週刊READING LIFE vol.326

きのこ雲の上と下 《週刊READINGLIFE Vol.326「ドキッとする話」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/9 公開

 

記事 :ひーまま(READINGLIFE編集部 新・ライターズ俱楽部)

今年は被爆80周年という事で、広島では様々な行事や催し物が目白押しだった。「青少年国際未来会議」では、未来の平和を担う青少年のためにと、被爆3世のシンガーソングライター・HIPPYさんがこれまでに出会ってきた被爆体験者との話を歌にして伝えるなど、被爆の記憶を風化させないために。 と多くの若者がイベントに参加していた。

平和や広島をテーマにした自主製作のアニメも作られていたし、何年も前から被爆者の体験を「絵」にする活動に取り組んでいる広島市立基町高等学校想像表現コースの「原爆の絵画展」も見るものの心を揺さぶる作品の数々が展示されていた。

 

私は広島市が主催する「被爆体験伝承者養成研修」に参加して3年目になるのだが、3年目にしてやっとひとりの被爆者の方の体験を原稿にすることができた。

広島市の認定を受けることができれば、広島市の平和記念公園をたずねてくる修学旅行生などに被爆体験伝承者として講話ができるようになる。

 

今も世界では紛争や戦争が続いている。

そんな世界の中でちっぽけな一人の人間ができることはなんだろう?と考えた末に「広島で何がおきたのか?」 を事実のありのまま伝えることがいま私にできる一つの事だったからだ。

 

人間は基本的に弱い生き物だと私は思う。

 

不安や恐怖にあおられて、何でもない人間が暴力や支配に走るのは世界の歴史を見ても明らかである。

それでもまだ人間は争いをやめることができないし、つまらないことで人を攻撃したり、言い争ったりするのである。

 

自分は常に正しくてほかの人間は常に間違っているのだと、多くの人が思っているのかもしれない。

それでも自分は世界が平和であるように祈っているし、なるべくなら暴力や攻撃はたぶんしない。絶対にではない、たぶんしない。

そんな風に思っている。

 

もう平和な時代が80年も続いているのだ。

たぶん世界は、いや日本は平和な世界を継続していくはずである。毎日流れてくる世界の不安と恐怖は他人事だと思っているのではないだろうか?

 

私自身も日常生活で平和を享受している一人であるが、この3年間被爆者の人の体験を追体験するようにミーティングを重ねてくると、世界の平和も日本の平和も多くの犠牲や努力の上に成り立っていることを痛感させられた。

 

1945年 昭和20年 8月6日に事実広島に原子爆弾が落とされたのである。

核融合を使った原子爆弾はなんと8月6日のつい20日前に実験に成功したばかりだったのである。

 

そして、その地形が原子爆弾の投下の影響がわかりやすいことから日本全国の候補地の中から広島が選ばれたのだった。

 

アメリカの公文書館が開示した資料からその事実が確認されている。

広島も長崎も原子爆弾の効果を確認するための実験だったという事がその資料から読み取れるのだ。

 

この3年間被爆の実相をいろんな資料を読み、被爆者の話を聞くことで深めてきたのだが、66歳の今になるまで本当に自分が住む広島に起きた出来事とはなかなか実感できなかったのが正直な話だ。

 

被爆者の話も聞くだけで胸が苦しくなり、平和記念資料館は入ってもじっくり見ることができないでいた。やっとやっと私も被爆地広島を自分の住む町で起きたことだと実感できたのがこの数年だ。

 

被爆80年は、実際に被爆体験した人たちの平均年齢が86歳と言う現実に直面している。

その人たちの中で実際に被爆の体験を語れている人は本当に驚くほど少ないのが現実なのだ。

 

昨年32人いた被爆体験証言者は少しづつその数を減らしている。

81歳から94歳の被爆者はその悲惨な体験をゆっくりと思い出しながら淡々と実相を語っている。

 

ぜひ原子爆弾のきのこ雲の下がどんな世界だったのか?実際の話を被爆者から聞いてもらいたい。

 

ネットの情報でもいい。 一人の人が体験した80年前の話に耳を傾けてもらいたい。 平和な毎日の中で、平和を享受する人間ができるささやかな平和活動だと感じるのだ。

 

被爆体験伝承研修を受けている中で今年の80周年、実はドキッとさせられた出来事がある。

 

今年の8月6日を前に広島市内で、ある対談の会があった。

 

「きのこ雲」の上と下の物語。と言う一冊の書籍が刊行された記念の講演会だった。

 

文字通り原爆を投下した「きのこ雲」の上にいたエノラゲイの搭乗員である米兵の孫と「きのこ雲」の下にいて被爆した(しかも広島長崎の両方に遭遇した)人の孫の対談だった。

 

その二人と本の訳者3名の鼎談だったが、講演が始まる前、会場に並んでいる姿を見て、本当に胸が痛くなるほどドキッとしたのである。

 

信じられない光景だった。

どんな心境でこの本を出版することになったのか?

そんなお話から始まった。会場に来ていた人たちも被爆2世や3世の人たち、それぞれが胸に思いを抱えてこの対談に来ていることが感じられる。

 

1945年8月6日と8月9日、広島と長崎で被爆した「二重被爆者」である山口彊(つとむ)さんの孫である原田小鈴さん。

広島、長崎に原爆を投下した乗組員、ジェイコブ・ビーザーさんの孫アリ・ビーザーさん。

穏やかにそして二人の間に強い温かい絆があることが感じられる対談の始まりだった。

 

二人とも隠すことなく初めて出会った時の感想を述べた。

「なぜ?どうして普通に会えるというのか?」

「お互いに非難されるのではないのか?と疑心暗鬼だった」

「今更、会っても話す言葉もない」

戸惑いながらも二人の孫は自分たちが背負ってきた苦しい十字架に思いを馳せたという。

 

きのこ雲の上から原爆を投下した祖父の事を知ったのはもう祖父が亡くなってからの事だったとアリさんは言った。

アメリカでは当然のことながら原爆を投下した軍人は戦争を早く終わらせたヒーローとして語られていた。

アリさんは家族に伝わる話や、当時の想いをつづった祖父の日記から、決してヒーローとしてではなく苦悩していた祖父の事実を発見する。

 

それ以来直接被爆者の話を聞くために何度も広島や長崎を訪れ、広島では資料館でボランティアをしながら被爆の実相を知ろうとしていた。

 

小鈴さんは、二重被爆者として世界に「いかなる理由があっても二度と原爆を使ってはいけない」と伝えるために「選ばれた人」と言われてきた祖父をもつ。

 

その祖父の平和への思いを伝えることを胸に抱いて、様々な葛藤を抱えながらも活動してきていたのだった。

 

アリさんが小鈴さんの話を聞くために初めて長崎をたずねたときの話をした。「本当にドキドキして受け入れられないのではないか?」と思ったという。

また、小鈴さんは「なんの話をしに来たのかわからないと不安だった」と言われた。

 

ところがお互いに出会ったときに、二人が背負っている重い十字架は同じ十字架だったことに気が付いたのだという。

 

二人とも祖父から託されていたのは「二度とこの原爆を使ってはいけない」という深い世界の平和への祈りだったのだ。

 

お互いがそれぞれの立場で、むなしさを感じ、無力さを感じていたという。それでも自分たちが発信しなければ世界は平和になることはないのだという気持ちで頑張ってきていたのだ。

 

思わず私は3年にわたって聞いてきた被爆者の声を思い出して涙があふれそうになった。

 

「きのこ雲」の上と下であったことをありのまま伝えることは、並大抵の覚悟や信念ではできないのだとおもう。

それでもこれほどの立場の違いを乗り越えて、この二人が友達になれるんだ。お互いを大事にして友情を育めるんだ。と言う姿を世界の人に見せたい。その二人の姿に私は目には見えないけれど二人の祖父が手を取り合って孫たちを抱きしめているような感覚を覚えた。

 

世界では分断が広まり、お互いが疑心暗鬼になっていつ核を使うかわからない。そんな暗い雲が広がっていることも感じる中で、それぞれが深い葛藤を超えて協働していく決意を最後の言葉とされた。

 

私はその新しい本を抱えて、二人が並んでサインしているテーブルに向かった。私も被爆体験伝承者として活動していることを伝えると二人は満面の笑みで「みんなで頑張りましょう」といってくれた。

 

私は「さっきあなたたちの上で二人のおじいちゃんが手をつないで喜ばれてる姿が見えたような気がしました」と伝えると、二人は驚いたような顔をして「きっと本当の事だと思う。その言葉は今日一番うれしい言葉です。ますます頑張る気持ちになりました」と言葉を返してくれた。

世界の平和はこんな風にきっと実現していくのだ。

 

□ライタープロフィール

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の66歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。2025年9月からの新ライターズ倶楽部を受講中。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

 

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2025-10-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.326

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