週刊READING LIFE vol.338

気遣いがスレ違いになるとき、恐ろしいのは相手ではなくて《週刊READING LIFE Vol.340 「この世で一番恐ろしいもの」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/12/25 公開

記事 : 藤原 宏輝 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「社長、どう思いますか……?」

朝のミーティング前。

スタッフが少し困った表情で、スマートフォンを差し出した。

画面には、ご新婦様からのLINE……

「明後日の打ち合わせ、熱が38.°

もしかしたら、インフルエンザかもしれません。」

2日後の午前11時から、ウエディング・ドレスの最終フィッティングとヘアメイクリハーサル。

最低でも、時間は5時間から6時間を要する。

結婚式において、極めて重要な打ち合わせで、結婚式の完成度を左右する大切な時間。

担当のプランナーとしては、どう返信すべきか分からず、

私に相談してきたのだ。

最終打ち合わせは、いったんキャンセルで日程変更

と私は、反射的に思った。

しかし、スタッフにそのまま伝えずに、少し考えてもらう事にした。

最終打ち合わせの日程変更は、正しい判断であり、ご新婦様の体調を気遣っての事。

と私は思い込み、それは正しいはずだった。

ご新婦様の体調が万全でない状態で、ウエディング・ドレスの最終フィッティングもヘアメイク・リハーサルも、お身体の事を考えると、そのまま行うのはきっと難しい。

むしろ、無理をさせることでリスクが高まる。

しばらくすると、スタッフは

「やっぱり、明後日はキャンセルして、日程変更した方がいいでしょうか?」

と答えたので、

「まずは、ご新婦様の体調を最優先にしましょう。

いきなりの最終打ち合わせをキャンセルしましょう。という話ではなく、日程変更も視野に入れて丁寧に返信してね」

と私は伝えた。

それは、長くブライダルの現場に立ってきた者としての、ごく自然な判断だった。

翌朝、打ち合わせの前日。

再びご新婦様から連絡が入る。

「インフルエンザではなかったです。

夕方まで、様子を見ます」

「明日の打ち合わせ、ご無理なさらないでくださいね。

お日にち変更でも、もちろん大丈夫ですので、

また、ご連絡をお待ちしています。

どうか、お大事になさってください」

このようなニュアンスで、言葉を選びながら、ご新婦様に返信するように指示した。

もちろん、気遣いのつもりだったし、スタッフも同じ意見だった。

プロとしての配慮だと、私たちは疑いもしなかった。

その日の夕方まで待つ。

という選択を、しなかったわけではない。

あくまでご新婦様の体調を配慮して、現段階で打ち合わせの日程変更も視野に入れた。

ただ、それだけだった。

しかしその後、ご新婦様からのスタッフへの返信が、途絶えてしまった。

そして、打ち合わせ当日の朝。

ご新婦様から、10:00になっても連絡がない。

体調がさらに、悪くなってしまったのだろうか?

脳裏に心配と不安がよぎった。

「このまま、待った方がいいでしょうか……?」

スタッフは、不安そうに言った。

その瞬間、私は過去の自分を思い出していた。

以前の私なら、きっとご新婦様からの連絡をひたすら待った。

ご新婦様から連絡が来る、そのギリギリまで。

お衣装屋さんと美容担当さんにも、連絡をせずに待った。

打ち合わせ開始時間の11:00までに、来られれば問題はない。

来られなければ、発熱で体調不良という

仕方のない理由がある。

だからギリギリまで待って、それから各方面に連絡をする。

でも、今の私は違った。

ギリギリまで待つという行為が、

どれほど多くの人を巻き込み、

現場全体に負荷をかけるのかを、

知っているから。

ちゃっかり、昨夜のうちにお衣装屋さんと美容担当さんに、ご新婦様の現状を予め連絡しておくよう、スタッフに指示していた。

迅速な判断と対応。

それが、プロとしての責任。

LINEだとご新婦様の様子も分からないし、こちらの思いも上手く伝わらないといけなから、まずは電話してみて」

とすぐに、電話をかけるよう言った。

「あっ、はい」

と怪訝そうに電話に出たご新婦様は、咳き込んであまり体調が良くない様子だった。

しかし、次の瞬間。

受話器の向こうから返ってきたのは、体調が悪いのか? どうか?

という事よりも、

「昨日、夕方まで様子を見るってLINEしましたよね?

それなのに、日にち変えますか? って。

どういう事ですか! 失礼じゃないですか!

私は最終打ち合わせに、行くつもりだったのに。

昨日のLINEで、熱はまだ下がってませんが、テンション下がりました!」

いきなり! 喉を痛めたガラガラの声で、感情を抑えきれない、怒りの声だった。

私たちには、予想外の思いもよらない反応だった。

ご新婦様は、スタッフから送ったLINE

どの言葉に反応して、こんなに怒っているのか?

ご新婦様の突然の怒りに、スタッフはそのまま言葉を失った。

こちらからの返信には、ただの一言も、最終打ち合わせのキャンセルや日にち変更

とは、伝えていない。

「お熱が下がらず体調が良くないようなら、お日にち変えても大丈夫です」

ということだったのに……

それでもスレ違いとは、突然! こうして起こるものだ。

ご新婦様が寝込んでいた状態で、

スタッフからのLINEを、全文読んだか?

内容を、理解出来ていたか?

今となっては、そんな事よりも、明らかにこちらの意図が伝わっていない。

という事実と、

ご新婦様が怒っている事は、理解できた。

とにかく、まずは怒りを抑えて頂き、体調を万全にして頂く事が大事。

私はすぐに電話を代わり、まずは丁寧にご新婦様にお詫びを伝えた。

さらに、ご新婦様の体調を確認すると、まだ熱が37.°だという。

「午前中になんとか、熱が下がったら大丈夫ですから」

ご新婦様は、最終打ち合わせを決行しようと食い下がった。

そこを私は、

「結婚式を2週間後に控えて、当日何かあったら大変な事になりますので、今日はゆっくりお休みください」

と、なんとか宥めた。

結果、最終打ち合わせは延期となった。

事実は、とてもシンプルだった。

3日前の38.°の発熱から、今朝の37.°の熱。

その状況から、無理をさせるわけにはいかない。という判断。

でも、ご新婦様から見れば、

「ただの風邪なのに、プランナーさんが別の日で。って、いきなり言ってきた。

おかげで楽しみにしていたのに、テンションが下がってヤル気をなくした」

という事だった。

「大丈夫です! ってLINEしたのに、日にち変更なんて。勝手にヒドイ!」

完全にご新婦様の思い込みだが、

「担当のプランナーが悪い! 勝手に日にちを、変更しようとしている」

という事で、かなり怒っていた。

スタッフは、そんなつもりでLINEを送ったわけではなかった。

しかし、返信に対してご新婦様の受け取り方は違った。

私は思う。

同じ出来事の中で、気遣いのつもりの対応。

その言葉のやりとり。

ご新婦様の体調を最優先した私たちの気遣いが、ご新婦様の思い込み。

という形で、思いが完全にスレ違った。

人によって、思いや受け取り方は、まったく違う。

思い込みから、それらに正義の顔をさせてしまう感情。

以前の私だったら……

相手(ご新婦様)の出方を伺い、自分の本音を胸にしまう。

角が立たない選択を優先してきた。

まずは当日。

最終打ち合わせの直前まで、ご新婦様の連絡を待つ。

もしも、最終打ち合わせの日程を変更する事になったら、ご新婦様には波風を立てない言葉を使ってきた。

その後、時間ギリギリに慌てて、お衣装屋さんと美容担当さんに

「ご新婦様が発熱で、今日の最終打ち合わせは延期でお願いします。申し訳ございません」

と、違和感があっても、まずはとにかく謝っていただろう。

謝ること自体は、決して悪いことではない。

とは思う。

けれど、当時の私はまず、ただ謝ることで場を納め、

相手を尊重しているように見せながら、相手との距離を安全に保ち、実は一歩引いて本当の対話を避けていた。

自分を守る為に、踏み込まず防御していた。

それから数日。

ご新婦様とスタッフは、その翌週に何事もなかったかのように、静かに最終打ち合わせを重ねた。

さらに、結婚式当日も滞りなく、笑顔に包まれた素敵な時間が流れた。

だからといって、忘れてはいけない。

当日に問題が起きなかった事と、本当に分かり合えたかどうか?

は、まったく別だということを。

ご披露宴お開き後、お2人をお見送りした後。

「今日はずっと、ご新婦様を怒らせないように集中していっぱいいっぱいで、何かクレームになったらどうしよう。と、ドキドキでした。

幸せいっぱい! の場面ですら、心からおめでとう! と言えなくて、喜ぶ気持ちより怒らせたらどうしよう。と考えてしまっていました。

今日まで色んな事があったので、だんだん担当プランナーとして何が正解なのか? 分からなくなりました」

ポツリと、ひとこと漏らした。

「何が正解か? を探す前に、

あなたが何を感じたかを、ちゃんと見てみよう」

と、私は答えた。

恐ろしいものは、外や他からやってくるものではない。

静かに「これで、いい」

と囁きながら、自分の内側に住みつくものであり、自分を見つめ直す事さえ避ける事。

さらに、恐ろしいのは慢心だ。

「これで、いい」

と思い込み、今日はとにかくご新婦様を怒らせないように。

でも、自分の気持ちの確認を怠ると

人間関係にはコミュニケーションのズレが生まれる。

相手の事を思ってした気遣いが、またズレになる

「じゃあ、あなたはどうしたかったの?」

ここが、大事なポイント!

「今日1日が、お2人にとって最高に幸せな日で、私はいつものようにプランナーという仕事に誇りを持って、最高の笑顔でお祝いしたかったんです」

とスタッフは、答えた。本当はそう思っていたのに、

「ご新婦様を、なんとか怒らせないように。なんとか今日が過ぎますように」

という、不安と焦りや心配ばかりだったらしい。

最終打ち合わせの朝の電話から、ずっとご新婦様のご機嫌を気にして過ごしていたのだった。

過去がどうであれ、自分の気持ちに正直に! 

「ご新婦様とともに、最高の1日を作るんだ!」

という思いを持ち、当日まで過ごしていたら、

結婚式当日の今日の思いも、全然違っていただろう。

そこで私は、自分の過去の恋愛と照らし合わせてみた。

「なかなか、自分の本当の気持ちや自分の事って感情に流されて、わからないじゃない。

恋愛に置き換えると、分かりやすいと思うけど。

好きとか嫌いは、感情が強く絡むから、不安になったり、怖くなったりしがちよね。

自分の本当の気持ちを、相手に伝えられないことが多いよね」

まさに、私は大好きな彼に伝えたい事を、素直に言葉に出来ない。

と思い込んでいた。

そうではない、私は言葉にしなかったのだ。

そんな自分のせいで、静かに大切なものを失ってきた。

でも、よく考えてみて。

きっと、誰もが経験があること。

「わかって欲しい、気づいて欲しい」

この感覚は、仕事だけの話ではない。

むしろ、恋愛の方が、ずっと分かりにくく、厄介なのだ。

相手を思って、気遣ったつもりで、言わなかった言葉。

空気を壊したくなくて、飲み込んだ本音。

「今じゃない」と自分に言い聞かせて、

結局、伝えなかった気持ち。

私はそれを、

大人の対応だと思っていた。

でも本当は、

嫌われる勇気がなかった、だけかもしれない。

「好きって、言ってくれない」

「どうして、分かってくれないの?」

そんなふうに相手を責めながら、

自分が何を望んでいるのかを、

一度でも、きちんと伝えただろうか。

伝えなかったのに、

分かってもらおうとする。

それは、一方的な期待だ。

そして、相手の出方を待つ。

自分の気持ちや感情を、素直になれず伝えられない。

ではなく、

相手や誰か、周りや状況のせいにして、自分から伝えないことを選んでいるのだ。

伝えない事は、相手を尊重している回避や逃避。

まっすぐに、向き合うのが本当は怖いだけ……

さらに、相手の本当の気持ちを知ろうとしないまま、勝手な思い込みで不満だけが積み重なる。

素直に本当の気持ちを伝えられたら、どれだけ素敵な事だろう。

日本人の奥ゆかしさなのか?

察して欲しい、と思ってしまう。

恋愛だけでなく、仕事でも、プライベートでも、人間関係でも……

多くの思考は、同じかもしれない。

そこで立ち止まってみる。

そして、私は私自身に問いかける。

「じゃあ、私はどうしたい?」

相手がどうか、ではなく、

自分は、何を選びたいのか。

その問いを胸に置きながら、

まずは、自分に素直になってみる。

しかし、思いを押し通すという我儘は違う。

相手がどう思うか? より先に、

私は私に、何をしてあげたいのか?

本当の自分を知った上で、相手の思いを理解しようとする。

それが出来なかったのが、私だった。

結婚式の数日後。

ご新婦様と担当プランナーは、後日精算と納品で会う事となった。

結婚式当日までを振り、数ヶ月の色んな思いが出てきて、やっとお互いに本音で語り合う事が出来たらしい。

おかげで、ご新婦様の会社の同僚をご紹介頂き、ブライダル・プロデュースを任せて頂いた。

私たちにとっては、とても有難い事だ。

そして、この世で一番恐ろしいのは『自分』だと思う。

自分が自分を、わかっていない。

鏡に映っているのは、相手に見せている私。

鏡のこちら側にいるのは、本当はどうしたいのか? 

が分からなくなっている私。

自分の勝手な思い込み、

自分の思いを正直に伝えないこと。

さらについ、相手に合わせていい人を演じていること。

いい人とは、ときに相手と向き合わないための、最も巧妙な逃げ道になる。

そのうちにちょうどいい人どうでもいい人になってしまう。

そんな自分自身に、自分がどんどん気づかなくなってしまう、

ブライダルという仕事を通して、私は数えきれないほどの感情に触れてきた。

経験を積むほど、判断は確かに早くなる。

言葉は洗練されていき、

「このパターンは、こうだ」

と分かっているつもりになる。

私は、分かっている。慣れている。正しい。

それは自信でもあり、同時に慢心でもある。

今回の出来事で、はっきりと突きつけられた。

38.°という数字。

ウエディング・ドレスの最終フィッティングとヘアメイクリハーサルという重要性。

現場全体への影響。

どれも事実だし、どれも大事。

けれど、人は正論では動かない。

ご新婦様の感情の温度は、体温計では測れなかった。

気遣いのつもりが、スレ違ってしまった。

私は自分の未熟さを、こうして何度でも突きつけられる

完璧なプロなど、どこにもいない。

けれど、考え続けるプロでいることはできる。

この世で一番恐ろしいものは、

感情的な相手でも、予測不能な出来事でもない。

自分だ。

思い込みに気づき、感情を点検し、相手の世界を想像し直す。

ブライダル・プロデュースとは、

ご新郎・ご新婦様の人生の節目を預かる仕事であると同時に、

自分自身の姿勢を、問い続けられる仕事なのだ。

私はこれからも、この世で一番恐ろしい自分の怖さを全部引き受けながら、

「いつも素直で、自分に正直でいよう」

という思いを持ち、これからもブライダルの世界で今を生きて、人と関わり続ける。

 

 

 

 

 

 

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。

伝統と革新の融合をテーマに、人生儀礼の本質を探究しながら、現代社会における「けっこんのかたち」を綴り続ける。

さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 

と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。

ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? 

をいつも追い続けています。

2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

 

 

 

 

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