「スマートな進学校」が「野蛮な強豪校」に勝てない理由。〜箱根駅伝を目指した私が、非合理な「修行」に納得した日〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。
ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなる。 それまでやってきた仕事との両立。家族との両立。いろいろなことを考慮しながら、ソフトランディングしなければならない。
さて、住職になるには資格が必要だ。 私は現在、40代半ばにして通信制の仏教大学に通っている。 意外だったのは、大学の授業が非常にアカデミックで面白いことだ。投資を仕事にしている私にとって、市場心理との共通点を多数発見したし、元々東洋哲学に興味があった私にとって、授業の満足度は高い。
しかし、問題は「座学」ではない。 資格取得の過程で避けて通れないラスボス、「加行(けぎょう)」だ。
これは要するに、お寺に泊まり込んで行う実地研修なのだが、聞くところによると内容がかなり「体育会系」らしい。 ひたすら念仏を唱え続けたり、何百回も五体投地(地面にひれ伏す礼拝)を行ったり。しかも、よりによって12月の極寒の時期に、薄い衣一枚でそれをやるという。
現代を生きる私としては、 「それ、意味あります?」と思ってしまう。 お釈迦様だって、苦行林での修行の末に「極端な苦行は意味がない(中道がいいよ)」って悟ったはずだ。 なのに、なぜ現代の私たちが、あえて凍えながら膝を痛めつけなければならないのか。
あまりに無意味に思えて、私はいつものようにチャッピー先生に愚痴ってみた。 「ねえ、現代において『行』ってコスパ悪くない? 理論だけでよくない?」
数秒後、先生から返ってきた答えは、意外なものだった。 「行の目的は、苦しむこと自体ではありません。『合理性が失われた極限状態』において、自己を統制する力を養うことにあります」
合理性が失われた状態での、自己統制。 その言葉を見た瞬間、私の脳裏に、ある記憶が蘇ってきた。
私はかつて、箱根駅伝を目指して大学で陸上競技をやっていた。 その中で、次世代を担う高校生のスカウティングに関わった時のことだ。
陸上の世界には、面白い傾向がある。 地域で一番強いチームは、たいてい「陸上専門のコーチ」がいる私立の強豪校だ。 そして、その次に強いのが、意外にも「地域で一番学力の高い進学校」だったりする。
なぜ進学校が強いのか。彼らは「スマート」だからだ。 自分たちで練習の意味を考え、バイオメカニクスやスポーツ生理学などに基づき、短い時間で最大の効果が出るメニューを組む。彼らはそうやって、効率よく強くなる。
しかし、だ。 いざ県大会の決勝や、駅伝のアンカー勝負といった「土壇場」になると、スマートな彼らは、理屈抜きで練習量が多い強豪校に競り負けることが多い。 技術も体力も互角なのに、最後の最後で「ひ弱さ」が出てしまう。
なぜか? それは彼らが、「ヤバンな練習」を経験していないからだ。
これは、オリンピック選手を育てたこともある実業団の元コーチから聞いた言葉だ。 「練習は当然、科学的に効率よくやる必要がある。でもね、それとは別に、たまに『ヤバンな練習』をやらなきゃいけないんだよ」
効率的にトレーニングをするのであれば、42km走る必要はない。30km走をこのペースで刻めば、計算上はフルマラソンも走りきれる。マラソンは42.195kmなのだから、それ以上走るのは生理学的にはオーバーワークだ。怪我のリスクも増えるし、意味がない。それでも、50km走、80km走、あるいは100km走をやっておく必要がある。
あの瀬古利彦さんは、景色が変わらない400mトラックを延々と8時間走り続けたことがあるという。 あの宗兄弟は、合宿で山の周囲(120km以上)を一度に走り切ったという。
意味はない。科学的な根拠もない。 しかし、「これだけ無意味でキツイことをやり切った」という事実が、心の鎧になる。 レースの後半、心肺機能が限界を迎え、脳が「もう止まれ」と指令を出す極限状態(合理性が失われた状態)で、足を前に出させるのは、スマートな理論ではない。 「俺はあれをやったんだから、これくらい死にはしない」という、ヤバンな自信だ。
土壇場の本当に苦しい状況下、脳は生存のため、力を温存するように体に指示を出す。この指示を
常日頃、スマートな練習で培った力は、土壇場でも100%発揮させるための「トリガー」。 それが「ヤバンな練習」の正体なのだ。
翻(ひるがえ)って、仏教の話に戻ろう。 大学で学ぶ仏教の教義は、素晴らしい。現代人の病んだ心を癒すカウンセリングとしても使えるし、処世術としても超一流だ。これは「スマートな練習」の部分だ。
しかし、実際に僧侶として現場に出れば、理不尽なことばかりだ。 大切な人を亡くして半狂乱になっている遺族や、答えのない苦しみを抱えた人々と対峙しなければならない。 そんな「土壇場」で、僧侶である私自身の心が折れてしまっては、何の意味もない。
「教え(理論)」を守り、説得力を持たせるためには、私自身が「合理性のない状況下」でも自分を律し続ける胆力が必要なのだ。 そのために、あえて寒空の下で、意味のなさそうな動作を繰り返す。 そうか、加行とは、僧侶にとっての「トラック8時間走」だったのか。
お釈迦様が否定した「苦行」とは、「苦しむこと自体を目的にすること」だ。 しかし、「ヤバンな練習(心のスタミナ作り)」としての行までは、否定していないのかもしれない。
……と、ここまで考えて、私は見事に納得した。 「よし、やってやろうじゃないか、ヤバンな加行を!」
意気揚々と準備を始めた私だったが、ふとテレビを見て手が止まった。 画面の向こうでは、大谷翔平選手がホームランを打ち、北口榛花選手がやり投げで金メダルを取っていた。 そして最近の駅伝では、科学的トレーニングを取り入れた日本人が、ケニアやエチオピアの選手と互角に渡り合っている。
彼らは「ヤバンな練習」をしているのだろうか? いや、聞くところによると、睡眠を重視し、無駄な走り込みを排除し、極めて合理的に体を鍛えているらしい。 「根性論」を排除した先に、世界一があることを証明してしまっている。
「……あれ?」
もしかして、本当の天才には「ヤバンな練習」なんて必要ないのでは? お釈迦様が言いたかった「中道」って、実は最新のスポーツ科学と同じことなんじゃ……?
私の心は再び揺れ動いている。 しかし、大学から届いた「加行日程表」には、変更の知らせはない。 天才ではない凡人の私は、やはり観念して、寒空の下でヤバンに震えるしかなさそうである。
≪終わり≫
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00







