同窓会にサプライズ登場した恩師と私の嘘《週刊READING LIFE Vol.323「今日だけは、嘘をつこうと思った。」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/9/11/公開
記事:中川 百(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
今日だけは、嘘をつこうと思った。
なのに……。
「君が怖いと言って泣くから、しょうがなく、君をおぶって、川を渡っただろ」
同窓会にサプライズ登場した担任の先生から発せられた言葉に動揺し、私は、嫌悪感と吐き気が込み上げてきた。
小学校高学年の時の私が、川を渡るのが怖いと泣いた?
担任だった先生におんぶをねだった?
実際に、先生の背中におぶわれて川を渡った?
全く身に覚えがなかった。
まもなく定年を迎えるという先生の記憶が正しいのであれば、私は、その出来事を消化しきれずに、記憶から抹殺していたということになる。
気持ち悪い、逃げ出したい。
お願いだから私を見つめないでくれ。
……でも。
同級生たちと25年振りに再会する今日だけは。
この先生に感謝しているフリをしよう。
先生を歓迎しているフリをしよう。
「え~? そんなこと、ありましたっけ?」
同窓会の司会者として、先生の口にマイクを向ける私は、うまく笑えていただろうか。
同窓会を企画したのは、本当に偶然の巡り合わせからだった。
私の双子の姉が、地元の同級生と、偶然に会ったことがきっかけだった。お互いに地元を離れ、都内で働いていたのだが、いつもは行かない支店で、同じ時間に、たまたま鉢合わせたという。
そんな嬉しい奇跡というのもあるものなのだ。
心躍らせながら、まずは、友人、姉、私の3人でLINEグループを作った。
当初は、数人の女子だけでプチ同窓会が出来ればいいなと考えていたのだが、LINEグループに参加した友達が数珠繋がりに広がり、最終的には45名の大所帯に膨らんだ。
こうなったら、大々的な同窓会を開催しようということになり、数人の幹事を選出して、当日の企画からケータリングの手配、地元の公的施設の予約などなど、準備を進めていった。
中学卒業からは、およそ30年振り、成人式に参加している者にとってでも、25年振りの再会となる。私は、幹事代表として、一生思い出に残る様な会にしたいという想いが日に日に大きくなっていった。
私の地元は、埼玉県西部の山の中にある。今でこそ隣の自治体と合併して「町」を名乗っているが、私が大学を卒業し社会人になるまでは、人口5千人ほどの小さな「村」だった。
村には、保育園が1つ、小学校が1つ、中学校が1つ、しかなかった。つまり、引っ越しや、私立の教育機関に通学するなどがない限り、10年以上も一緒に過ごすことになる。同級生のフルネームはもちろんだが、家の位置、家族構成に至るまで、お互いがだいたい把握していた。
同級生は90名弱と、意外に多く、他の学年が2クラス編成であったのに対して、小学校から中学校までは、ずっと3クラス編成だった。毎年のクラス替えにより、クラスの構成員はシャッフルされるが、特段、目新しい変化はない。
強いて、特徴を挙げるとすると、「私と双子の姉とは別々のクラスになる」という暗黙のルールがあるが故に、同級生たちは、2/3の高確率で双子のどちらかと一緒のクラスになると言うこと。時間が経っても、双子がいたことは、多くの同級生が記憶してくれているに違いない。
見知った顔同士のクラス替えよりも重要なのが、「担任の先生が誰か」という問題だ。
私の場合、小学校5年生から6年生へ進級する時が一番重要だった。
「お願いだから、違う先生にして~」という願いも虚しく、5年生の時の担任が継続して、6年生での担任となった。
小学校5・6年生は、私史上、最低最悪の2年間となる。
私は、小学校5年生から6年生まで、いじめられていた。
きっかけは、良くあるパターン。いじめられっ子を守ったことで、自分が標的にされるようになった。翌日から、クラスの女子ボスや、その取り巻きだけでなく、昨日まで仲の良かった友達にも無視されるし、班分けの時は最後まで残るし、誰も話し相手になってくれなくなった。だから、大抵、休み時間は、学校裏の焼却炉のそばのブロック塀に座り、時間を潰していた。今、思い出しても、無視というのは、結構、辛いものだった。
無視は、存在の否定である。
勇気を出して友達に話しかけたのに、空気の様に扱われてしまったら、次はもう、その勇気すら出てこない。私は、消えてなくなっても良い存在なんだ。もはや消えているのではないかと錯覚する程の“存在の否定”を前に、生きる気力が削ぎ落されていく。これが、私が初めて死を意識した時だった。あの時、私には、居場所がなかった。
追い打ちをかけるように、私を奈落の底に突き落としたのが、担任の先生だった。
現在の年齢から逆算すると、当時は、40代前半ぐらいだっただろうか。
ある日、「いじめについて、一緒に話し合おう」と、先生に呼び出された。
しかし、呼ばれた面談場所というのが、普段は誰も通ることのない屋上に上がる階段の踊り場だった。そこには、図書館に置ききれない本が、仮置きされていて、倉庫の様な状態になっていた。段ボールや本棚が乱雑に置かれた、その暗がりに、どこから持ってきたのか、教室で使うイスが二つ、向かい合って置かれていた。電気もついていなくて、上の方の窓から漏れてきた光だけが、周囲をかすかに照らしていた。
「ほかの人に、聞かれても、見られてもいけないから」
先生は、そう言っていた。
男の先生と二人きり、屋上の踊り場の暗がりで、何を話すというのか。
私は、修学旅行の際に、この担任が女子部屋に入ってきて、私や、複数の女子生徒に抱きついたことを思い出し、怖くなった。
当時の私は、いじめという状況を解消したかったし、辛い状況をなんとかしたいという気持ちが強かったが、それでも、やはり違和感を持たずには居られなかった。
私がいじめられたきっかけは、友達を守ったことだったし、それは間違っていなかったはずである。それなのに、どうして、隠れてコソコソしなければならないのか。いじめられる者は、暗がりに身を潜めていなければならないのか。
この時、担任の先生が何を話したのか、先生と私とで何を話し合ったのか、私は全く覚えていないのだ。しかし、私がたくさん泣いたことだけは覚えている。そして、とても嫌な記憶として、心に深く深く刺さっている。
時は経って、30年近く経った同窓会当日。担任の先生が帰った2次会で、幹事の一人に声をかけられた。
「ももちゃんは、あの先生のこと、そんなに嫌いだったんだね」
あれ、ばれてた。
でも、そんなもんなんだよな。本当に嫌なものに嘘はつけないんだよな。
小学校の時に感じた違和感や嫌悪感は、いじめの記憶と共に、今でも体中を虫のように這いずり回ってくる。当時の私は、無知で、親にも相談できなくて、我慢して嫌な経験を積み重ねてしまったけれど、結局、その嫌な思い出は、30年後も嫌なままなのだ。
もし、今、いじめが原因で、消えてなくなりたい、死にたいと思っている人や、誰にも相談できずに違和感を抱え込み、暗闇に追い込まれてしまっている人がいるとしたら、私は、「居場所は、そこだけではない」と伝えたい。今感じている違和感、嫌悪感、それは、決して錯覚じゃない。自分の感覚を信じて、その状況から離れられる別の場所を探してみてもいいと、私は思う。
当時の、私の唯一の救いは、双子の姉だった。
姉は、同級生であり家族であるから、話さなくても、大体の私の状況を理解していたと思う。時々、姉のクラスに行き、おしゃべりをして、時間になると自分のクラスに戻った。
もちろん、自分のクラスに、話せる友達がいるのがベストだ。でも、最も良い方法でなくても、心を寄せられる居場所が、どこかにないだろうか。
私も過去には辛い思い出もあったけれど、どうにか45歳まで生きることを選択できている。生きていれば、良いこともあるということを、ここまで生きた私だから言える。
今一番幸せなのは、大の字で、ぐっすり寝ている中2の娘の寝顔を見る時だ。
「キュンです」
と、ハートマークを想い描き、私も横になる。
今の子どもたちが、私の様な思いをしてほしくない。
健やかな寝顔が、いつまでもいつまでも続くように、そう願う。
「痛いっ」
寝相の悪い娘のかかと落としが、私の腹に命中する。
幸せってこういうことなんだよな。
□ライターズプロフィール
中川 百(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨生まれ埼玉育ち。専修大学法学部法律学科卒。大学卒業後、テレビの番組制作会社に就職。12年間をテレビ業界に捧げる。子育てとの両立を図るべく、大学事務職に転職。現在、埼玉県狭山市にある西武文理大学の入試広報課で大学の魅力を伝えるべく奮闘中。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/8/28/公開
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