週刊READING LIFE vol.325

お山の大将はリーダーだったのかもしれない《週間READING LIFE Vol.325 「リーダーの資質」》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/3/公開

 

記事:ひーまま(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「誰がいちばんに山のてっぺんにつくんか競争するよー!!」

「よーいドン」

昭和39年の春の温かい空気の中で私は幼稚園の年長さん。5歳になったばかりのころの記憶である。

 

当時住んでいたのは6畳二間の長屋である。長屋には同い年くらいの子供たちが何人も住んでいて、声をかければアッという間に長屋の前の小道に勢ぞろい。

 

そのころ2歳年下の妹は3歳。みんな同じ幼稚園に通っていて幼稚園に行くのもいっしょ、帰るのもいっしょ。

家に帰ったらまたみんなで勢ぞろいして遊ぶのだ。

 

長屋の隣は銭湯で高い煙突からいつももくもく煙が出ていた。

その風呂屋のわきの細い道を抜けると昔の旧街道で、まだそのころには街道松の立派な松が並んでいた。

 

特に私はその立派な松が大好きだった。

その松を触りながら山へ登る道がある。山と言うほどの山ではなく山頂に観音堂があり、大きな岩がどしんと鎮座していた。

大きな岩の隙間には小さな鳥居が立てかけられていて、私はいつもその鳥居に着いたら手を合わせていたものだ。

 

そんな山のてっぺんまで、長屋の子供たちを引き連れてガンガン登っていくのが毎日の習いだった。

 

3歳の妹はまだちいさく、一人では走って山を登れないので、お家で留守番だ。幼稚園の年長さんが中心になって6人ぐらいで山のてっぺんを目指す。誰が一番に大きな石の祠があるところまで走っていけるのかを競うのだ。

 

「よーいドン!」の掛け声をかけるのは私だ。

私より年の大きな男の子もいるが絶対に負けられない。

一番乗りするときっといいことがある。 子供たちみんながそう信じていた。

 

途中の坂道では足がぐっと重くなって息が上がるが、「おおー!!!」と声をあげながら気合を入れる。

 

坂道の次は一番の難関階段があり、急カーブになっている。

そこを曲がると恐ろしく吠えたてる小型の犬がいるのだ。

「ワンワン! ワンワン!」と今にも噛みつかんばかりにほえたててくるのだ。

 

この犬は今思えばマルチーズくらいの小さな犬で、目が見えないくらいにふさふさの毛で、しっかりと家の中に閉じ込められていたのに、子供たちには天敵と思えるほど恐ろしかったのだ。

 

その犬をしり目に一気に山のてっぺんを目指す。

あっという間に大きな石と小さな鳥居が見えてくる。

残りの子供たちはまだまだ追いついてこない。鳥居について手を合わせると「やった! 今日も私が一番じゃ!」

次々と子供たちが追いついてくるが、二番以降はお山の対象ではないのである。「私が今日も一番乗りじゃけ、みんなは子分で私がお山の大将じゃ」とまずは勝利宣言。

 

みんな悔しそうだけど、うんうんとうなずいている。

お山の大将には実は大切な役目があるのだった。

 

ケンカの仲裁である。

誰ちゃんと誰ちゃんが今日ケンカした。どっちの勝ちですか?

と聞いてくるので私は「なんのケンカか言うてみんさい」と聞くと、一人の男の子が「今日は昼ごはんの時にアッ君がわしの卵焼きをとったけえ怒ってたたいた」と言う。

 

それで叩かれたアッ君が叩き返して大げんかになった。 という。 

両方の言い分を聞いた私は「そりゃあ両方が悪い」と裁定を下し、「今から両方あやまりんさい。 それでケンカはおしまい」と指示する。なにしろお山の大将のいう事は絶対なのでいわれることは素直に聞かなくてはならない掟があるのだった。

 

二人ともしゅんとしていたが「ごめんね。」 「ごめんね。」 とお互い声をかけておしまい。

これでお山の大将のお役は終わりで、そのあとは山道の端を掘って水晶をみつけたり、頑丈そうなツタを見つけて「あ~ああ~~」とターザンになり切ってツタをゆすってみたりする。

 

このころのことを思い出してみると、リーダーに求められる資質の一つである「チームを導く資質」に相当するのではないのか? と思えて面白い。

 

チームをまとめて一つの目的を達成する。このころの目的はたぶん「みんな仲良く」だったのではないのかとおもう。

今思い返しても実に見事にお山の大将はその目的を果たしていた。

 

リーダーは、チームが目指す目的をはっきりと明確にして共有するという役割があると思う。 お山の大将はリーダーとしてメンバー全員が、このころの目的(仲良く遊ぶ)という事を達成できたのではないのか。

 

またリーダーはメンバーの共同できる人間関係をつくることも大事な役割だろう。そのためにとはそのころ考えてはいないが結果としてケンカを収めることで、長屋の子供たちは長く本当に仲良く毎日遊ぶことができたのだ。

 

お山の大将はその日その日でみんなが順番になっていて、その時その時のケンカの仲裁は見事に「仲直り」という結果を導き出していた。いまでも懐かしくそのころの幼馴染の顔を思い出すことができる。

 

私が一番お山の大将になっていたと思っていたが、記憶をたどると意外にもみんなが順番にお山の大将になっていたのだ。

気の弱い子も、力の強い子も、すぐに泣く子も、すぐに怒る子も、みんな一人一人がお山の大将の役割を果たしていたのだ。

 

リーダーの資質を考えていくと大人になるほどリーダーは単純では済まないことに気が付く。リーダーらしいリーダーを最近見ていないようにも感じる。

 

目的や目標と言った将来の姿を明確に示すことがない。

そのくせ他人の出来不出来をあげつらって批判や非難ばかりしているように感じる。

 

ビジョンがはっきりと見えてこないのだ。

その要因として責任を果たすことなく、責任をだれか他者に擦り付けるような言動が目に付く。

 

世界を見渡せば本物のリーダーが不在の感がある。

どんな状況であれ、ビジョンを明確にして的確な判断をし、その結果に責任を持つ。という姿勢が見えてこない。

本当に大人としての振る舞いができていないのではないのか?

自らを振り返ると恥じ入るばかりだが、現代のリーダーにお山の大将のようなシンプルな役割を果たすという気概を持ってもらいたい。

 

現在私は広島市の事業のひとつである、「被爆体験伝承者研修」に取り組んでいるのだが、3年かかりようやく被爆体験伝承の講話検定を受けることができた。

 

まだ広島市の認定を受けたわけではないが、この3年間、毎月一度被爆体験の実相を聞き取り、自分自身の言葉にまとめ上げることができた。原爆が投下されたそのきのこ雲の下で、どんなことがあったのか?現実はどうだったのか?事実の確認を繰り返し、語ることも苦しい作業を被爆者の方といっしょにしてきたのである。

 

その貴重な3年間。被爆したその当時5歳から6歳だったひとは今年86歳になる。ゆっくりと静かに老いていかれ、それでも原爆に対する恨みは出てこない。

 

「3たび繰り返すまじ原爆を」

「世界中の誰にも同じ思いはさせない」

「二度と戦争は起こさない、二度と核兵器は使わせない」

そう毎回静かに私たちに伝えてくれる。

 

この被爆者の人たちこそ世界のリーダーではないのか?とふと思う。

死ぬまで被爆者としての責任を果たす。この体験を一人でも多くの人に伝えていく。という強い信念だ。

 

明確なビジョンは「戦争のない世界」

核兵器は人間と共存できない。そこから起こる被害を想像してください。そして被爆の実相を知ってください。そのためにどんな場所でもたった一人の人にでも伝え続けていきます。

その人類に対する責任感にいつも私は元気をもらう。

 

世界は不安定で不安もいっぱいあるけれど、一人一人が自分のなかにお山の大将を作って、自信をもって生きるとき、世界のリーダーは自分自身だと思えるのかもしれない。

 

□ライタープロフィール

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の65歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

 

 

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2025-10-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.325

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