週刊READING LIFE vol.325

「長」とつかない役職にリーダーはいる 《週間READING LIFE Vol.325 「リーダーの資質」》 

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/3/公開

 

記事:塩田健詞(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「係長になりたいって思う?」

「いやー、係長にはなりたくないな。あれだけ大量の決裁をさばけるようになるとは自分は思えない。係長になったらひじ掛けがつくけど自分には似合わないな」

 「そっかー」

 

 職場の同期と飲みに行ったときのこと。同期が生ビールにグラスで注ぎながらうつむきがちに聞いてきた。

 

 「昇進していくことに違和感でもあるのだろうか。何を今さら」

 

内心そう思った。今から7年前、私と彼は大学卒業後に新卒採用で入社した。特別に仲がよいとい関係ではないが、最初の職場が同じだったことや共通の仲が良い先輩が身近にいたこともあり、彼とは仕事の時間以外でもプライベートでも会うような関係だった。座席も近いので彼の仕事ぶりはちょっと目をやればすぐに分かった。

 

 「私と違って、彼は当たり障りなく仕事をこなしていくな。誰とも衝突していないな」

 

よく言えば万能的で人との輪を大切にする人。悪く言えばとがっているのは無いように見える。そのように彼を見ていた。

 

私が勤務している会社では入社してから5年目に主任職への昇進試験が行われる。入社してから最初に行われる試験だが、現在は実質的に次の管理職試験まで昇進が保障されている試験だ。数年間働いていれば、主任、主査、係長、課長補佐と昇進していく。実際に試験に申し込みをする際にも、「係長職へ昇進することを前提とした試験の受験です。同意しますか」と申込用紙には記載されているくらいだ。

そのような中で彼は私とプライベートで会う度にいつも聞いてくる言葉があった。

 

「ねえねえ。主任職の昇進試験受ける?」

 

彼自身に迷いや戸惑いがあるのだろう。そのようにしか捉えていなかった。

 

 結局、彼は私よりも先に試験に合格し、史上最短での主任職への昇進を果たした。未だに私は主任職へ昇進できていない。

 

 そんな彼が係長になることへの不安をぼやいているのだ。階級が下の人間に不平をこぼしたってただの嫌味でしかないぞという本音を心にしまいながら、彼の心のうちを探ろうとしていた。

 

 同時にふとした疑問が私の中に湧き起こった。

 

「係長って、何ができる人なのだろう」

「いや、そもそもうちの職場で役職が上の人たちは『リーダー』といってよいのだろうか」

 

 職場の中で主任職への昇進が遅れている私にとって、もっと言えば、過去に何度も職場で心の病気になった私にとって、係長という仕事なんて到底こなすことができないと考えている。

 

「別のフィールドで仕事に取り組んでいきたい」

 

そのように思っていた中で少しずつではあるが転職活動を進めていた。

 会社の説明会や求人情報をインターネットで漁るたびに何度も目にした言葉があった。

 

 「リーダー」という単語だ。

 

 「本事業のリーダー候補となれる方を募集しています」

 「リーダーとしての役割を期待しています」

 

 リーダーという単語に正直なところ引け目を感じていながらも世間に目を向けるとビジネスの現場ではよく見かけることが分かった。

 どうやらリーダーというのはビジネスにおいてという意味を含んでいるようだ。

 

 ここで『新明解国語辞典』で「リーダー」という単語を引いてみる。

 

 「その組織の指導者(指揮者)」「〔印刷で〕点線」

 

 同じ個所に「リーダーシップ」という言葉もあったのでこれも読んでみる。

 

 「指導権。指導的地位」「指導力、統率力」

 

 「なるほど。どうやらリーダーが存在するためには組織が必要だということ。そして指導や統率を行う役割を期待されているのだ」

 

ビジネスの現場において指導や統率を行うのがリーダー。そういうものとして整理してみた時にある人物の名が頭に思い浮かんだ。

 

松下幸之助。言わずと知れたパナソニックの創業者で経営の神様と呼ばれている。彼が言っていることであれば、リーダーという言葉にさらに近づいていけるかもしれない。

 

松下幸之助が開いた塾、「松下政経塾」でリーダーという単語が用いられていたので少し長いが引用する。

 

 「そのような正しく明確な基本理念があれば、そこから力強い政治が生まれ、その上に国民の経済活動、社会生活も安心して営むことができ、ひいては国民の平和、幸福、国家の安定、発展ももたらされるのである。従って、今日の国の姿をよりよきものに高め、すすんでは国家百年の安泰をはかっていくためには、国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探究していくことが何よりも大切であると考える。

 同時に、そのような立派な基本理念が確立されても、それを力強く具現していく為政者をはじめ各界の指導者に人を得なければ、これはなきにひとしいのである。幸いにして、天然資源には恵まれぬわが国ながら、人材資源はまことに質の高い豊かなものがある。まさに人材、とりわけ将来の指導者たりうる逸材の開発と育成こそ、多くの難題を有するわが国にとって、緊急にしてかつ重要な課題であるといえよう。

私たちは、このような観点から、真に国家を愛し、二十一世紀の日本をよくしていこうとする有為の青年を募り、彼らに研修の場を提供し、各種の適切な研修を実施するとともに、必要な調査、研究、啓蒙活動を行う松下政経塾の設立を決意した。この政経塾においては、有為の青年たちが、人間とは何か、天地自然の理とは何か、日本の伝統精神とは何かなど、基本的な命題を考察、研究し、国家の経営理念やビジョンを探求しつつ、実社会生活の体験研修を通じて政治、経済、教育をはじめ、もろもろの社会活動はいかにあるべきかを、幅広く総合的に自得し、強い信念と責任感、力強い実行力、国際的な視野を体得するまで育成したいと考える」

 

 より、指導者というものが具体的に示されているのが分かる。理念やビジョン、命題、強い信念と責任感、力強い実行力、幅広い視野、こういったものが示されている。

 

 ここまで見てきて思ったことがある。

 

 

 「リーダーは役職ではない。組織の中でその人物そのものが持つ資質である」

 

 

 そうしてみると私が当初感じた疑問である役職が上であるというのはリーダーとは相いれない場合がある。確かに昇進試験の選考の過程でリーダーの資質は見られるかもしれない。しかし、役職が上でないからといってリーダーではないとも言い切れない。

 

 そのように整理してみた時に私にはある1人の人物がまた思い浮かんだ。私が初めて会社に配属になった時に隣にいた先輩だ。役職は課長でも係長でもない。一番下の役職だった。

 

 新入社員として開会式を終えて、自分が所属することになる課の係長が自分を迎えに来た。係全員の前で挨拶をし、自席へ着く。そこに彼女はいた。電動車椅子に乗った彼女。

 

 そこから慣れない会社員生活が始まる。先輩からの指導の下、仕事に向き合っていく。これまでのアルバイトの生活とはまるで違う。ここまで自分で決めていいのか。裁量の大きさと制度の境目に苦しみを感じる。22時を超えた残業だってした。業務開始時間の2時間前に職場に出勤もしていた。職員の足手まといにならないように。

 

 自分の業務でマニュアルを作成した時のこと。雑談がてら彼女に話した時のことだ。

 

 「それは係長に報告しなよ!係の役に立つんだから」

 

 自分のためだけのマニュアルでしかなかった。しかし、そこに価値を見出してくれた。私よりも視野が高くて広いと思えた。

 

 そんなある日、身体と心が限界を迎えた。残業していた中、ついに涙が止まらなくなった。全然仕事をこなせていない自分に苛立つようになった。なぜこんなにもできないのか。

 

 そんな時、電動車椅子が滑る音が左耳から聞こえてきた。

 

「塩田さんは頑張っているよ!」

 

 この言葉を皮切りに彼女は私のことを沢山褒めたたえてくれた。嬉しかった。

 そこからさらに彼女はこのように言った。

 

 「お客さんを相手にする仕事だからね。色んな事を聞いてくるよ。そんな中で自分の仕事の事務処理を進めていかなきゃいけないもんね。だからね、この係の中では間違ったことを伝えるのはまずいから、10回でも聞いていいからね」

 

 顧客対応とはどうあるべきか、後輩は先輩にその係の中でどのように頼ってよいかを示してくれた。落ち込んで暗くなっていた自分の心に明かりがともったように感じた。

 

それと同時にこう思った。

 

「この人についていきたい。この人に認めてもらいたい」

 

 別の部署に異動になった後も通りすがりで彼女の下へ挨拶に行くようにしていた。そんなある日、彼女が最近出勤していなかったことに気づいた。

 

 「今、病気休暇中なんだ」

 

 共通の知人に教えてもらった。自分も病気休暇を経験していたのでいつか戻ってきてくれる。そのように考えていた。

 しかし、彼女は戻らなかった。退職を決意していた。

 

 そんな情報を耳にして、素直にこう思った。

 

 「悔しい」

 

 そんな気持ちの中、偶然同じ建物内で彼女に出会った。

 

 「私、退職するんだ」

 「そんな。本当に悔しいです。すごく悔しいです」

 「ありがとうね。あなたはこれからもっともっと必要にされる人になるから」

 

 自分へ励ましの言葉をかけてくれるなんて。一番辛いのは彼女であるにも関わらず。

しばらくして彼女が口を開いた。

 

「あの職場の中で、私がなんとかしないといけないと思っていた。でもその必要は   なかった」

 

 その言葉には一つの諦めもあれば空しさもあるように感じられた。職場の中で並々ならぬ責任感で仕事をこなしてきたのだ。

 

 

 彼女のような生き様を見て、私はこのような苦しい思いをする人を二度と出したくないと思った。彼女の仕事に対する姿勢、組織に対する責任感。彼女をリーダーと呼ばずして何と呼ぼうか。

 

 以上の出来事を振り返っているうちに、リーダーとは何かをもう一度考えてみた。

 

 

 それは、その人自身の生き様が他人の行動指針を作ることができる。これにあると思う。

 

 

 彼女の職場での仕事に対する姿勢もそうだが、彼女自身の仕事での行動にも私は心打たれた。

 

 窓口に置かれている椅子。お客様対応が終わった後に自席に戻る前に、椅子を机の下にしまっているだろうか。毎日見ていた光景だが、彼女が窓口の後ろを通ろうとする際に椅子が常に出ているがゆえに、彼女はいつも車椅子からできる限り身を前に出し、椅子を何とか机の下に戻して自分の通路を確保するのだ。

 彼女のように車椅子に乗っていない私にとっては椅子が出ていることなど大して気に留めるようなことではない。あまりにも椅子が無造作に置かれていれば戻せばいいだけだ。しかし、彼女の場合はそうとはいかない。自身の仕事を遂行するための障害なのだ。

 

 このような行動を日々目にしている中でこう思った。日常的に当たり前のように見える職場環境。視点を変えれば障害物だらけである。この環境の中で働いていくこと、さらに言えば健常者が多数いる中で障害を抱えながらも健常者と同じ成果を上げようと仕事に取り組んでいくことに立ち向かっていった。

 

 彼女は何と闘っていたのか。障害を持ちながらも一般就労するという壁とも戦っていたのだと思う。

その彼女の行動で私は彼女が仕事を退職した後も、椅子は無造作に置かず、机の中に入れるようにしている。彼女の行動は私の行動を変えた。これもリーダーと言っても良いのではないだろうか。

 

 役職や肩書にばかりこだわらず、視野を拡げてみればリーダーは実はもっといるのではないだろうか。会議で最後に議題をまとめる人だけでなく、沈黙が重くなった瞬間に一言で空気を和らげる人もいる。職場で手が止まった後輩に「大丈夫だよ、こうすればいい」と声をかけられる人もそうだ。彼らは組織図のどこにも「長」と書かれていない。だが、その一言や所作が周囲の行動を変え、場を確実に前に進めている。肩書きに守られるのではなく、自らの姿勢や言葉によって他者の動きを変化させる。そこに本質的なリーダーシップが宿るのだ。リーダーとは、誰よりも大きな声で指示を出す人ではなく、相手の一歩を引き出す人。他人の行動を変容させる力のある人物こそ、真のリーダーと呼ぶにふさわしい。

 

❏ライタープロフィール

塩田健詞(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

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2025-10-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.325

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