「ちょっと変わり者」の封印が解かれる時
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/10/16 公開
記事 : 川戸恵子(ライティング・ゼミ7月コース)
レストランでメニューを見て注文した後、私は再びメニューを手に取ることがある。
それを見て、一緒にいる人からは
「追加するの?」
と聞かれる。けっこう食いしん坊だと思われたのかもしれない。
実は、追加を考えているのではなく、メニューを「読んで」いるのだ。そう,何々が何円と書かれているだけのメニューを、ただ読んでいるのである。
これをわかってくれる人は、どれだけいるだろう。
文字があれば読みたくなる。そんなことはないだろうか。
新聞や本は言うに及ばず、そこに何か文字が書かれていれば、広告チラシでもポスターでも、見る、いや、読もうとすることは?
暇だから、ちょっと手持無沙汰だから、ということもあるが、それだけではない。光源に集まる羽虫のごとく、書かれたものにフラフラと近づいていってしまう。そして読む。
それを私は、普通のことだと思っていた。
しかし、高校生の頃に友人から言われたのは,
「ちょっと変わってるね」
だった。その言葉には、信じがたいという気持ちが込められているような気がした。そこで、自分のしていることは、どうやら多くの人はあまりしないことのようだと気づいた。
以来その「癖」を封印し、誰かと一緒の時は一度注文した後にメニューを再び手に取ることを止めることにした。なんでメニューを読みたいのかと聞かれたら答えるのもちょっと面倒だったし、答えたとしてそれを理解してもらえないかもしれないと思ったのだ。
しかし、その封印が解かれる時が来た。
大学生の時のことだ。注文した後からも、友人の一人がメニューをじっと見ていたのが気になった。
私の視線に気がついた友人が、
「なんか読みたくてさあ」
と言った。そして、
「字が書いてあるのを見ていたいんだよ」
今ならその後に「てへぺろ」をつけるくらいの軽さで発言したのである。
仲間がいた!
この時の喜びをわかってもらえるだろうか。私は「ちょっと変ってる」わけではなかった。しかも、
「私も!」
と、他の子たちも堰を切ったように話し出す。
「メニュー、見るよ。つい読むよね!」
「何か読んでないと落ち着かなくてさ」
「でもなかなか人には分かってもらえないんだよね」
それで,今までみんな,じっと我慢の時を過ごしてきたのだと分かった。
なんか嬉しい。心強い。
「メニューを読む」と言ってくれた友人のように、率直に声に出してみるのはいいことなのかもしれない。意外と身近に同じ趣味・趣向の人がいることがわかることもあるのだから。
そう思った私はある時、思い切って「カミングアウト」した。
「不動産屋さんのチラシで、間取り図を見るのが好きなんだよねー」
すると、今度もまた、
「私も、私も」
が始まった。
「もしこの家に住んだらって考える!」
「この部屋はだれのとか、ここに何を置くとか!」
「インテリアも想像しちゃうよ」
なあんだ、みんな「妄想不動産」の仲間だったんだ。新聞に入ってきた折込チラシに見入っている私は、このことでも、「ちょっと変わり者」ではなかったようだ。
こうしてみると、人というのは自分が思っているよりも「普通」の範疇の中で生活しているのかもしれない。しかも、その「普通」とされる枠は,意外と大きいようだ。
しかし、それを知らずに自分で自分の枠を小さく作って、その中で窮屈に感じていることもあるのではないだろうか。「つい読みたくなる」にしても「間取り図を見てしまう」にしても、「他の人はこんなことは考えないのかも、しないのかも」と思って、黙っている方を選んでしまう。
だから、ふたを開けてみて、なあんだ他の人も同じだったんだとわかって、拍子抜けするのだろう。
私が今まで接してきた人たちが「自分に近かった」だけかもしれないが、きっと他にも「ふうん,そうなんだー」程度で終わることも多いに違いない。
そう考えると、自分の中にだけもっていることを、もっと外に出していくようにしてもいいような気がした。そうすれば自ら封じ込めた何かが弾けて、仲間が見つかるかもしれない。それは自分が決めた「枠」を大きく広げることにもつながる。
そんなことを思った20代だった。
時は流れ、今ではタッチパネル式やQRコード読み取りのお店が増え、昔ながらの紙のメニューを眺めることも減っている。
手持無沙汰となってメニューの代わりにお店で読むようになったのは、スマホでのニュース配信やSNSの記事。それも時代の流れだろう。
SNSで発信されているものを見たり読んだりしていると、自分はこれが好き、こんなことをしていると、堂々と知らせていることに時々驚くことがある。もちろん法に触れるようなことは論外だし、倫理的にどうかと思うことには批判コメントも集まっているようだ。
しかし、自分なりのこだわりや習慣など,「メニューを読む」「間取り図を眺める」レベルの趣味や趣向は、多くの人に共感してもらっている。記事やそれについてのコメントを全て読み込んでいるわけではないので根拠としては薄弱だが、「変わっている」扱いもあまりないようだ。
SNSにはいろいろあるけれど、この場での自己主張、これはこれでよいのでは? と思うようになっている。
自分のことを話して、人からわかってもらえる。自分もまた、人のことをわかろうとする。そんな「わかり合える」場がここにある。ひと昔前、いや、もしかすると今でもリアルな関係では「そんなの普通ではない」とバッサリ切って捨てられることも、ネットでなら不特定多数の人から「わかる」と共感の言葉が寄せられる。
たしかに、認めてくれる人の正体がわからない不安もある。でも、とりあえず「ま、それもいいんじゃない?」「わかるよ」「じぶんもそうだったよ」と言ってくれる「誰か」がいること。それは心強いことだろう。
「ちょっと変わり者」かもしれないと思っている人にとって、「私も」と封印を解いてくれる人の存在は、きっと大きいに違いない。
そう思うと、今は「ちょっと変わり者」でも生きやすい時代なのかもしれない。
≪終わり≫
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