ず動きだす『漢』の面もある夫だから言っても聞かないだろうな」って気持ちと。
これは結婚してからわかった事だけど、夫はかなり合理的な性格だ。
特に時間とお金が無駄に取られるということに関しては、容赦がない。決してケチというわけではなく、年に二回ほど家族を旅行に連れていってくれたり、「これが必要だ」と訴えればスパスパとお金を出してくれる。
しかし、そこまでお金や時間をかける必要性があるのだろうかと疑問を持った時の彼の行動は早い。
年賀状を出すのをやめ、スマホを格安のものに変えた。
お仕事でスーツを着ることの多い彼は、唯一私服を着る日曜日は毎週同じジーンズを履いている。
彼いわく、何の影響もなく快適だと言う。
私はいまだに年賀状で親しいひとへの近況報告を兼ねたご挨拶がやめられないし、高いとはわかっていても利便性がよいのではないかという気持ちが勝って大手のスマホを持つことがやめられない。季節が変わる頃には新しい服が欲しくなって買いに行くことも、そうだ。
合理的な暮らしを心地よく感じる彼が次に目をつけたのが、頭髪だった。
頭頂部はさみしくなっているとはいえ、横の毛根は元気なので放っておいたら伸びる。かつて和田アキ子も「二週間に一回はカットに行く」と言っていたが、短い人ほど伸びた場合の違和感が大きいのでカットの頻度は増えるのである。
それに加えて、少量のホニャ毛が増毛キャンペーンを開催してくれることを期待して、彼はここ数年少しお高いと言われる育毛剤を使用していた。風呂上がりにピチャピチャと音が聞こえてくるたび「あぁ今日もホニャ毛を愛でているんだな、夫のホニャ毛がんばれ!!」と密かにエールを送った。
つき合い始めた最初の頃こそ(もう少しだけ毛があったらよかったのに)と思わなくもなかったが、のちの義実家となるお家に初訪問した際、お父様、おじい様、それにお父様のお兄様……軒並みツルっと潔いほどの頭部を目の当たりにした時、私の腹は決まった。
これも私の運命だ。全てを丸ごと受け入れて愛そう。
こうして受け入れてみると、彼の少し童顔っぽい可愛い顔立ちにホニャ毛という相性はそんなに悪くなかった。ただ、洋服を着たり、帽子を被ったり、スーツを着こなしたりするのに出来たら髪が少量でもあった方がいいのかもしれない。そんな気分だった。
……いや、嘘です。かっこつけました。ごめんなさい。
髪はないより、あった方がかっこいい!! それが少量でも!!
というのが、私の本当の気持ちだったのです。
まあ、でもそんな急に答えが出るようなものでもあるまいし……と悠長に構っていた私を震え上がらせたのは、たった2日後のことだ。
やけに早く帰宅した夫を不審に思い「どうしたの?」と聞くがニコニコして「たまには早く帰ってこようと思って」と言うだけ。ふーんと思いつつ、台所に立って夕飯の準備をしていると、廊下から夫の声がする。
「パナちゃん、ちょっと来て、ちょっと」
何事かと思って顔を出すと、全裸姿の夫がいた。
えーーーーーっ!! ちょっと何してんの!? 奥の部屋に子供のお友達来てるんやけど!!
「ちょっと、ごめんけど、延長コード取って」
なぜに全裸で延長コード……不思議に思いながらも渡した。
私が名探偵コナンならここで気づいたはずなのに、悔しい! 夫は久しぶりに使うバリカンを延長コードでつないで充電しながら、服や床が汚れないように風呂場でスッポンポンになって剃毛したのだ。
やけにスッキリしたツルツルピカピカの頭部で夫がリビングに現れたとき、私の度肝を抜いたが、その表情もやけにスッキリとしていた。
(あぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!)
と思ったが時すでに遅し。こうして否応なく、夫の第二幕は開演したのであった。
その日の夕飯は、みんなで夫のツルツル頭を眺めながら食べた。
夫はやけに「どうかな」なんて照れていたが、もうやってしまった以上、彼にマイナスの言葉をかけたくはない。しかし、もう少しの間だけ、彼を男性として見ていたいという気持ちも確かにあった。
子供たちは「すごいね~」「かっこいいかも」「意外と似合ってる」などと誉めそやしていたが、私だけは「もしかしたら……前の方が好きかも……」と言った。
合理的な夫は受け入れない回答かと思いきや「そっかぁ、じゃあまた生やすかなぁ」とぼんやりした感じで返してきた。そこには、少しだが確かな愛を感じた。
その晩、みんなで寝室に行き、寝る前恒例の絵本を選んでいたら夫が頭部を私の方に差し出してきた。
「パナちゃん、きて。触らしてあげる。気持ちいいよ?」
これが見知らぬ人の発言だったら大問題のセクハラ野郎であるが、十年以上もの時を過ごした夫が言うと意味が変わってくる。
恐る恐るナデナデしてみると、そこには思いのほか、手ざわりのよい世界が広がっていた。
「きゃー! 何これ! すっごいツルツル!!」
気づけば笑っていた。そして気づいてしまった。
そうか、夫は、どんな自分の姿でも愛してほしいのだ。
それは私だって同じじゃないか。
つい頭をもたげたくなるほどのイカつい肩幅と、少年のようスンッとした小さき胸、年齢と共に貫禄を増す腹……夫はこれら私の弱点に対して何も言ったことがない。
アナ雪じゃないけど、みんなありのままの姿を見せて、受け入れられたいのだ。
仮に、いいとこだけ見るのがお付き合い、清濁併せ呑むのが結婚としたら……??
私は夫のホニャ毛も、スキンヘッドも覚悟して愛していくべきなのではないか。そんな気になった。
愛ってそもそも、めちゃくちゃ非合理的なことだ。
自分にとって何が都合がいいかとかじゃなくて、相手にとって快適なものを受け入れる度量。そんな事が時に試される。
子供には無償の愛を毎日せっせと与えてるつもりだ。夫には、どうだ?
本来一緒のはずだ。私が与えてもらったように、夫にも無償の愛情を施す。
子供たちの寝息が聞こえる夜、私は隣にいる夫の頭をそっと撫でてみる。
ツルツルだけど、あったかい。
あのホニャ毛も、この頭皮も、全部愛おしい。これがきっと非合理ってやつなんだ。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!
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