ライティング・ゼミ

ジャーナリングを2年間続けたらゴミやらヘドロやら出し切れた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

木藤奈音(ライティング・ゼミ 11月コース)

 

 ジャーナリングという言葉が今ほど広がっていなかったころ、毎朝ノートに思考を書き散らしていたことがある。当時読んだ本ではモーニングページと呼ばれていた。ネットの体験記には「頭がすっきりする」「自分への新しい発見があった」といったものから、「願いがかなった」「人生が変わった」というオカルトめいたものまであり、ずっと興味をもっていた。この記事では、2年間ほぼ毎日ジャーナリングを行った成果をご紹介したい。

 当時の私は毎週のように出張し、とにかく忙しかった。それなのに、数年かけて取り組んだ新サービスはなかなか軌道に乗らず、一方で同僚は順調に実績を積み重ねている。自宅と職場と出張先の往来が当たり前になり、生活を共にするパートナーもおらず、寂しい週末を重ねることが多かった。

  今も当時も仕事は好きだ。クライアントのお悩みに貢献し、知的好奇心も満たされ、お金もいただける。激務といわれる業界で長くやってこれたのは、心から仕事を楽しめたからだと思う。しかし、言語化できないもやもやを感じることが多くなっていた。仕事を楽しんでも、友人と集まっても、趣味に没頭してもそれが小さくなることはなかった。これまでと違うアプローチが必要かしらと思い始めていた。

 部屋を掃除中、未使用のノート数冊を見つけ、ジャーナリングに使おうと考えた。ジャーナリングとは、「頭の中にうかんだことを、そのまま書き出すこと」である。私が読んだ本では、毎朝20分から30分程度ひたすら書くことをすすめていた。気持ちの整理や自己理解に効果があるとのことだ。端的に「思考の排水」と表現されていた。とてもわかりやすい。翌朝からさっそく始めることにした。

 記念すべき初日である。素晴らしい快晴の日だった。私はベッドでペンとノートをとった。さあ、書いてみよう!

 ……。

何を書いていいかわからない。

寝る前はあんなにワクワクしていたのに、広げたノートを前にすると、思考停止した。出社時間が迫る中、何か書かなくちゃと焦るが、まったく始まる感じがしない。ありのままを書く。

『今日は書くことがなかった』

排水どころか、胸のもやもやが一層広がった気がする。結局、1週間程度同じような状況が続いた。

翌週からコツをつかんだのか、ペンが進むようになった。『まだ眠い』『お腹すいた』『口が気持ち悪い』『今日雨ふるかなあ』等ありのまま書きなぐっていく。続けて、タスクたちが現れた。ひたすら転記する。

『削れたヒールを修理に』『早割期間中に飛行機のチケットを』『プロジェクトの予算変更』『メールの返信、その前にちょっと調べる』

項目は無限に湧いてくる。ノートが文字で埋め尽くされる。ペンを走らせるうちに、気づくことがあった。

これ、全部先送りしたものだ。

気が乗らない、忙しい、億劫等々、理由は様々だが放置していたタスクが脳内に溜まっている。熟成したタスクは積みあがって、膨らんで、脳のメモリを圧迫する。

その日書き出したタスクについては、可能な限り片づけるようにした。その場で処理したり、人にお願いするなどして手離れするようにした。

私はハマった。続けるほどに頭が軽くなり、思考が冴えるのを感じた。私は出張先にもノートを持ち歩くようになった。

自分の中に、ノートを書く自分と、それを俯瞰する自分との二つの視点を感じた。俯瞰する自分は、『どうしてそう思う?』『面白いこと考えるね』と、合の手を入れる。ときには時間の使い方など有意義なアドバイスもくれる。内省がはかどる。

月日を重ねるごとに、より深い思考が現れた。

グチや不満が増えてきたのだ。

『今のプロジェクトがつらい』『移動時間長いからね』『日曜日に前日入りしても、タイムカード上休日扱いてのが空しい』

ずっと、言葉にできなかった。誰かに訴えることを諦めていた気持ちだった。

言葉を与えた瞬間、視界が開けたようだった。度が合うメガネに変えると、部屋の隅にゴミの山がハッキリ見える。グチや不満は、ゴミなのだ。生きている以上、出てくるのは仕方がない。でも、放置すると腐臭が発生する。だからゴミの日にゴミを出す。自分の外に出し、書いたページを破りとり、シュレッダーで裁断する。心のゴミをせっせと処分する習慣ができた。感情のはけ口が常に確保されていることは、安心感につながった。

ジャーナリングを始めて1年になろうとしていた。外の世界で、私は相変わらず日本全国を飛び回り、ネガティブな感情の処理をノートに頼っていた。

「ヘドロ」は前触れなくやってきた。

帰省中、両親とケンカになり最悪の気分で自宅に戻った。当時の私は未熟だった。怒りを持て余し、ノートに吐き出してやれとペンをとった。いつもと違い、就寝前のジャーナリングだった。

『自分でこぼしたものを自分で片づけないなんてありえない』『黙々と片づけるお母さんもありえない』『ずっと昔からそうで』こんな調子で延々続く。「俯瞰する自分」が、数十年前から変わってないねと突っ込み、「書く自分」がだってしょうがないじゃないと返す。通常運転をこなすそのとき、頭の中に、急に言葉が浮かんだ。

『もう、いい加減にしてほしい』

 これは誰。私なのか。思いがけない強い言葉に戸惑った。頭の中に集中する。震えるペンが、ゆっくりと文字を刻む。

『私は、機械じゃない』『やりたいことを我慢して、いつも追い立てられて、不満ばかり積もって』『自分で不満のもとをつくって、自分で不満を片づけるなんて茶番だ』『私の時間が、やるべきことで塗りつぶされている』『私の時間は奪われている』『もう、限界だ』『でないと、私は』

手が止まった。心拍数が上がる。改めてノートを見直す。自分の字だ。仕事が時間を奪う? 不満のもと? あれだけ好きな仕事を、全否定している。これが自分の本音なのだろうか。

心のゴミを捨てたと思ったら、底は底でなかった。じっとりとヘドロがへばりついていた。ずっと、やりたいことを後回しにして業務を成し遂げてきた。疲れていても新幹線に飛び乗った。プロジェクトの目的を果たし、周囲に感謝された。そんな自分が誇らしく、毎日が充実していると思っていた。でも、実は自分を鞭打つ自分への恨みがどろどろと蓄積していたのか。

 私は、望んで働いていたはずだ。しかし、仕事にまい進するほど、自分を痛めつけていたのだ。長年感じていたもやもやの正体は、悲鳴か。

 ノートが涙でにじんだ。だめだ、とまらない。

 外部会議がないことを確かめ、翌日有休をとることにした。

 次の日はいつもより遅く起きた。ノートを開き、おそるおそる書き込んだ。

『長い間辛かったね。ずっと気づかないでごめんなさい。これからは自分を大切にするよ』『時間をかけて仕事を調整する。やりたいことを全部やろう。だから、片っ端から教えて』『……』

 そうして、やりたいことリストが完成した。その後もジャーナリングを続けたが、ノートを使い切ったことを機に卒業した。もう大丈夫だ、と思った。これからは、必要な時に再開すればよいだろう。

負担が大きい出張案件は少しずつなくなった。そして、週末に武道のお稽古を始めた。パートナー探しも本腰を入れることにした。

当時リストに挙げた項目は、ほぼすべて実行済である。

≪終わり≫

 

 

 

 

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2025-11-27 | Posted in ライティング・ゼミ

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