週刊READING LIFE vol.326

女としての「アリ」判定に身悶え、自ら生存確認した話 《週刊READINGLIFE Vol.326「ドキッとする話」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/9 公開

記事 :志村 幸枝(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

 

 

「この前、『アリですよね』って言ってましたよ」

エ? エ? ……「アリ」デスヨネ?? ダト???

突然、店長が投げ込んできた話題に心拍数は上がり汗が出た。

こちとら、もっぱら更年期ではあるが、断じてこれはホットフラッシュではない。

感情が高ぶったからこその発汗。脳内で日本語がカタコトになるくらいドギマギしてしまった。

 

「ちょっと失礼な言い方かもしれませんけど」と、店長はその話題に触れながら私を気遣った。どんな文脈でそんな話題になったのだろう。心の中の動揺が過ぎ去った後、ちょっと冷静になってみた。これが例えば居酒屋での戯れ言、酔っ払いの話なら、しかもこちら側で「ナシ」と思っているような相手だったら、嫌悪感すら抱くのかもしれない。「人をもの扱いして」とか「何で品評されなあかんねん」と。でもそういう時って、こちら側も「アリ・ナシ」の判定をしているわけだからどっちもどっちだ。

 

がしかし、そのときは違った。

なぜなら、その「アリ」発言の彼は、私が密かに尊敬している漢方家なのだ。歳だって10ほど若い。身体と心を観察し、生命力を見抜くプロ。その彼が、私の女としての何かを「アリ」と言ったのだ。それはプロ目線で生命力を肯定されたようなもの。漢方家冥利に尽きる、妙な喜びがあった。身体が反応した。血がめぐり、躍動した。

 

 

 

でも。

私はその感情に慌てて蓋をした。

 

最近は聞かなくなったが「美魔女」という言葉をご存じだろうか。

もう十数年以上前になると思う。ちょっとしたブームがあった。コンテストが開催され、なんと水着審査まであった。ルッキズムに眉をひそめる人が多い今は、時代錯誤な話だが、その当時はわりと盛り上がっていたし、今もその残像を感じることがある。SNSを開けば、「奇跡の50歳」「年齢不詳」の文字が踊る。どれも褒め言葉のはずなのに、どこか呪いの匂いがする。

 

若さを保つ努力を褒めるフリをして、裏では「女はいつまでも若くあるべき」という呪い。ホルモンが減少していく更年期、身体は正直で、色気の源が少しずつ枯れていくのを自分が一番よく知っている。それでも社会は「まだイケる?」「もう卒業?」と、見えない評価ボタンを押し続ける。まるで、女を辞めるタイミングを社会がジャッジするかのように。

 

思えば、社会はずっと女に「判定」を突きつけてくる。

二十代では「可愛いか可愛くないか」。

三十代では「結婚したかしてないか」。

四十代以降は「若く見えるか老けて見えるか」。

美魔女という言葉が流行ったのも、結局はその判定の延長線上だ。

年齢を重ねても若さをキープできれば「アリ」、衰えが隠せなければ「ナシ」。

その中で、女たちは化粧品やエステにお金を注ぎ込み、笑顔の裏でこっそり身体の変化に怯える。

 

そんなことが頭によぎった。

認めたくないけど、自分もその中にいる。

「アリ」といわれて嬉しい自分。

社会の「判定」に屈したくない自分。

その両方がいて厄介だ、と思ったからだ。

 

 

 

そのもがきは様々な形で現われる。

私は漢方相談の仕事で、閉経を迎える年頃の女性が髪を伸ばしたがるのを何度も見てきた。女性ホルモンの低下で髪の元気がなくなるのを知っていて、「伸ばせるのはもう最後かもしれない」と思うらしい。十数年前、私はその姿をどこか冷めた目で見ていた。「そんなにこだわることかな」と。その当時は全くの他人事。けれど今、私の髪は肩まで伸びている。あのころ「なぜ?」と思っていたことを自分がすることになるなんて。「これは遺伝子レベルで組み込まれている事柄なのか」と思ってしまうくらいだ。「今のうちに女を楽しんでおけ」と空耳の耳打ちに慌てている。女にしがみつく自分にげんなりする。でもここから降りたら「終わり」のような気もしている。

 

 

 

その一方で、そんなことは超越し、推し活で我が道を進み、無意識のうちに綺麗になる方も多い。

推しのライブにいって止まっていたと思っていた生理が復活する話もわりと聞く。ホルモンとの関係性を確かめたり、エビデンスを求める術はないが、「推し活あるある」らしい。漢方のお客様が推しの魅力を語ってくれるときがある。その姿は本当にイキイキしていて、目に輝きが宿り、血色も良くなるから驚きだ。漢方的に見れば、ときめきは「気血」の巡りを良くする。ホルモンを活性化させるというのは、あながち迷信ではないと感じる。漢方より、推し活の方が「効いてる」とすら思う。

 

うちの店長は、お客様を必ず下の名前で呼ぶ。たったそれだけのことで、空気が少し柔らかくなる。私の同級生男子にも、私を下の名前で呼ぶ人がいる。その響きはやけに新鮮だ。胸の奥がくすぐったい不思議な感覚。この2人はあざといな、と思う。店長やその男子に何の意図がなくとも、こっちがそう思ってしまうのは、呼ばれることがちょっと嬉しいという感情が根元にあるからだ。生理こそ起こすほどの威力は無いけれども、でも多分わずかにホルモンが活性化されていると思う。これも誰に言われるかで変わってくる。ゲンキンなものだ。でもそれが本音だ。

 

日常のこういう「ドキッ」はあったほうがいい。

漢方の世界でいうところの「気」が動く瞬間。

血の巡りがよくなり、自分ではコントロールできない、けれど確かに生命力が反応している状態。

 

 

 

こうして振り返ってみると、私たちは日常の中で意外と多くの「ドキッ」を拾っている。

推しの新しい写真を見つけた時、好きな俳優の声をラジオで偶然耳にした時、

コンビニで季節限定のスイーツを発見した時だって、身体は一瞬、拍動が強くなり血流を速めてくれる。大げさに言えば、それらはすべて小さな「生存確認」だ。漢方でいう「気」が動き、心と身体が「まだ私、生きてる」と教えてくれるサイン。「ドキッ」や「ドキドキ」が日常にあるだけで、身体はますます動き出す。

 

 

 

「アリですよね」

間接的に伝えられた、たった一言に、こんなにも心が揺れる自分がいる。

嬉しい自分と、社会が押しつけるものに異を唱えたい自分。

相反する二人が、胸の奥で静かに引き合い、反発し合っている。

でも考えてみれば、漢方が教えてくれるのは陰陽のバランスだ。

どちらか一方だけが正しいわけではない。

「アリ」を喜ぶ心も、「判定なんていらない」と抗う心も、どちらも私の中で必要な反応なのだ。

だからどちらの感情も丸ごと抱きしめておきたい。

 

 

 

❏ライタープロフィール

志村幸枝:しむらゆきえ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

京都在住の道産子。2025年1月より、ライティング・ゼミに参加。天狼院メディアグランプリ66th Season総合優勝。2025年5月より、ライターズ倶楽部へ。神戸で漢方相談に携わる。わかりやすいたとえ話で「伝わる漢方相談」をするのがモットー。

 

 

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2025-10-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.326

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