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 言葉の“温度差”がほどける日 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:藤原 宏輝(ラィティング・ゼミ11月コース)

 

 

「本日は、よろしくお願いします」

 

春の佳き日。

ホテルのロビーの空気は、冬の朝みたいに澄んでいた。

というよりは、なんだか寒々しかった。

その中央でご両家のお母様たちは、静かに向き合っていた。

どちらも穏やかな笑顔だが、今日まで積み上げてきたもの。

腹の奥にはそれぞれの“当たり前”がしっかり根づいているようだ。

 

ご新郎様は、男三兄弟の次男。

“察する文化”が強めで、黙って相手の空気を読むのが家の風。

男の子を3人育ててきたお母様は、とてもお元気でお声も大きい。

しかし「わざわざ細かい事を、言わなくてもわかるでしょ」

これは、もはやご新郎家の合言葉みたいなもの。

 

ご新婦様は、三姉妹の末っ子。

ご家庭の中では、言葉をきちんと伝えるという習慣があった。

相談も、確認も、感謝も、丁寧に言語化する。

「伝えてこそ、誤解は減る」

三姉妹を丁寧に育ててきたお母様には、その価値観がしっかりと根付いている。

 

最近では‘ご結納’という言葉はすっかり激減し、ほぼ姿を消した。

そこで‘ご両家お顔合わせ’の進行をさせて頂いた、気持ちいい昼下がり。

 

ほぼ最初から、和気あいあいだった、ご両家お顔合わせ。

その光景をそばで見ていた、私たちはホッとし

「これで、ご両家様はきっと今後も仲良く、結婚式当日に向かっていく」

と思った。

 

がしかし……。

最初のズレは、ご両家お顔合わせのお食事が終わる頃に、突然やってきた。

ご新郎お母様が、

「結婚式に私、お留袖着ます。お母様も、もちろんお留袖ですよね」

とひとこと言った。

ご新婦お母様は、あまりに突然な言葉に、一瞬! 困惑した表情になった。

それでも丁寧に、言葉を選びながら、

「お留袖、素敵ですね。でもね、お母様。

うちの長女の結婚式には、先方のお母様と‘黒留袖は、今の時代に合わない感じもするし、堅っ苦しいし、」

と話し始めると、ご新郎のお母様の眉が、ほんの少しだけ動いた。

相手の表情の揺れを見逃さない。

ご新婦お母様は、その様子に気づく事なく、

「という事になりましてね、マザー・ドレスを一緒に見に行ったんです」

とそのまま、言葉を続けた。

 

しかし、ご新郎のお母様は、

「えっ、大切な息子の結婚式よ。母が作ってくれた黒留袖を着るのは当然よ。

お留袖を着ないつもり? 何考えてるの、この人」

と心の中でつぶやいたが、

「あっ……、こんな事言って、私ったら。

お母さんは、嫌だったかもしれない。

もしかして、初対面で余計なこと言った?」

と咄嗟に思った。

 

心の声が、空気ににじむ。

でも、これ以上お互いに、言葉にはしない。

これが“察する文化”。

勝手に想像して、勝手に傷つく。

誰も悪くないのに、距離だけがジワジワーっ、と開く。

何度も目にしてきた、典型的パターン。

 

それでも、最後にご新郎お母様、

「そうですね。でも最近では、マザードレスのお母様も多いって聞きますし」

と。この場は、そのままとなった。

 

 

そんな、お顔合わせの後。

ご新郎・ご新婦様とご両家様が‘結婚式の準備’という、

『超・共同作業』に突入するわけで、

「そりゃ、もう大変!」

ことあるごとに、ご両家の摩擦は、スパーク! する。

 

 

数日後、ご両親様担当の私の前に、お母様お2人が並んだ。

表向きは穏やか、でも“信号”は赤より濃い赤。

超、危険信号。

 

私は、静かに

「当日のお母様のお衣装につきまして、ご両家の価値観の違いは、よくある話です。

もちろん、どちらかが“合ってるとか、間違ってる”とかではなく、それぞれのお考えの“仕様”の違いなんです。

ご自身の伝え方を、もう少しカスタムして頂けると、お相手を理解する事ができて、ご両家が揃って参ります」

そう切り出すと、お2人同時にこちらを見る。

 

それでも淡々と、私は続けた。

 

「ご新婦様側の“言葉で丁寧に伝える文化”。

これは、相手の誤解を減らす、有効な方法です。

ご新郎お母様の“察する文化”。

ご家族での長年の信頼関係や“言わなくてもわかってきた歴史”があったかと」

 

一度ここで区切り、私は言葉を落とす。

 

「今回の‘お留袖とマザードレス’の件は、

ご自身の“当然”に、相手を巻き込んでしまう事にもなるのです。

思った事を、きちんと伝えなかったり、反対に伝えすぎたり。

どちらも、相手の気持ちを想像しなかった時に、起きるんです」

 

ご新郎のお母様が、そっと息を吐きながら

「私、言葉が少ないの、思った事はすぐに口にしてしまうの。

そんな自覚はあるんです。

でも、相手を嫌な気持ちにさせるつもりは、全くないの」

の言葉に、ご新婦お母様がうなずき

 

「私こそ……、自分の思いだけを、お母さんにお伝えしていただけでした」

 

お2人のお母様のまっすぐな思いに、空気がふっと変わったような気がした。

 

 

結婚式当日。

ご新郎お母様は黒留袖で、ご新婦お母様はブルーのマザー・ドレスで。

3ヶ月ぶりに、控え室で再会。

自然と、笑いあった。

 

「今日は、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、お願いします」

 

そこに“無理して合わせた感じ”は、もうない。

ご両家お母様は、それぞれの文化を理解したうえで、敬意を持って歩み寄っていた。

 

言葉の温度が、やっとお互いの肌に合ったのだ。

 

その日は、ご新郎・ご新婦様の幸せに加えて、

“2つの家がひとつの未来へ、向かう第一歩”として、

静かに、確かにみんなの心に刻まれた。

 

人が生きてきた環境は、まるで国が違うくらい差があることがあるので‘伝え方のギャップ’が生まれるのは、普通。

大切なのは、ただひとつ。

 

“伝え方は、相手の文化に寄り添い、さらに最適化する。”

 

伝え方。

これだけを、意識し気を付けるだけで、

人間関係の95%は丸く収まる。

 

言葉って、思っているよりもデリケートであり、思っている以上に強いのだ。

 

さらに、時代の流れとともに、様々な事も変化していく。

その都度対応し、ご両家にとって幸せな結婚をこれからも、未来に向かって創り出していこう!とさらに強く思う。

 

 

【終わり】

 

 

 

 

 

 

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