迷ったらGOでしょ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: RICA(25年・年末集中コース)
「迷ったらGOでしょ」
夫はいつも、そう言う。
その一言に、私はこれまで何度、背中を押されてきただろうか。
その日も、私はひどく迷っていた。
通っていたDJスクールでは、卒業後にナイトクラブで実践としてDJデビューする機会が用意されていた。
――私が、ナイトクラブのDJブースに立つ?
正直、まったく想像がつかなかった。
見た目は派手でもない。どちらかといえば地味な会社員。緊張しいで、人前に立つと決まっただけでお腹が痛くなるタイプだ。
スクールでDJのやり方は学んだ。
最低限のスキルも身についたはずだ。
だったら、わざわざナイトクラブで回さなくてもいいのではないか。
そうやって、やらない理由はいくらでも浮かんできた。
当日が近づくにつれて、緊張は現実味を帯びてきた。
何を着ていけばいいのか。
スニーカーでいいのか、それとも場違いなのか。
今思えばどうでもいいことなのに、クローゼットの前で何度も立ち尽くした。
「私なんかが、あそこに立っていいんだろうか」
期待よりも、不安の方がずっと大きかった。
そんな私に、夫はいつもの調子で言った。
「迷ったらGOでしょ。一回やってみればいいじゃん。
嫌だったら、その時やめればいい」
少し考えて、私は答えた。
「……そうか。わかった」
こうして私は、都内でもよく名の知れたナイトクラブの、とあるイベントでDJをすることになった。
初回は、今振り返ると散々だった。
緊張で手は震えるし、セットも繋ぎもぐだぐだ。
お世辞にも「上手いDJ」とは言えなかったと思う。
それでも、音を止めることなく最後までやり切った。
昼間の生活ではきっと交わることのない、さまざまなバックグラウンドの人たちと酒を酌み交わした。
知り合いも応援に来てくれた。
結果、どうだったか。
――とても楽しかった。
めちゃくちゃ緊張したけれど、挑戦してよかった。
心から、そう思えた。
そこから先は、決して一直線ではなかったけれど、ありがたいことに、いろいろなクラブで回す機会をもらった。
都内でトップクラスの知名度を誇るクラブの、メインフロアで回す経験もした。
どれも、私にとってかけがえのない思い出だ。
そして今も、これからも、挑戦を続けていきたいと思っている。
DJに限らず、人生の節目で迷ったときは何度もあった。
転職しようか悩んだとき。
海外でDJに挑戦しようと思ったとき。
ライティング・ゼミを受講するか迷ったとき。
迷っている対象が「人生の正解ルート」から外れているように見える選択であったとしても、夫はいつも同じように声をかける。
「迷ったら……どうするんだっけ?」
そして私は、挑戦してきた。
不思議なことに、今のところ
「あぁ、やらなければよかった」と心から後悔したことはない。
たとえ思うような結果が出なかったとしても、だ。
一方で、今も心に残っている「やらなかった選択」がある。
海外のフェスに行こうと思ったことがあった。
SNSで流れてくる映像を見て、「いつか行ってみたいな」と思った。
けれどそのたびに、
「お金がかかるし」
「今じゃなくてもいいか」
「どうせ一人だし」
と、もっともらしい理由を並べて、結局やめてきた。
そうやって先延ばしにしているうちに、物価は上がり、円安が進み、家族が増えた。
今の方が、当時よりずっと行きづらい。
あのとき行かなかったことは、今でもふとした瞬間に思い出す。
失敗した記憶ではなく、何も起きなかったこととして、静かに残っている。
人は死ぬ前に、
「やったこと」よりも「やらなかったこと」を後悔すると言われている。
確かに私自身、これまでの人生を振り返っても、
心に残っているのは、挑戦した失敗よりも、迷ってやめてしまった選択の方だ。
夫と出会い、結婚し、
DJを始め、さまざまな変化を一緒に経験してきた。
結婚してからDJを始めたと言うと、周囲には驚かれることも多い。
けれど、いつも背中を押してくれた夫のおかげで、今の自分があると、心から思っている。
正直に言えば、20代の頃よりも、30代の今の方が、生き方がしっくりきている。
それは、20代でたくさん挑戦し、失敗もしながら、自分が本当にやりたいことの解像度を高めてこられたからだ。
挑戦して失敗することは、時間が経てば思い出になる。
けれど、挑戦しなかったことは、理由だけが積み重なって、なぜか消えない。
だから私は今、何かに挑戦するか迷っている人がいたら、声を大にして言いたい。
「迷ったらGOだよ」と。
≪終わり≫
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