自分を信じて、未来へ一歩踏み出そう 《週間READING LIFE Vol.324 「容易き道か正しき道か」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/9/18/公開
記事:藤原 宏輝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「結婚ってさぁ、彼の事が本気で好きだからするものだよね」
20代の頃、同級生の美佳(みか)ちゃんと私は、迷いなくそう思っていた。
美佳ちゃんは、大学時代からお付き合いしていた同級生の彼と結婚へと進んだ。
私は「女性は20代の早いうちに結婚して、男女1人ずつ子どもを産んで育てて、夫を支えて一人前よ」
と母がいつも言っていた。その事を守るように、社会人になり2年過ぎた頃に結婚を決めた。が、その後2年半で離婚した。
美佳ちゃんと私の‘結婚する’という選択は、彼の事が好きだから。
という気持ちの赴くままに、素直に行動した結果だった。それは私たちにとって、容易き道だったのかもしれない……。
ここであらためて‘容易き道と正しき道’について調べてみた。・容易い道特徴:努力や葛藤をあまり必要とせず、選ぶのも進むのも楽。心理:安心感や即時的な満足を得やすい。落とし穴:短期的には楽でも、長期的に見ると後悔や停滞につながる場合がある。例えば、責任を避ける選択や周囲に流される事、自分の本心に背いて妥協することなどが挙げられる。・正しい道特徴:倫理や誠実さ、自分の信念・使命感に基づいて選ばれる道。心理:一時的に苦労や不安があっても、心に納得感がある。利点:時間が経つほどに自分の人生を支える土台となり、尊敬や信頼を得る。例えば、約束や責任を果たす、短期的に損をしても長期的な誠実さを守る事や自分の価値観と調和していることなどが挙げられる。 私と美佳ちゃんは「彼の事が好きだから結婚した」という楽さや即効性を優先した容易い道だった。とくに私は、誠実さや長期的な意味を優先した正しい道を、結婚した段階では全く考えていなかった。つまり、一瞬。心を軽くしてくれる気がしたので、私は結婚という容易き道を選んだのだ。ここが1つの大きな人生の分岐点になっていった。
22歳の私たちにとって、深く考える事もなく結婚したことは、何一つ難しい事はなく容易い道だった。と今ならわかる。でもあの時、容易き道を選択して結婚したからと言って、決してその選択が間違えだったとは思っていない。
それどころか、以前の私は“容易き道か正しき道か”という選択肢においては、容易き道を選びがちだった。なぜなら ‘相手に嫌われたくない’や‘波風を立てたくない’などの承認欲求だったり、一瞬の‘その場しのぎ’や‘周囲が望むなら合わせておいたほうが無難’という周りとの調和が優先だったからだ。
さらに‘自分が正しいと思う道を選んで孤立するのが怖い’という不安を回避する為だったように思うのだ。要するに、自分というものがなかった。
しかし、ブライダル・プロデュース業として携わり25年。
私は数えきれないほどのご新郎・ご新婦様やご両家ご家族様に出会ってきた。そこには、一つとして同じ形はなかったので、私はお客様にとって‘正しき道’を選択してきた。
すると不思議なことに、すべてのご家族様の物語に共通して流れる、なんとも言えない温かいものを感じた。
ある時、美佳ちゃんから連絡が入り、久しぶりにお嬢さんも一緒に3人でお茶をした。
「実はね娘の結婚が決まったの、それでまた私の時のようにブライダル・プロデュースをお願いしたくて」と美佳ちゃんから依頼された。
「母もここで結婚式を挙げているし、母の親友の社長さんに母と同じように、私の結婚もプロデュースして欲しいんです」
とお嬢さんも言ってくれた。
彼女が口にした「母」という言葉が、私の胸にすっと染みこんだ。
24年前、私は美佳ちゃんの結婚をプロデュースした。
あの頃の美佳ちゃんは、とても華奢で少し緊張気味の可愛い花嫁さんだった。
そばで優しく見守るご両親様、一歩後ろから彼女を支えていたご新郎様。
あの時のご新郎様が、今は美佳ちゃんの夫として隣に立ち、今回は花嫁の父となる。
年月を経て、娘が母と同じ道を辿る。
その場面に立ち会うという事は、ブライダル・プロデューサーとしてこれ以上の幸せはない。
だが同時に、これは重い意味を持つ依頼でもあった。
親子二世代の結婚をプロデュースするという事は、単に「繰り返す」のではなく、次世代への「継承」と「更新」を同時に果たさなければならないからだ。
そこで24年前に遡り、美佳ちゃんの結婚から、これまでの事に少し触れようと思う。
新婚当初の美佳ちゃん夫婦は、どんな小さなことも幸せ。とよく、話してくれた。
例えば「ねえ、今日はカレーにしようか」と言うと、
「いいね! 俺、辛口でお願い」と旦那さんが答える。
他愛ない会話でさえ大学生の時から変わらない、恋人同士の延長線上にあるような仲良しな夫婦だった。
しかし日々を重ねていくうちに、違和感が積み重なっていったようだ。
「また靴下脱ぎっぱなし! 何度言ったら分かるの?」
「細かいなあ、たかが靴下じゃないか」
「たかがって何よ。どうせ私が片づけるからって、平気なんでしょ」
こうした小さな苛立ちは少しずつ広がり、やがて大きな溝になっていった。
「もう無理。嫌だ。あなたといると疲れるの」
「俺だってそうだよ。好きなはずなのに、なんでこうなるんだ」
そして、二人は1年ほどであっさり離婚した。
美佳ちゃんは「これ(離婚)もまた、容易き道なのかもしれない」と思った。
『好きで始まり、嫌いで終わる』感情のままに結び、感情のままに解く。
それからすぐに、美佳ちゃんは二度目の結婚(再婚)をした。
お相手は、8歳年上の穏やかで誠実な人だった。
「君となら、ゆっくり年を重ねていける気がする」
その言葉に安心した。また容易き道を選び、再婚を決めたようだった。
美佳ちゃんは「最初の結婚で学んだから、今度こそ妻として正しき道を歩こう! って決めてる」と、とても幸せそうだった。
人によって、正しき道はそれぞれだと思う。
しかし、美佳ちゃんの結婚生活は理想通りにはいかなかった。
ご主人の転勤で地方に引っ越す事になり、可愛い女の子を産み、慣れない土地での子育てが始まった。
「ねえ、今日も遅いの?」
「ごめん、取引先との会食があって」
「私だって、一日中子どもと二人きりで大変なのよ」
「分かってるよ。でも、仕事だから仕方ないんだ。ゴメンな」
分かってほしいのに、全然分かってもらえない。
美佳ちゃんの不平不満が募っても、
「私が我慢するのが妻として母としての正しさなの。我慢して耐えるのが、家族を守ることになるよね」
と無理して自分に言い聞かせている。ように見えた。
その数日後、美佳ちゃんから電話があり、ご主人の事や子育ての愚痴をこぼした。
「我慢とか耐えるとかダメだよ。美佳ちゃんの気持ちをご主人にちゃんと話したら」
「夫はこの慣れない土地で、私たち家族のために仕事を頑張ってくれてるのに、私が不満を言うのは違うと思うし、何だか申し訳ない気がして」
「違わないと思うよ、美佳ちゃんの本当の気持ちを伝える事が大事だし、ご主人の思いもきちんと聞いてみて、本音を分かち合うことも大事だと思う」
と電話を切った。
正しき道って、何だろう……?
数日後、美佳ちゃんから電話が来た。
週末の夜、思い切ってご主人に今の思いを素直に伝えた。
「ねえ、私、ずっと我慢していたの。あなたに不満を言わないようにしていた」
「え……?」とご主人は、かなり驚いたご様子だったらしい。
「正しい妻、良い母でいようとしてたの。でもそれが、毎日すごく苦しかった」
「僕だって同じだよ。強い夫でいなきゃっ! 家族を守る為にもしっかりしなきゃ! っていつも思ってて、仕事でしんどい事やツラい事も誰にも言えなかった」
そんなやりとりの後、2人は顔を見合わせ、沈黙のあとにふっと笑った。
「なんだ、同じだったんだね」
「そうだね。もっと早く言えばよかった」
こうして、お互いの気持ちをお互いがわかり、それから少しずつ会話が変わったらしい。
「今日は本当に、疲れた」
「じゃあ、夕飯はお惣菜にしようか」
「うん、助かる」
「ごめん、また洗濯物たたみ忘れた」
「いいよ。私もよく忘れるし」
夫として父として、妻として母として、完璧であろうとすることをやめたら、美佳ちゃんも旦さまも、とても楽になったのだ。
時間の積み重ねとともに、恋人の頃のようなときめきは薄れても、代わりに家族としての「安心感」が芽生えていく。
恋から愛に、愛から家族愛に。その変化を美佳ちゃん夫婦は、じんわりと味わっていった。
45歳、中学校の同窓会の時に、数人のお友達の離婚話を聞いた。
そのうちの1人が、
「もう、ダンナとは無理って思ったの。私にとっては、別れるのが正しいって結論だった」と。
「そうなんだ」と私は、複雑な思いになった。
“正しき道は、一つじゃない。容易き道も、決して間違えではない”
誰かにとっては我慢が正しさで、誰かにとっては別れが正しさ。
それでも、他人から見たら正しさが容易さに映る時もあるのだ。
「正しさって、自分の中にしかないんだ! いっそ正しい、正しくないなんて手離してしまえばいいんだ」と私は思った。
美佳ちゃんは、さらにご主人と語りあった。
「私ね‘正しき道’にこだわらなくてもいいんだ! って、分かってきたの」
「うん」
「私たちの“正しい”は、私たちで決めていいんだよね?」
「そうだよ。僕にとっての‘正しき道’は美佳とずっと一緒にいる事だから」
それを聞いて‘家族’という形は、目に見えない糸で繋がっているような感じで、とても温かなものが満ちている。
「家族」とは、不思議な存在だ。
欧米のように「個と個が結婚によって新しい家庭を築く」という発想よりも「家と家が結ばれ、世代を超えて受け継がれていく」という感覚が、日本では根強い。
いまだに「嫁ぐ」「婿に入る」という言葉がある。その感覚は時に重荷となり、若い世代を悩ませる。
しかし同時に、世代を超えて受け渡される家族の歴史は、確かに人の心を支えている。
親から子へ、母から娘へ、無意識に伝わる価値観や生き方の指針。それらはすべて、結婚という節目の場に濃縮されて現れるのだ。
その「正しき道」とは、必ずしも社会的に称賛される道ではなく、自分の心が静かに納得できる道だという。時には人の目を気にして、容易き道を選ぶ誘惑もある。しかし最終的に、歩んでよかったと思えるのは、自分に恥じない選択なのだと。
ブライダルの世界では、華やかな演出や流行のスタイルに目を奪われがちだ。だが本当に大切なのは、その家族にとって「正しい」と思える選択を形にすること。流行に左右されず、家族の哲学を反映させることだと思う。
結婚式の準備を進める中で、母としての美佳ちゃんとお嬢さんが語り合う姿は印象的だった。
「お母さんは、どんなドレスだったの?」
「シンプルだったけれど、誇れる一着よ。派手ではなかったけれど、私にはそれが正しさだったの」
ご新婦様は少し笑いながら「私も派手なのは、似合わない気がする」と答えた。
二人の会話を聞いて、私は強く思った。
結婚式とは、衣装や装飾よりも、そこに込められる「生き方の哲学」が最も強く輝く瞬間なのだと。母は、自らの式で「正しき道」を選んだ。その背中を見て育った娘は、自然と同じように「背伸びしすぎず、自分らしい式」を選ぶ。
家族観や価値観は、言葉にせずともこうして受け継がれていく。
結婚式当日、チャペルの扉が開いた瞬間。
私は24年前と同じ光景を思い出していた。美佳ちゃんの結婚式をプロデュースした時は、ただ「幸せな未来に送り出したい」と必死だった。その美佳ちゃんが年月を経て、娘と並びながら「同じ会場でまた祝福される」姿を見る事ができて、私は本当に幸せだと感じる。
美佳ちゃんのウエディングドレス姿を見守ったあの日と、まるで重なるかのようにお嬢さんが純白のウエディングドレスに包まれて、お父様とバージンロードを進んだ。
あの日の美佳ちゃんは緊張して少し俯きがちだったが、目の前のご新婦様は真っ直ぐに前を見ていた。母が「正しき道」を選んで歩んできたからこそ、娘は「容易き道」をも恐れず、自分らしく堂々と歩めるのだろう。
ご両親様の目には涙が浮かんでいた。
きっとご自身の結婚式を思い出し、同時に娘の未来を想っていたに違いない。
人はこうして、世代を超えて幸せな未来へのバトンを繋ぐのだ。
かつて、美佳ちゃんと私は容易き道を選び、そして壊れた。
次に、美佳ちゃんは正しき道を追い求め、我慢に縛られた。私はずっと独身で会社を守ると言う立場で正しき道を追い求めてきた。
だが、最後にたどり着いたのは‘正しさを手離す’という選択で「私、本当はどうしたいの?」という、自分にまず気づく事から始まるのが新しい道だった。
容易き道とは、簡単なようだけど、全てが間違いと言うわけでもない。
正しき道とは、苦しいだけの道ではないし、全てが正しいとは限らない。
容易き道か、正しき道か。その間を行き来しながら、人は学び成長する。
「私たちの道は、誰にも測れない。けれど、これが私たちにとっての正しい道」と美佳ちゃんたち夫婦は、さらに愛を深めて育っていく。
そして結婚式が無事に終わり、控室で美佳ちゃんが私にこう言った。
「二度も人生の大事な節目を支えてもらえるなんて、本当に感謝するわ。これからも、よろしくね」
私は深々と頭を下げ「感謝しているのは、私の方だよ」と言った。
ブライダル・プロデュースという仕事は、華やかな舞台の裏で常に緊張を伴う。しかし、このように「二世代を通して家族の物語に立ち会える」ことは容易い事ではなく、正しき道を自分で選んできたからこそ、巡り合えた奇跡だと感じる。
最後に、日本の家族観は時代とともに変わりつつある。
個を重んじる風潮の中で、家のつながりや世代の継承は希薄になりがちだ。
しかし、結婚式という一日の中には、今もなお確かに「家族という連続性」が宿っている。それは血のつながりだけではなく、価値観や哲学を受け継いでいると強く感じるのだ。
容易き道を選ぶのか、正しき道を選ぶのか。
人生は常に分岐点に立たされる。“結婚”をする! と決める事や結婚式を執り行うのは、その問いにご本人だけでなく、ご家族全員が向き合い「私たちはこうありたい」と宣言する場なのだろう。
私はこれからもブライダルプロデューサーとして、その宣言の瞬間に立ち会い続けたい。
さらに、三世代目の結婚式にも関わらせていただけたら……。
そんな次世代に繋がる未来を想像しながら、ご新郎・ご新婦様の未来への扉を私は開け続ける。
❒ライタープロフィール
藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』
愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。
ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? をいつも模索しています。2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。
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