なんで私はひとりで涙をぬぐいながら学校に出向いているのか《週刊READING LIFE Vol,319「私はこの仕事で救われた」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/8/14/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私、何やってんだろ……。
いつもよりずっしりと重く感じるペダルを漕ぎながら、不意に泣きそうになる。気温が上がり始めた5月の陽気のなか、額ににじむ汗とこぼれそうになる涙を拭いながら、私は小学校の敷地内へと進んでいった。
心も体も疲弊していた。
三年前の春、我が家にとって初めての小学生誕生ということもあり、家族や親族に大々的にお祝いされ、長男はピカピカのランドセルを背負ってその門をくぐった。
今思い返してみれば、浮き足立った様子も、はしゃいだりすることもなかった。もしかしたら、強い不安の裏返しだったのかもしれない。
お友達はできるだろうか、先生は優しいだろうか、勉強にはついていけるだろうか、給食はおいしく食べられるだろうか……私は息子を見ずに、その先のことばかり心配していた。幼稚園までの生活と一変することに内心ビビっていたのかもしれない。
入学してすぐ、保護者の有志で運営される委員会に応募した。
在籍中に一度はやってほしいと学校からのお便りにも書いてあったし、委員会のお仕事で学校に出入りすれば何か情報を得られたり、息子の様子をこっそりのぞく事も可能かもしれない。
いくつかの候補の中から私は広報委員会のメンバーに選出された。仕事は校内新聞の発行だ。前期と後期で一回ずつ発行され、校長先生のお話に始まり、先生方の紹介、子供たちの作品の掲載、地域の取り組みなどが記事となる。
すべてのメンバーが確定して、初顔合わせに出席した私は大いに緊張していた。身内や十分に慣れた人には饒舌になるが、いまここで「大人」として存在している自分の立ち居振る舞いが正解かどうかわからなくなる時があるからだ。
(浮いてない? 私、浮いてないよね??)
そんな事を考えながらおそるおそる部屋に入って空いた席に座る。すでに半分くらい席は埋まっていた。お世話係の方たちだけが「どうぞお入りください!」「お手元の資料に目を通しておいてくださーい!」と元気の良さを見せていたが、着席していた人たちは、私も含めて借りてきた猫ちゃんみたいに静かにしていた。どんな集まりになっていくかはまだ見当もつかない。
資料に目を通していると、「お隣いいですか?」と優しくさわやかに尋ねてきた人がいた。私は慌てた様子に見えないように「はい」とにこやかに答えた。
間もなく会が始まり、大まかな仕事の流れが説明された後、いよいよくじびき抽選会となった。責任重大な委員長と副委員長を決めるのだ。
お世話係さんが易者のようにジャラジャラとくじ引きに使う箸を持って近づいてくる。
さあ! どうなる!? 文句なしのくじ引きの結果はいかに!?!?!?
フ―――――――――――ッ!! セーフ! セーフ!!
委員長でも副委員長でもなかった。私、ただの平社員!!
い、いや、もちろん、くじ引きでみんなのために望んでもいない委員長などの重責を担う人にはありがたいし申し訳ないのだが、私に誰かをまとめていくだけのリーダーシップを発揮できると思わない。
ホッとしたのも束の間、今度は前期と後期のグループ分けが行われることになった。
前期は毎年ほぼ前年度の踏襲で記事作成となるため、流れは決まっているが納期は短く人員が少ない。後期はある程度ゆったりとしたスケジュールを組んで行うため、記事の作成は一からで人員は多い。
うーん、前期後期ねぇ。
果たしてどっちがいいんだろう……。優柔不断な私がどちらにも決め兼ねていると、隣のさわやか女史が、にわかに距離を詰めてきて言った。
「良かったら一緒に前期のお仕事やりません?」
なぜに私に白羽の矢が! (たまたま隣にいたから)と思って軽く目を見開いていると、彼女は続けた。
「前年度の踏襲ということは新たに記事の作成をしなくていいから多分少しは楽だし、少人数だと気兼ねなく動ける気がします」
こ、この人、絶対仕事できる人だーッ! か、かっこいい!!
気が付いたら私たちは二人で「前期やらせてください」と手を挙げていた。
そこにもう一人、「じゃあ私もいいですか?」と加わってきたのが大阪出身のアニメーターのHさんだった。
こうして前期のメンバ―は、すんなりと何のひっかかりもなく決まったのであった。
委員会のお仕事が実際に動き出すまでの間に、我が家では不穏な空気が流れ始めていた。入学したばかりの息子が朝ごはんの途中に「学校にいきたくない」と泣き出したからだ。
えっ? 何があったん……??
息子は幼稚園や帰り道の公園遊びが大好きで、朝がくるのを楽しみにしているタイプだった。主張が強すぎてお友達とのケンカが多く、それには私もたいてい困らせられたのではあるが、幼稚園に行きたくないと泣いたのは転園したばかりの頃だけで、それ以降は元気に登園していた。
当然、学校も楽しみに行くようになるだろうと考えていた私は甘かったのだろうか。理由を聞いてもハッキリとしたことを言わないし、クラスの様子を思い返してみても一年生ならではの物言いが優しい女の先生と、よく声をかけてくれるお友達が目に浮かぶ。
なぜ?
私の頭の中のハテナが大きくなるにつれ、息子が学校を嫌がる度数は上がっていった。
担任の先生に相談したり、スクールカウンセリングを利用したり、家族会議で息子の気持ちを聞いてみたり、思いつくことはすべてやってみたが全然効果はなかった。
嫌がる息子を半ば強引に教室の前まで送り届けてみるが、座り込んで泣き出す。先生やお友達が「大丈夫だよ」「一緒にいこう」「ランドセル持ってあげるよ」などと声を掛けてくれるが、当の本人にはまったく聞こえていない様子だ。息子は完全に学校という場所に心を閉ざしてしまったようだった。
途方に暮れ、励ましてでも無理矢理学校に連れていくことに疲弊し始めた頃、委員会のお仕事が本格的に始まろうとしていた。
結局、息子と私は家に引きこもるようになってしまった。わけがわからなくなるほどの焦燥感に押し潰されそうになったり、お先真っ暗という気分になってしまい泣けてきたり、基盤がグラグラの生活をしていた。
困ったのは委員会仕事をする間の、息子の預け先だった。
小学校に通えなくなって不安定な状況の息子をまさか一人で留守番させるわけにもいかない。私は仕事をしていないママ友たちをあたって事情を話し、2、3時間預ってもらってはチャリを飛ばして学校に赴いた。
正直なところ、よく眠れないし、食事はあまり喉を通らないし、感情が低空飛行で何も楽しいと思えなくなっていた。
それでも、委員会の仕事に自ら応募したからには、最後までやり切らなければならない。
しかも、あろうことか、三人でジャンケンして負けて、私は前期のリーダーを仰せつかってしまった! オーマイガッ!!
さわやか女子は月から金までフルタイムで勤務する助産師さんで、アニメーターのHさんは納期に追われて多忙だ。無職でいちばん時間が余っているうえにリーダーの私が、急ぎの案件は片付けていくことにし、三人で集まれるときはみんなで力を合わせて進めていった。
やはり、どうしても気分が落ち込むのは、一人で作業室にいる時間だった。
息子はもはや通ってもないのに、私だけが一生懸命学校に来ている。校内で小さくて可愛らしい一年生がキャッキャしているのをみかけるたび、どうしても(うちだけがなぜ)という思いに駆られ直視できないほどに眩しかった。
しかも、前年度踏襲とはいえ、やはり私にとっては初めてのことで、要領の悪い私は何度も何度も確認したり、わからないことを担当の先生に聞くだけで時間が過ぎてしまったりで、息子も息子だし、私も私だ、などと自己を卑下してしまう時間になってしまった。
夏休み前には、全校生徒とそのご家庭は校内新聞が配布される予定で、印刷業者への仮印刷の依頼などを考えるとのんびりしていられなかった。
三人が集まる日に、一度だけ預け先がなかった息子を連れて行った事があるが、事情をはなした際、二人は根掘り葉掘り聞くことをせず、しかし私と息子にはとても優しい眼差しを向けてくれた。二人の気遣いにはとても救われた。人間、悩みの渦中にいすぎる時は、それを言葉にするのが辛いということがある。あの時、私にもわからない理由などを聞かれていたら、私はなんとか委員会仕事をこなそうとしているバランスを崩したかもしれない。
「あっ、それなら、私が回収してきますよ!」
「空いたところの4コマ漫画ですか? はい、頑張ります!」
さわやか女史もアニメーターのHさんも、自分たちがやれるところは率先して動いてくれて、私がひとりでやっていた時の数十倍の速さで記事は仕上がっていった。
なんとか新聞が出来上がり、納品までこぎつけた時、さわやか女史が言った。
「本当にこのメンバーでやれてよかったです、みんないいひとで。リーダーをやってくれてありがとうございました。大変でしたよね。できたらこれからもお付き合いさせて頂けたら嬉しいです」
さわやか女史の心からの言葉(私はそう受け取った)に、これまでの苦労がファーッと音を立てて空に駆け上っていく気がした。頑張ってよかった。最後までリーダーとしての職務を全うできてよかった。
その後、私たちは何度かランチをして、そのたびにお互いの近況報告をした。息子が学校に復帰できたことを報告した時は、「よかった~!」と喜んでくれた。
みんなそれぞれ大変なこともあるなかで、励まし合える関係を築けた事は大きな宝となった。
あれから三年の月日が流れ、夏休みが始まる前にまたランチで集まった。
今回はアニメーターのHさんから手塩にかけて育てたカブトムシを譲っていただけることになり、我が家には今元気でまるまると太ったカブトムシたちがいる。
辛い時期にあっても、頑張って種を植えたことは、いつか実になり、花になる。
あの時、学校にいけない息子を抱えていたことで人生のどん底にいるような気分にもなったが、学校のために一生懸命働いたことが私にあらたな人脈を作ってくれた。
人生はいつでも華やかとは限らない。
一見、暗く険しい道の時にでも後に自分の人生を照らす何かが落ちているかもしれない、という視点は今後も忘れないでおきたい。
❏ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!
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