ライティング・ゼミ

兄のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:伊東綾子(25年11月開講コース)

 

兄が会社を辞めた
らしい。
先日、姪が遊びに来た時に
「ちったん(父さん)、仕事辞めたんだよ」
と教えてくれた。

キッチンカーでコーヒーを販売するのだとか。
兄らしい。

私には2つ上の兄がいる。仲は良い方だと思う。
中学までは2つ上の兄の存在を邪魔に思っていた。年子や2つ上に兄弟がいる方なら、分ってもらえると思う。地元の公立中学校、同じ校内に兄弟がいるわけで、憧れの先輩に色気が使えないのだ。色気なんてそもそも持ち合わせていないけど。先生からも、憧れの先輩からも、私は”しんちゃんの妹”なのだ。私が先輩にお近づきになりたいと行動すると、バシッと「変なことするな!」とぶった切られる。
その上、兄がキャーキャー言われる存在なら私も鼻高々なのだが、兄はそうゆうヒエラルキーにいなかった。サッカー部や野球部が華やかで、もてはやされていた時代に、暗いと言われていた卓球部。
卓球が今のように、ユニフォームや大会パフォーマンスが華やかになったのは、タモリさんのおかげだと聞いたことがある。暗いイメージだから、運動神経が良く、ちょっとイケてる人は他のスポーツに流れてしまっていたのだ。だからよけいに卓球部は運動部の中でも地味で暗い部活に思われていた。そんな卓球部に兄がいる……。

それでも、兄と口をきかないなんてことはなくて
高校で壊滅的に物理が出来なかった私は、試験前日に兄の部屋をノックして、大問1が解ける程度まで教えてもらった。おかげでどうにか赤点は免れていた。

兄の部屋は、兄が好きなものでいっぱいだった。
お小遣いやアルバイト代で買ったレコード、ダブルデッキ、ゲームボーイ、マンガ。
スキー、自転車。車はダットサン。
小学生の頃から、お年玉でDr.スランプアラレちゃんのプラモデルを買って、ホビーカラーで丁寧に塗っていた。私も作りたいから、失敗しても問題ないキャラを塗らせてもらった。 私は自分のお金で買うことはしない。
兄はちゃんと自分の好きを持っていた。
一方の私は、自分のお小遣いで買ったものは……思い浮かばない。小学生の頃はマンガ雑誌のリボンは買っていたけれど、流行りにのっていただけ。学生になって稼いだアルバイト代は海外に行くために、貯めていたのかな? 趣味ではない、ただの遊びに多くを使っていたように思う。
自分は何が好きで、何が嫌いかを分かっていなかったから、兄のお金の使い方は良いなって尊敬していた。母には、お金が入ったら直ぐに使うように見えていたようだが。

母は世間体をすごく気にする潔癖な性格。それに対して、兄も私も世間が良いとするものに興味がなく、ちょっと道をズラしたくなる。
兄の選んだ学校も、会社も、心配する母をよそに「良いじゃん!、お兄ちゃんの人生なんだから」と応援してきた。兄もまた然り。 
私が何をしても、何を選んでも、絶対に味方でいてくれるだろうと信じている、たぶん。 実際は分からないけれど、そう思える人がいるということは心強い。
母という共通の敵からお互い守っていたように思う。

さて、兄は早期退社をしてキッチンカーでコーヒーの販売を始めるそうだ。
恐らく父にも母にも仕事を辞めたことを話していない。
話していたら、母が心配して私に電話してくるはずだから。
きっと理解はされないだろう。言わなくていい。

母は孫の就職先にまで口を出してくるおせっかい。孫が公務員か銀行員になってくれたら、きっと友人や姉妹に自慢をするのだろう。 
 
イカツイ車に乗っていた兄が、子どもが出来てワンボックスになり、子どもが巣立って、可愛らしく改装した軽自動車に乗っている。
今、兄はその軽自動車を飲食営業が出来るように改装しているそうだ。 


姪から兄がキッチンカーで営業を始めると聞いたときにはびっくりした。そして、嬉しかった。
なぜかと言うと私も同じタイミングでキッチンカーが欲しいと思っていたから。

私は今4か月前に道で拾った一万円を持っている。警察に届けて、3か月後、持ち主が現れなかったので、私のお金になった。
思いがけず手にしたお金を何に使おうか考えた。せっかくだから、面白い使い方がしたい。
考えた末、拾った一万円をわらしべ長者のように、交換を繰り返して、最終キッチンカーにすると目標を決めた。絵本や短編小説の本を乗せて、公園の前でコーヒーを売る。お客さんには好きな本を持って園内で読んでもらい、帰りに返してもらう。
私が接客したいわけではなく、お店に立つのは時々で良い。オーナーになりたいのだ。
どうぶつの森に出てくる車のようなキッチンカー。そう、私がイメージしていたのは正に兄の軽自動車だったのだ。

私と兄は考えていることが似ていて、その時期もピッタリあっている。
犬を飼い始めたのも同じ頃、今回のキッチンカーもびっくりする。

兄らしい決断。
決して儲かる商売ではない。天候、季節に左右される。
それでもやりたいコトにチャレンジする兄を全面応援、全面協力。

〈おわり〉

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2025-11-27 | Posted in ライティング・ゼミ

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