週刊READING LIFE vol.333

家庭内交渉の数々はお母さんの愛情で突破するしかなくない?≪週刊READING LIFE Vol.333「ビジネス感覚」≫

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/11/27 公開

記事 : パナ子 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

2001年9月11日

 

「お母さん、この子倦怠感が強いのが気になるね。入院させましょう」

医者にそう言わせてしまうほどインフルエンザの症状が強く出た9才の長男に続き、やはり6才の次男も高熱を出した。今回ばかりはウイルスがとてつもなく強いらしい。しかし、小児科の受診から帰宅し、ベッドにゴロンと力なく倒れ込んだ6才の口から飛び出した発言は、母の度肝を抜くものだった。

 

「おれさ、元気になったらケンタッキーたべにいきたい。肉がたべたいから。いい?」

あまりに真剣な眼差しで見つめられ、その視線を外すことさえできない。

 

君、いま、39.6℃あるんやぞ?

よく肉のことなんか考えられるなあ! いくら肉好きだとはいえ。

 

「うん、わかった。みんな元気になったらケンタッキー食べにいこうね」

笑ってしまいそうになるのをこらえながら約束を交わし、いったん離れた数分後、再び次男のベッドに呼ばれた。

 

「さっきのやくそくだけど、本当にだいじょうぶ? わすれたりしない? カレンダーにかいといて」

なんという執着!!

 

繊細な兄は高熱を出したとき、シクシク泣いてたぞ?

君、めちゃくちゃタフやな。

 

忘れっぽい性格との烙印を押された母のことは到底信用できないのだろう。是が非でも肉を食べなければ俺は納得しないぞという信念すら感じ、私は早速カレンダーのとある日に大きく「ケンタッキーを食べに行く!!」とボールペンで書き込んだ。

 

「ちゃんとかいた? みせて??」

カレンダーを壁から外し、次男のベッドに持っていく。書き込んだ字を確認し、ようやく安堵の表情を見せた次男はやっと目を閉じて寝た。

 

もしかしたら念書の控えを先方にお渡した方がいいのかもしれない。

さきほど彼の主張にはそれほどの強さを感じた。もし、この約束を破ろうものなら、「お母さんのいうことなんか、もう聞かない!」と他の案件にも影響を及ぼす恐れさえある。

 

ビジネスの現場にも引けを取らない交渉術が、実は数えきれないほど子育て真っただ中の我が家で起きている。先ほどのように子供たちから私に対しての場合もあれば、私から子供たちに対しての場合もある。事件など何も起きていない平凡な一般家庭で、お互い自分の主張をどう通していくかヒリつくような緊張感に覆われる瞬間があるのだ。

 

初めてテレビゲームを導入した時も同じだった。

映画で観たあのマリオとルイージが我が家にもついに降臨するとあって、子供たちは大興奮、大人たちは今後の長いつきあいを見据えて大変冷静という状況であった。

 

一番初めに決めたルールは時間だ。

どれくらいの時間であればゲームに費やしていいのか、家族で話し合う。

私「30分くらいかなぁ?」

夫「短くない? ゲームって一時間くらいやってみないと楽しさがわからないんじゃない?」

子「短い、短い! 一時間、一時間!!」

私「うーん、確かにねぇ……。でも、あれよ? 全部やること終わってからだよ?」

子「わかってる! わかってる!」

夫「じゃあ、ゲームを始めるときは必ずストップウォッチで60分のタイマーをかけて、それが鳴ったらゲームの途中でも、もうおしまい! いい?」

子「わかった! わかった!」

夫「もし、やってみて途中で運用が難しくなった場合は、その都度話し合いましょう!」

話し合いの最後を夫が締めくくり、普段ビジネスの場で豊富なやりとりをしているだけあって家族みんなの合意を得る作業は、さながらプロジェクトのキックオフ会議と化した。

 

子供たちの熱意に押され、こちらが劣勢な気がしなくもなかったが、まあとりあえず学校とくもんの宿題、習い事の練習など彼らのマストな課題をきちんとやってからならゲームに着手していいというルールが決まった。

 

あるあるなのだろうか?

ゲームを導入してから1ヵ月が経過した頃、慣れから生じるトラブルが発生した。

 

最長1時間というルールに加え、夕方6時あたりに出来上がるご飯に呼ばれたら途中であってもゲームは終わり、という追加ルールがあったのだが、子供たちがそれを無視したのだ。

 

「ごはんよ~」

「あ、うん、ちょっと待って! 今いいとこだから」

「ご飯できたらおしまいって、ルールだったよねぇ!?」

7~8分ほど待っても食卓に顔を見せない子供たちに鬼の形相をした母が大股でドシンドシン近づく。

 

「いつまでやってんの!! ご飯だって言ってんでしょうが!?!?!?」

「わかった、わかった、いま消すから!!」

「あんたたちルール守れないんなら、もうゲーム機捨てるからねぇええ!!!!!」

 

抽選にやっとのことで当選し、それなりに高いお金を支払って手に入れたゲーム機を捨てる気などさらさら無いのだが、ブチ切れた母親が繰り出す「もうそれ捨てるからね」攻撃はもしかしたら昭和の時代から変わってないのかもしれない。

 

よほど私の鬼瓦のような表情が怖かったのか、これ以降「おしまい」のタイミングが来てもダラダラとゲームを続けるということは無くなった。

 

プロジェクトの途中で何かあらたな問題にぶつかった時、ビジネスの場面ではスケジュールを組み直したり、金融機関が集まって今度の支援内容について話し合ったりする。

規模は小さくとも家庭も同じで、いったんゴーサインを出した後でも、きちんと運用されているか状況確認は必要だ。

 

また、会社における従業員のメンタルヘルス問題は以前に比べ重要視されているが、家庭における子供たちのメンタルヘルスほど母が守りたいものはない。

 

つい先日、長男が「はぁぁぁぁぁぁ」とため息をつきながら、超絶しょぼくれた顔で寝床から出てきた。秋晴れのさわやかな気候とは裏腹に、どんよりムードが満載だ。

「俺、学校行きたくないよ」

「あら、そう。きつい? 学校行きたくないの」

念のため測らせた体温計が平熱を示したのを皮切りに、母のなかで「どう対応するべきか」の案がグルグルと渦巻き出す。

 

「そっかぁ、行きたくない日もあるよね。わかる」

まずは、寄り添いの型で様子をみる。

 

とりあえず着替えを済ませた長男がご飯を食べだしたの確認すると、斜め向かいに座り子供たちの水筒を準備しつつ、色々と話しかけてみる。

「お母さん、もうすぐ発表会なんだけど、まだ歌詞が頭に入ってないのよ~」

と、歌いだし、ついでに変顔をして見せたり、抑揚をつけすぎる歌い方でふざけ始めたら、あまりに様子のおかしい母に我慢ができなくなったのか、長男が次男と一緒に爆笑しだした。

 

これは、イケる!!

内心ほくそ笑んだ私は、次々とおふざけを披露し、長男から「なんか、俺、元気出た」を引っ張り出すことに成功した。

 

営業では最終的に話を詰めていくときはクロージングのトークをするが、子育てでもこのタイミングを誤ると取り返しがつかない。

 

元気のない子供に「元気だせよ」は酷だし、今の状況を細微に渡って把握する能力が求められるのである。子育てはきっと愛情の一本鎗でオールオッケーなのだろうが、その愛情をどのような形で出すのかは意外と脳をフル回転させていたりする。

 

元気と笑顔が湧いてきた長男がそれでもなお「今日は学校まで一緒に行ってほしい」と交渉してきたので、私はこれを即OKしたうえでこう言った。

「クラスまで送っていくよ!」

「いや、さすがにそれは恥ずかしいからいい。通学路の途中まででいい」

あえて想定以上の愛情を行動で示そうとすることで満足度は向上したのかもしれない。                                                                                                

 

子供が差し出してくる交渉が最終的にどのような形で落ち着くのか、日頃どれだけ心のふれあいを意識しているかで変わって来る気がする。お互いの交渉が円満に成立するのか、はたまた決裂してしまうのか。根底に流れるのは結局「お母さん、あんたたちのことが大好きで大事」という溢れ出す愛情だ。

 

インフルエンザの療養期間も終え、さらに体力が完全に回復した頃、私は兄弟にカレンダーを指さしながら言った。

「今日、ケンタッキーにしなぁい!?」

ビジネスの現場で約束を守るのは絶対だ。

 

❑ライターズプロフィール

パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!!

 

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2025-11-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.333

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