死ぬ覚悟”から“生きる覚悟”へ——インフィニティ∞リーディング『武士道』と『葉隠』体験記
*この記事は、「ハイパフォーマンス・ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/10/23公開
記事 : マダム・ジュバン(ハイパフォーマンス・ライティング)
武士道という“遠い言葉”
武士道——その言葉を聞くたび、どこか遠い時代の響きを感じる。
今回のインフィニティ∞リーディングのテーマは『武士道』(新渡戸稲造著)と『葉隠』。
いつものように天狼院書店店主の三浦さんが、AIを使いながらこの難解な二冊を軽快に読み解いていく講義だった。
私も講義の前に『武士道』を読んでみたが、何とも難しい。
そして正直、どこか冷めた気持ちでページをめくっていた。
この国に確かに存在したものなのに、自分とは違う世界の話のようだった。
ドラマや映画で見る武士の姿は凛々しく精錬で、日本人として憧れさえ感じていたが、その実、忠義のために主君に殉ずる。家の名誉のために命を捨てる。さらには、子どもさえ犠牲にする。
あらためて文字で読むと、それが“日本の精神”だという言葉に、どうしても頷けなかった。
しかし、理解できないまま終わらせてはいけない気がしたのも事実だ。
というのも、自分の中に武士の血が流れているからだ。
祖先・可児才蔵に流れる“もう一つの武士道”
私の父方の祖先である「可児才蔵吉長」は戦国時代の武将である。
父が存命の時にはさして興味もなかったが、自分が年齢を重ねるにつれてルーツを知りたくなり、菩提寺まで訪ねたこともある。
可児才蔵吉長(1554年頃–1613年)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。
斎藤龍興、柴田勝家、明智光秀、前田利家、豊臣秀次、福島正則といった複数の主君に仕え、槍の名手として知られた。
戦場で敵の首を取り持ち帰る際、数が多すぎてすべては持ち帰れないため、首級の口や首に笹の葉を挟んで自分の討ち取りである印としたという逸話から「笹の才蔵」と呼ばれた豪傑だ。
『関ヶ原の鬼武者・槍の才蔵』(近藤龍春著)によると、戦国時代は江戸時代のような儒教色は薄く、「二君に仕えず」という忠義心を口にする者は稀であったという。
つまり戦国時代、当時の武士にとって「忠義」とは“主従関係を続けること”ではなく、“己の武勇に恥じない生き方”だったのだ。
「主君に仕える」よりも「生きて責任を果たす」ことを選ぶ姿。
私は、そんな才蔵の生き方に“現代的な武士道”を感じる。
理想の忠義と『菅原伝授手習鑑』
『武士道』第九章「忠義」——武士は何のために生きるのか。
この章では「わが子の犠牲をも厭わない忠誠」の例として『菅原伝授手習鑑』が紹介される。
私はこの話を歌舞伎の演目として何度も鑑賞してきたが、いつも強い違和感があった。
物語では、主君の秘密を守るために主人公・松王丸が我が子を殺め首を差し出す。
そして、立派に身代わりになったことを「でかした、立派なやつ」と涙して讃える。
忠義を貫くために親としての情を捨てる、その行為が“美徳”として描かれている。
私はどうしても納得できなかった。どれほど崇高な理想であっても、子の命より重い忠義があるのだろうか。
もし私がその親の立場なら、たとえ主君を裏切ることになっても、子どもの命を選ぶだろう。
それでも、この作品が長く上演され、人々に感動を与えてきたという事実に、私は考えさせられる。
昔、一緒に観劇していた亡き母も、この舞台を観て泣いていたことを思い出す。
——忠義とは、人の命や心を犠牲にしてまで貫くものなのか。
あるいは、そうした“極限の選択”を通じてこそ、人間の誠実さを問うものなのか。
『菅原伝授手習鑑』を通じて感じたのは、忠義が単なる服従ではなく、心を試されるものであったということだ。
『武士道』と『葉隠』——“死”を語る“生”の書
一方の『葉隠』。
葉隠は、藩士・山本常朝(1659–1719)が語った武士観を聞き書きしたもので、享保元年(1716年)頃に完成している。
三島由紀夫が「わたしにとって、ただ一冊の本」と評するなど、日本人として一度は読んでおきたい名著として長く読み継がれてきた。
中でも「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一文が有名だ。
これは、戦国時代が終わり、260年以上にわたる平和の中で「死を覚悟して生きる」という武士的価値が揺らぎ、「生を守り、日常に勤める」という価値観へ変化していったという背景が読み取れる。
インフィニティ∞リーディングの講義では、“戦国時代への郷愁と武士道衰退への危機感”があったのではと読み解いていた。
戦のない時代にあって、武士たちは「何のために生きるのか」という問いに直面していたのだろう。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一節だけを読むと、命を捨てることこそが美徳のように思えるが、実際には“死を覚悟して生きる”という精神のあり方を示している。
「死」を意識するからこそ、「今をどう生きるか」が問われる。
それは、戦国を生き抜いた可児才蔵の“生の覚悟”にも通じる。
私は次第に気づいた。
『葉隠』が説くのも『武士道』が語るのも、結局は“死に方”ではなく“生き方”なのだということを。
それは、どんな時代でも変わらない「人としての誠実さ」への問いなのかもしれない。
女性初の総理に見る“日本の精神”
武士道を時代遅れの倫理として切り捨てることは簡単だ。
しかし、そこには“どう生きるべきか”を真剣に考えた人々の姿がある。
命よりも大切な「義」や「誠」を信じ、己を律しようとした心の強さ。
それは、現代社会の中で薄れつつある“生きる覚悟”の象徴でもある。
私にとっての忠義とは、他人に尽くすことではなく、自分の信念に嘘をつかないこと。
そして、どんなに時代が変わっても、人としての「義」と「誠」を忘れずに生きること。
折しも、日本では女性として初めての総理大臣が誕生した。
その所信表明演説を聴きながら、私は胸の奥が熱くなった。
右か左かといった立場の話ではなく、ただ一人の人間として、誰よりも真剣にこの国を思い、言葉に力を込めていた。
その姿に、私は“現代の武士”のような覚悟を見た気がした。
歴史の中で多くの武士が命を懸けて守ろうとしたもの——それは、国でも主君でもなく、「自分の信じた義」だったのではないだろうか。
いま私たちが立つこの時代に、その“義”を言葉と行動で示す人が現れた。
それは、長く眠っていた日本人の誇りを呼び覚ますような瞬間だった。
「武士道」とは、過去の遺産ではなく、今を生きる覚悟のこと——
私はあの演説を聴きながら、静かにそう感じていた。
私とわずか三歳しか違わない女性が、あれほどの責任を背負い、真摯に語る姿に心を打たれた。
その姿に、現代の「義」と「誠」を見たように思う。
今回のインフィニティ∞リーディングで『武士道』と『葉隠』に触れたことは、
単に古典を学ぶ時間ではなく、“今の自分”を見つめ直す体験だった。
理解できないと思っていた武士道の中に、確かに自分の中にも流れている「生きる覚悟」を見いだせた。
そして、時代も立場も違えど、誠実に生きようとする人の姿に心を震わせる——
それこそが、インフィニティ∞リーディングが教えてくれた“日本の精神”なのかもしれない。
≪終わり≫
参考資料
『武士道』(新渡戸稲造著/PHP文庫)
『葉隠』(奈良本辰也訳/講談社文庫)
インフィニティ∞リーディングについてはコチラ
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