ナイトクラブはセラピーである
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:RICA(25年・年末集中コース)
「ナイトクラブ」と聞いて、どんなイメージが浮かぶだろうか。
夜、暗闇、お酒、チャラい男女、ナンパ、爆音の音楽。
正直に言って、多くの人にとってナイトクラブは、あまり良い印象を持たれていない場所かもしれない。私自身も、クラブにハマる前はそう思っていた一人だった。
けれど、30代後半に差し掛かった今、私は確信している。
ナイトクラブは、セラピーである。
私が通っていた大学は、4年間のうち1年間を海外の大学で過ごし、単位を取得しなければ卒業できない、少し特殊なカリキュラムだった。そのため20歳のとき、私は約1年間、海外で生活することになった。
到着して間もない頃、留学生同士の交流を深めるショートトリップがあり、その初日の夜に訪れたのがナイトクラブだった。正確に言うと、夜の交流会の会場がナイトクラブで、それを知らないまま連れて行かれていた。
音楽はうるさく、せっかく仲良くなった人の声もよく聞こえない。お酒もあまり飲めず、英語も十分に話せなかった当時の私にとって、ナイトクラブは正直、かなり居心地の悪い空間だった。楽しいと言われる理由が、まったく分からなかった。
しかし留学中、私は何度もナイトクラブに足を運ぶことになる。大学の寮のイベントや、仲良くなった友人との外出。さらには、寮の敷地内のイベントですら、クラブミュージックが大音量で流れていた。向こうの大学生にとっての「クラブ行こう」は、日本でいう「カラオケ行こう」に近い感覚だったのだと思う。
何度か通ううちに、流れている音楽が少しずつ分かるようになった。好きな曲がかかればダンスフロアで踊り、時にはテキーラで乾杯し、知らない人と少し会話を交わす。英語が完璧でなくても、お酒の力を借りながら必死に話す。昼間は一言も交わさなかった同じ大学の学生と、夜には笑い合っている。少しドレスアップして街に繰り出すのも、田舎育ちの私にとっては新鮮で刺激的だった。
そんな感覚を抱えたまま、私は帰国した。
帰国後も、またクラブに行きたいという気持ちはあった。けれど就職して忙しくなり、日本でのクラブのイメージも相まって、次第に足が遠のいていった。
20代、新卒で入社した会社で私は大きく挫折した。社風が合わず、毎日縮こまりながら働き、やがて会社に行くこと自体がつらくなった。転職しても、ふとした瞬間に無力感が襲ってくる。新卒で入った会社で活躍する友人たち。大手企業に入れたのに、うまくやれなかった自分。
20代後半、ようやく踏ん切りがついた。「安定」や「世間の声」を気にするより、心からやりたいことをやろう、と。仕事は本当に興味を持てる分野に変え、再びナイトクラブに関われるようDJを始めた。今度は客ではなく、演者としてナイトクラブに出入りするようになった。都内でも指折りの規模を誇るクラブに立つ機会にも恵まれた。
そこで気づいたのは、ナイトクラブにも種類があるということだった。いわゆる「音箱」と呼ばれる場所には、年齢や肩書きに関係なく、ただ音楽を楽しみたい人たちが集まっている。そこでは、誰が何者かよりも、どんな音に身を委ねているかが大切にされる。私は、この「音箱」に分類されるナイトクラブこそ、セラピーだと思っている。
ナイトクラブがセラピーだと感じる理由のひとつは、「何もしなくてもいい」が成立する場所だからだ。踊ってもいいし、誰かと話してもいい。何もせずにお酒を飲んでいてもいいし、カウンターで音楽を聴いているだけでもいい。日常では常に「何かをしていなければならない」というプレッシャーがあるが、ナイトクラブでは、そこにいるだけで居場所がある。ただ音に包まれている時間が、心をゆるめてくれる。
こうした空気感に加えて、ナイトクラブがセラピーだと感じる理由が、もうひとつある。それは、いろんな人に出会えることだ。友達同士で来ている人、ひとりでふらっと立ち寄った人、仕事帰りの人、ただ踊りたい人。人生のフェーズも気分もバラバラな人たちが、同じ音楽の中で同じ時間を共有している。昼間には出会えない人たちと、肩書きも関係なくフラットに過ごすことで、新しい価値観に触れることもある。
そして音楽そのものも、強力なセラピーだ。一定のビートは呼吸を整え、低音は身体の奥に溜まった感情を揺らす。考えすぎていた頭が静まり、言葉にならなかった感情が、自然と外へ流れ出ていく。
私たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちに役割を背負っている。親であること、仕事をする人であること、誰かのパートナーであること。「こうあるべき自分」を演じ続けるうちに、本音や感情は後回しになっていく。
ナイトクラブが特別なのは、「こうあるべき」という正解がないところだ。楽しみ方も過ごし方も人それぞれ。だからこそ、誰にとっても居場所になりうる。人生がうまくいっている人も、少し立ち止まっている人も、同じ空間で、同じ音を浴びることができる。
ナイトクラブは、問題を解決してくれる場所ではない。明確な答えを与えてくれるわけでもない。それでも、また明日を生きるための余白をくれる。その役割は、セラピーととてもよく似ている。
だから私は思う。
ナイトクラブは、夜に開く心の保健室なのだ。
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