凸凹こそが魅力《週間READING LIFE Vol.326 「ドキッとする話」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/10/9 公開
記事 : 松本 萌 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
夏の夜、会社の同僚達と数年ぶりのビアガーデンを楽しんだ。異常に暑い日々が続く中、ビアガーデンの日は涼しい風が吹いていて、心地よい夜だった。
以前は同じ部署で働いていた同僚達だが、今は別ということもあり、仕事や職場の人間関係のことなど気兼ねなく話せる関係だ。冷たい飲み物を楽しみつつ焼きたての肉を頬張りながら、ざっくばらんに会話を楽しんだ。
楽しい一夜だったのだが、「えっ…… 私ってそう思われていたの!?」とドキッとすることがあった。
自分ではそんなつもりはないのに、端から見ると自分の思いとは違う捉え方をされることは「よくある事」と分かっているのに、自分のことを分かってくれていると思っている人に指摘されると、ちょっと傷つく。ドキッとした後、心がザワつく。
私がドキッとしたのは、後輩への対応について言われたことだ。
私の勤める会社では、年度初めに「一年の成果目標」を決める習わしがある。会社に勤めて20年も経てば、自分自身の成果に加え、後輩達の成果や成長も目標に入ってくる。
正直なところ、後輩の成長を促すことを目的に何をし、それをどう自分の成果に結びつけるかを考えることが苦手だ。自分のことだったら自分が頑張りさえすれば何とかなるし、結果評価に値しなかったとしても「私の努力が足りなかったから仕方ない」と納得ができる。
ただ他人となると話が違う。こちらがどんなにアクションを起こしても動いてくれるとは限らないし、思うような結果にならないということは多々あるだろう。だからといって相手を責めることはできない。
「自分のことは自分でコントロールできるけれど、他人のことはコントロールできない」という持論ゆえ、後輩が指示通りのことをしなくても、私は面と向かって怒ることはない。ただ何度か言っても動かないとそれ以上言わなくなり、よほどの問題が起きない限り関与しなくなる。まぁ、ある意味怒っているとも言えるのだけれど、では私の指示が常に正解かというとそうとは限らない。もっとよいアイディアがあるのであれば、無理して先輩の言うことを聞く必要はない。
「あなたの意見を尊重しますよ。そのかわり、私はあなたの事には関与しません」と言ったところだ。
こんな考えのため、誰かを「成長させる」ことを自分の成果目標にすることにしっくりせず、今まで極力書かずにいた。
だが今年の4月、直属の上司から「後輩指導に対し、具体的にどんなことをして、どういう成果に結びつけるかを目標に明記せよ」とお達しが出てしまった。「あなたが後輩達に指示を出して周囲をコントロールしながら仕事をすることよりも、自分で手を動かして実績を作り上げていく方が好きなのはわかっているよ。でも会社としては、あなたに周囲を成長させるような働き方を求めています」とハッキリ言われた。
やれやれ面倒くさいことになったと、肉を頬張りながら愚痴ったところ、「年齢やポジションを考えたら仕方ないでしょ」とたしなめられた。
「指導のための仕事を作り出すのは大変だから、まずはあなたの仕事を後輩に移行する中で成長していってもらったらいいんじゃないの」とアイディアをくれたのだが、「私の仕事をやってもらうのは申し訳ないよ。みんな時間にゆとりがある訳ではないし」と言ったところ、「えっ! そう思っていたの?」とビックリされてしまった。
どういうことだろうと首を傾げたところ、「後輩達がやるよりも自分がやった方が早くできると思っているから、後輩達にやらせないんだと思っていた」と同僚の一人が言った。もう一人の同僚を見ると、うんうんとうなずいている。
今度はこっちがビックリする番だ。
「私がやった方が早くできるから、仕事は渡しません」だなんて……
随分とプライドが高くていけ好かないヤツじゃないか……
ドキッとするとともに、それこそ10年以上前にも、当時の上司に同じことを言われたことを思い出した。今も昔も「私は仕事ができるんです」と、ツンッとお高くとまっているということだろうか。
私の仕事を後輩達にやってもらうことに対し「申し訳ない」という気持ちは偽りの無い本心だ。各自割り振られた仕事があるため、日中は忙しくしている。もし「その仕事、やりたいです」との申し出があればもちろんやってもらうところだが、言われたことはない。
それとも同僚達が思っているように、後輩達からも「あの人は自分がやった方が早いと思っているから、私達に頼んでこないんでしょ」と思われているのだろうか。
それ以降SNSで「女性の管理職に求められること」と題する投稿が目に止まると読むようになった。一度読むと、同じような投稿がどんどん携帯に映し出される。
「男性に比べて高いと言われている『察する能力』を活かして、上司、同僚、部下と円滑なコミュニケーションを取りながらマネージメントをする」
「自分の感情をコントロールして周囲が話しかけやすい雰囲気作りをする」
「一人で抱え込まず、周囲を巻き込んで仕事をする」
「プレッシャーのかかる状況のときこそ冷静な意思決定を下す」
「周囲との雑談を意識することで、風通りのよい職場環境を作る」
「育児などを経験していれば、同じ状況で苦労している部下に心を配る」
「多様性のある組織構成への貢献」
最初はフムフムと読んでいたものの、そのうち疲れてしまい、今は読んでいない。当時InstagramやThreadsで、学びになると思ってフォローした先を、そっとフォロー先から外した。
どれも有益な情報だ。「女性の管理職に求められること」と名は打たれているものの、文章内には「性別に関わらず、管理者に求められること」と書かれている。「女性だから」と言って、肩肘張って頑張らなければいけないわけではない。
でも読んでいるうちに苦しくなってしまった。常に周囲を意識し、チーム全体にくまなく気を配り、相手にどう見られるかにフォーカスすることは大切なことと分かりつつも、では一体「自分らしさ」はどこにいってしまうのだろうと不安になった。
管理者はリーダーシップを発揮して牽引するとともに、チームのしんがりを務める必要がある。強さ、包容力、冷静さ、寛容さ…… 様々なものが求められ、それらを兼ね備えられていればパーフェクトだ。管理者としてというより、人としてパーフェクトと言える。
私はどうだろう。20年以上働いているので、社会人として必要な要素はそれなりに備わっていると思っている。「筋を通すタイプだね」と言われるので、強さは持っていると思っている。職場では「いつも冷静で、焦ったところを見たことがない」と言われるので、冷静さは持ち合わせているのだろう。包容力や寛容さは、相手によりけりなので自信はない…… 極力表に出さないように努めているが、好き嫌いはハッキリしているほうだ。
では欠けているところがある人は駄目なのか、管理職には適さないのかと言うと、そんなことはない。欠けているところのない、完全で完璧な人なんていない。むしろ凸凹があってこそ人間であり、その人らしさだ。得意なこともあれば不得意なこともある。自分の得意なことが「苦手です」と言う人もいるし、自分の不得意なことを朝飯前でやり遂げてしまう人もいる。得意なことは積極的に頑張ればいいし、苦手に思うことは、それが得意な人にお任せしたっていいのだ。
20年以上同じ会社に勤務し続けられているのは、これまでお世話になった上司や先輩達が私のことを指導してくれたからだ。「自分の力でここまで成長しました」という気はさらさらない。今こそ恩送りをするときなのだろう。
そう思い、苦手ながらも後輩指導として、取り組んでいることが三つある。
一つ目は情報の共有会だ。後輩達はそれぞれ担っている仕事があるが、お互いの仕事を知ることで刺激し合って欲しいと思い、週に一度共有の場を設けている。後輩達には自分のやっている仕事が他者の仕事のヒントになることがあるので、積極的に意見をして欲しいと伝えている。
二つ目は自分が学んだことの共有だ。一見関係ないと思っていることが、後になって参考になることがある。今後のスキルアップにも活かして欲しいと思い、参加した研修で学んだ事などを積極的に共有している。
最後は仕事への姿勢だ。私がサボったり手抜きをすると、「この程度でいいんだ」と思ってしまうかもしれない。分からないことは徹底的に調べて解決策を出すこと、その時々に最善の努力をすることを自分に課している。そんな私の姿を後輩達が見てくれているかは分からないが、周囲の目が有る無しに限らず、手を抜かないようにしている。
周囲から見たら「まどろっこしいやり方をしている」と思われるかもしれない。しかしこれが、直接的な指導が得意ではない、私らしいやり方だ。
来月、ビアガーデンに行った同僚達と会うことになっている。今度はピザの会だ。また色々な話をしながら楽しい時間を過ごすことになるだろう。
今度はドキッとする話がないといいのだけれど。でもある意味学びになったし、自分の振り返りもできたので、たまにはドキッとする指摘をしてもらうのもよいのかもしれない。言われるうちが華だ。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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