クレーンゲームは無駄ではなかった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: maruha(2025 11月開講コース)
先読みしすぎて疲れることってないですか。
先のことを考えすぎると、結果を想像しただけで「もういいや」と手を出さなくなる。私はまさにそのタイプだ。できるだけ面倒なことや苦しいことは回避したいし、できれば傷つかずに生きたい。そう思うのは、きっと私だけじゃない。
「ペットを飼わないのは、ペットロスになりたくないから」という理由で飼わない人も多いと聞く。失う痛みを想像して、最初から避ける。とても合理的で、自分を守る選択だとも思う。(あれは本当につらい)
また、断捨離にハマりすぎた結果「どうせ捨てるのに、なぜ買うの?」という思考に行き着いて、ミニマリストになった知人もいる。お金も減らないし、部屋もスッキリして一石二鳥だと言う。その人の家は、まるで明日にでもこの部屋を出ていくのかと思えるくらい物がなかった。
私はそこまでストイックではないけれど、気持ちはわかる。どうせ最後は手放す。どうせ無駄になる。そう考えると、今の欲や喜びにブレーキをかける方が正解のような気がしてくる。
ただ、この価値観が行き過ぎても、「どうせ死ぬのに、なぜ生きるの?」というところまで行ってしまいそうで怖い、と感じることもある。
タイパやコスパを重視し、合理的に生きようとすればするほど、頭の中には「それって意味なくない?」と何にでもツッコミを入れる脳内論破くんが幅を利かせることになる。
わたし自身、長い間そんな生き方をしてきた。節約生活がデフォルトとなり、無駄になりそうなものはできるだけカットし、後悔しそうな選択肢は最初から避ける。
その結果、こんな物価高でもなんとか生活ができているのだろうと信じていた。
でも気づけば「面白い」「うれしい」と感じる瞬間がどんどん減っている。それは中年になったからで、仕方ないことだ、とも思っていたが……。
そんな私が今年、
クレーンゲームに大ハマリするとは思ってもいなかった。
きっかけは、大須商店街のゲームセンターでトイレを借りたついでに見かけた、ミッフィーの顔のデザインの、丸いクッションだった。流行ってるとは聞いていたが、いつの間にゲームセンター内のほとんどがクレーンゲームになっていたのだろう。「クッションなら使えるし」「1回だけ」と軽い気持ちで100円を入れたら、初心者でも取りやすい台だったらしく、500円ほどであっさり取れてしまった。
実は私は、感覚過敏で共感性が高すぎて、10代後半から人形やぬいぐるみが苦手だった。人や動物の形をしたものや、顔のあるものに感情を感じすぎてしまい、放っておくと嘆いてる気がするし、捨てる時には恨まれそうな気がして怖かった。
学生の頃、家にあった人形と目が合わないようにすべて壁向きに置いていた時期もある。遊びに来た友達がそれを見て「逆にあんたが怖い」と言われたこともある。心理学的には、自分の感情を投影したり、無意識に擬人化しているのかもしれないけど……。そのせいでもう何十年も、ぬいぐるみや人形を自分で買うことは一度もなかった。
それなのに、ゲットしたミッフィーのクッションは部屋に置いても不思議と大丈夫だった。楕円が二つと、バッテンの口。その3つのパーツだけで成り立つ無表情なデザインは、感情を主張してこない。「これなら置いておける! いつか手放すことになっても大丈夫かもしれない」と思えたのだ。
そこからは早かった。クレーンゲームでミッフィーを見かけるたびに吸い寄せられ、取れるまでやる。何度も両替し、100円玉を次々と投入し、目を血走らせる。かつて「ゲームへの課金なんて無駄でしかない」と思っていた自分はどこへ行ったのか。気づけば部屋はウサギだらけになっていた。
それでも、私の生活満足度は明らかに上がっていた。取れた瞬間の高揚感。両手を上げて「やったー!」とダンナと歓喜するなんて、中年夫婦の日常生活ではまずない。戦利品を袋に入れて街を歩くと、すれ違う人の「いいなあ」という視線を勝手に感じ、謎の誇りまで湧いてくる。
そして何より、ぬいぐるみを抱くと心が落ち着く。幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンは、ぬいぐるみを触ったりギュッとするだけでも出るらしい。
「なんで今まで、こんな喜びを禁止していたんだろう?」とさえ思った。合理的に生きることが正解だと信じてきたが、世の中には「無駄だけど、その中にしかない喜び」ってのがあるのだ。クレーンゲームも、予算を決めて撤退ラインを作れば、家計に響くこともなかった。たまに沼りすぎて「もういくら使ったかわからない……」と反省することもあるけれど、それもまた人生の「楽しい寄り道」なのではないか。
それに、難易度が高いものほど、成功したときのドーパミンはえげつない。中毒の構造になっていることも理解している。だからこそ私は長いあいだ、「ハマると危ない」という理由で、そういうものを丸ごと避けてきた。けれど、その間ずっと、どこかつまらなさを感じていたのも事実だ。
かつての私の部屋は、ぬいぐるみ一つない、シンプルで合理的な空間だった。それが今ではミッフィーだらけになっているが、不思議と以前よりもリラックスして過ごせている。
ペットロスがつらいからペットを飼わない、という選択も同じだ。「失う痛み」を基準に考えれば合理的だが、「一緒に過ごす喜びのほうが貴重だ」と捉え直すと、見える景色は変わってくる。
社会全体も、どこか合理性を良しとする空気に包まれている。その先に幸せがあると信じて、私たちは無駄を削ぎ落とし続けているけれど、もしかしたら幸福感は、効率化の外側にこぼれ落ちた「今ここの無駄」の中に、いくつも隠れているのかもしれない。
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