ルークのために、私は変わりたい《週刊READING LIFE Vol.317 国際社会》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/7/31/公開
中川 百(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
7月半ばも過ぎ、茹だる様な蒸し暑さが体を包み込む日曜日の夕暮れ時。
新宿の街は、明日が仕事始まりの月曜日だというのに、まだまだ人で溢れていた。
街の喧騒を避けるように滑り込んだ地下鉄へ続く地下通路は、少しひんやりとしていたが、そこにもやはり、たくさんの人が右へ左へと行きかっていた。
家にパスモを忘れてしまったため、券売機の列に加わった。
「まだ、切符ユーザーって、結構いるんだな」と思いながら、前に目をやると、少し大きめのリュックを背負った外国人男性が券売機と格闘している。
券売機を英語表示にしたものの、いくらの切符を買えばいいか分からないようだった。
券売機の横には、英語が併記してある駅名一覧があるのだが、その文字を、左から右へと指で辿りながら、目的の駅名を探している。しかし、なかなか見つからない。
その間、後ろに並ぶ列は、どんどんどんどん伸びていく。
「はあ~」
という深いため息と、肩をすくめるジェスチャー。
切符を買うのを諦めた彼は、足早に、券売機前から立ち去った。
ああ~、行ってしまった~。
彼、困ってましたよね。
そう、困っていたのは分かっていたんです。
どこに行きたいのか、駅名を探していて、一人じゃ探せなかったんですよね。
それも、分かっていたんです。
でも、私は、彼に話しかけることも、助けることも、できなかった。
だって、知らない人に声かけるのって、難しくないですか。
外国の人なら、余計に勇気がいるんです。
「Where do you want to go?」
って言えれば良かったのかな。
でも、困っていた彼は、英語圏の方かどうか分からないじゃないですか。
フランス人だったら、ドイツ人だったらどうしようって思うと、話しかけるのは気が引けました。
でも、とても反省しているんです。
せっかく日本に来てくださった外国人に対して、日本人を代表して、親切に接するべきだったのではないかと。
そこで、ふと、疑問に思う。
深いため息だけを残して消えた外国人観光客の彼は、そして、日本を訪れた多くの外国人の皆様は、本当に日本を楽しめているのだろうか。
日本政府観光局が発表した2025年6月の訪日外客数は、前年同月比で7.6%増となり
6月としては、過去最高を記録。上半期の累計でも、2024年同期を370万人も上回るとともに、過去最速の6か月で2000万人を突破したということだ。
とにかく、たくさんの外国人が日本に来ているということなのだ。
円安や政府によるインバウンド誘致など、様々な要因があるとは思うが、こんなに多くの方が、日本の観光資源、文化などに魅力を感じてきてくださるというのは、日本人として、とても嬉しいことだ。
そんな中で、私は、私たちは、このままでいいのかな、と思ってしまう。
日本のサービスのクオリティは高く、日本人はとても親切だと評価されていると聞くが、実際は、困っている外国人に声をかけられないし、多くの日本人が、知らん顔して素通りしてしまっている。
私は、私たちは、変わることができるのだろうか。
国際社会の波は、私が勤めている学校法人でも感じる事が出来た。
この法人は、小学校、中学校、高等学校、大学、専門学校を運営しているのだが、2023年の春に、大学で英語を教えていたブラジル人の先生が、中学校と高等学校の校長に大抜擢されたのだ。埼玉県では、校長が外国人である学校は他に例がなく、かなり注目された。そしていまだに、その界隈では、ザワザワしている。
私も、大学の入試広報課の一員として、県内外の高等学校の先生とお話しする機会が多いのだが、内部事情を尋ねられることが多い。
「外国人の校長先生は、どんな感じなんですか?」
「大改革してるって噂話、流れてきますよ」
ブラジル人校長就任後に、話題になったのが、新しい校則だった。
それまでは、厳しい校則が存在したのだが、行事などで制服の着用が求められる日以外は、服装や髪型、髪の色、アクセサリー、メイクなどが自由になったのだ。
その変化は、傍から見ても分かりやすく、高校生の中には、私服で登校したり、髪も好きな色に染めたりする生徒が増えたので、同じキャンパス内に通う大学生なのか、高校生なのか、全く見分けがつかないなんてことも日常茶飯事となった。
一方で、今までの様に、制服を着て、黒髪のまま通う生徒ももちろん沢山いる。
要するに、自由度が高く、選択の幅が広がった環境下において、自分で考え判断し行動することが求められるようになったという訳だ。
「君は、自分の外見をどう表現したいんだね」
ブラジル人の校長先生の改革から、私の今までの“常識”が問い直される。
「しっかりした生徒」を外見だけで判断してきてはいなかっただろうか。
日本の出入国在留管理庁の統計によると、令和6年末の在留外国人の数は、およそ376万8000人と、過去最高を更新したそうだ。そのような多様な文化が混在する日本になった今、日本人限定に向けて作られてきた校則は、もはや時代に合わなくなってしまっていないか。
髪の色や肌の色、目の色は、勉強や運動、生活上に何ら影響を及ぼさないはずなのに、なぜ、今まで拘っていたのだろうか、とすら思えてきた。
校則は、生徒の教育環境を保つために作られるものなので、これからは、多様な文化をどう理解するかなど新しい視点で再考していくべき時なのかもしれない。
私は、私たちは、変わることができるだろうか。
変わってみたい、と思わせてくれる存在が近くにいた。
中2の娘の英会話の先生、ルークだ。
彼は、アイルランド人で、映画『ハリー・ポッター』に出てくるロン・ウィーズリーの双子のお兄ちゃんみたいな風貌をしている。ディズニー映画『トイ・ストーリー』のウッディと言ってもいい。ルークは、娘が小学校低学年の時から教えてくれている。そのため、娘は、ネイティブとの会話に抵抗感が全くないらしい。
一方の私は、抵抗アリアリである。
私の世代は、中1でやっと英語の勉強が始まり、日本人の発音で、学んできてしまった。外国人と言えば、テレビで見るウィッキーさんか、ケント・デリカットさんか、みたいな世界で育っているので、外国人を前にすると、今でも、萎縮してしまう。
だから、娘を迎えに行く時は、いつも、日本人の先生に日本語で対応してもらっていた。
しかし、ある時、気づいてしまったのである。
その日本語の会話を悲しそうな顔で、少し離れた場所から見ているルークに。
「蚊帳の外」とは、こう言う状態を言うのだろう。
ルークは、日本語が全く分からないため、会話に入れないで居たのだ。
本来は、娘の担当のルークから話を聞くべきだったのにと、申し訳ない気持ちになった。
よし、次回からは、英語で感謝の気持ちを伝えよう!
毎週、娘を迎えに行く道すがら、ルークに伝えたい内容を、スマホで英語に翻訳して覚え、タイミングが合えば、伝えるようにした。
「いつも娘をサポートしてくれてありがとう。また来週」
「復習ビデオを見ました。良かったよ。また来週」
「今日は雨が降りそうだね。気を付けて」
そんなことを繰り返していたある日、娘が、中学校で開催される英語のスピーチコンテストのオーディションに落ちてしまったと、ルークに報告した。娘は、本当に出たかったコンテストだったので、家に帰ってきて悔しくて泣いてしまったんだ、と伝えた。
すると、ルークは、
「力があるんだから、自信を持つんだ!」
と、力強く、何度も何度も繰り返し、娘を励ましてくれたのだ。
そんなルークの目にも、うっすらと光るものが込み上げているように見えた。
ああ、やっとだ。
私はその時、やっと、今まできちんと見えなかったルークの顔が見えてきた気がしたのだ。
ルークは、もはや“外国人”ではなく、娘の成長を私と一緒に願ってくれる“先生”の顔をしていた。
多くの外国人が日本を訪れ、日本に住み、私たちに新しい視点を与えてくれる。
私たちが、今まで無かったものに抵抗を感じたり、受け取りづらさを感じたりするのは当然だと思う。でも、もし、その新しい視点が良いものだと気付いた時は、勇気を出して、私たちが変わってみようとしてみてもいいのではないだろうか。
その変化が僅かであったとしても、見えていなかった何かの扉を開ける鍵になるかもしれないのだ。
□ライターズプロフィール
中川 百(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨生まれ埼玉育ち。専修大学法学部法律学科卒。大学卒業後、テレビの番組制作会社に就職。12年間をテレビ業界に捧げる。子育てとの両立を図るべく、大学事務職に転職。現在、埼玉県狭山市にある西武文理大学の入試広報課で大学の魅力を伝えるべく奮闘中。
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