週刊READING LIFE vol.340

地震・雷・火事・親父より恐ろしい……? 《 週刊READING LIFE Vol.340 「この世で一番恐ろしいもの」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/12/25 公開

記事 : ひーまま (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「喝!!」

ある日のこと父の大きな声が家中に響いた!

「喝!」を入れられたのは、アメリカ人のテッドちゃんである。

テッドちゃんは「喝」を入れられただけではなく。背中に竹刀の一撃まで浴びせられていた。

「ひいい~~~」

小学校3年生。8歳の私は6歳の妹の手をしっかり握って、部屋の外へダッシュで逃げた。

二人ではだしで庭先まで逃げたところで、部屋の中から意外なことに大きな笑い声と共に「おう~ワンダフル!!!」「さんきゅう~」

というテッドちゃんの英語が聞こえてきた。

父は汗をふきふき「そりゃよかった!これが武士道じゃ」などと豪語している。

ご丁寧に父は着物姿だ。

竹刀を畳の上に静かに置くと「本物の刀であれば一撃であなたは、テッドではなくデスになってるところです」

と話をしている。

「喝」を入れられてテッドちゃんは大満足の表情で、「イエス! ジャパニーズ ブシですね」と全く怖がることもなく、すがすがしい表情だ。

私と妹は、顔を見合わせて、苦笑い。

テッドちゃんはアメリカ人で、ベトナムと言う国とアメリカが戦争していることを取材しに来たアメリカ軍のカメラマンだった。

金髪の髪の毛を初めて見た私と妹は、映画の中から出てきたようなテッドちゃんに本当にびっくりして見とれていた。

残念ながら、その後テッドちゃんの金髪はカツラであったことを聞いて、心底がっかりしたものだ。

本物の英語を聞いた私は、言われるままに「ナイスミートツーユー」や「サンキュウ」「グッバイ」や「グンナイ」などを習って、何となく世界の広さを感じたものである。

ところで、日頃からあれほど、原子爆弾の恐ろしさを語り「世界平和」の野望を語る父が、原爆を落とした国の人を我が家に招き入れたことが私にはびっくりだった。

それだからこそ、アメリカ人のテッドちゃんが「喝」を入れられる場面をみて、アメリカ人! やられてしまうのでは! と恐ろしかったのである。

意に反して、父はいつにもなく穏やかな顔で、慣れない英語を片言でしゃべりながら、アメリカを非難することなく友達として会話していた。

その意外な父の外交に、私は内心ドキドキハラハラだった。

その頃も人間何が恐ろしいって「地震・雷・火事・親父」と言われ、私の中では一番恐ろしいのが「親父」二の次は「地震・雷・火事」である。

親父の恐ろしさはとにかくダントツの一位の恐ろしさ。

昭和の親父は実に恐ろしい存在だった。

特に私の父は「薩摩隼人」を自認し、家庭内では「男尊女卑」を、家庭外では「モーレツ社員」昭和10年生まれで戦後の日本を背負って立っているような気概で生きていたのだと思う。

とにかく父の怒りのボタンはいつ、どこで押されるのかがまずは想像できないのである。

夕食を待っていると思っていると、食卓に夕食が並べられた瞬間……「遅いーー!」とちゃぶ台をひっくり返す。

何度天井に飛んでいったハンバーグや魚を見たことだろう。

お腹がすいているのに何故? できてきたご飯をひっくり返すのか?! 

私には恐ろしすぎて答えを聞いたこともないが、「なんでやね~ん!」と突っ込みたい気持ちになる。

地震も雷も火事も怖いのだが、どこかへ避難することができるのではないだろうか?

恐ろしい父からは、逃げることもできない。

8歳の私ができたのは、いかに父の気分の変化を先にキャッチして、その場の雰囲気を和ませることができるのか? という事だったのだと思う。

昭和42年の事である。

当時はそんな雷親父が近所にも結構いた。

親父だけじゃなく雷まで着くほどだから、まあ昭和の親父は恐ろしかった。

今思い出してみると、そんな日本の親父たちはたくましかったのかもしれない。アメリカ人のテッドちゃんを目の前にしても臆することなく「喝」を入れることができるのだ。

その後テッドちゃんは米軍の岩国基地に駐在していて、休みのたびに我が家へ遊びに来ていた。

そんな経験のおかげか、私にはアメリカ人は怖いとか、人種の違いを感じることなく、世界中の人間が仲よくすることができるのだと思うことができるようになった。

ただ、一回片言で日本語が話せるようになったテッドちゃんを、平和公園の原爆ドームに案内した時のことを今もはっきりと覚えている。

髪の毛サラサラの金髪テッドちゃんが、原爆ドームの対岸から足取りが重くなり、とうとうドームのそばまで行くことができなかった。

「原爆の子の像」の前で、「あそこまでいけないよ。きっと日本人隠れていて、たけやりでアメリカ人のぼくをさすとおもう」と小学生のわたしにつぶやいたのだ。

その時のテッドちゃんの辛そうな悲しそうな顔を忘れられない。

わたしは「テッドちゃん大丈夫だよ。 誰も竹やりもってないよ」と答えた。テッドちゃんはきっと、父から竹刀で喝を入れられて、日本人と言うものを感じたのかもしれない。

私は、その時しみじみとアメリカ人も戦争が嫌いなんだな。と思った。

耳にタコができるほど聞かされていた「世界平和」の野望が私にも染み入った瞬間だったかもしれない。

いま現在の私たちの社会は、その時よりももしかしたら「戦争」の二文字に恐ろしさを感じているのかもしれない。

あの日から59年の歳月が流れていったが、まだ世界は平和の二文字を手にはしていないのだ。

もしかしたら現在の社会で一番恐ろしいのは、一見平和な社会の中にいて、頭でっかちに不安な情報に神経をすり減らしている私たちかもしれない。

雷や地震、火事を恐れることも大事だが、不安や心配に心を奪われて、「平和」な行動を選ぶことができなくなっている人間が、怖いとおもう。

世界から恐ろしいことはきっとなくならないのだろうが、私の心の中からは恐ろしいことをなくしておこうと思う。

「一番恐ろしいのは人間です。」と言われない生き方を選んでいこう。

原子爆弾を憎むのではなく、私の中に平和を作っておこう。

アメリカ人とも友達になれる。インド人とも友達になれる。

8歳だった私には、いまおかげでいろんな国の友達がいる。

オランダ、ドイツ、アメリカ、インド、中国、韓国、パキスタン。

どの国の人も同じ心を持ってる人間だった。

友達のいる国とは戦争はできないと思っている。

一番怖いもの、人と人を分断する狭い心かもしれない。

「人類はみな兄弟」私が中学校の卒業アルバムに書いた言葉だ。

一番怖いものを考えてみると、一番大切なものを見つけることができた。今日もライティングにありがとう。

世界が平和になりますように。

 

□ライタープロフィール

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の66歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。2025年9月からの新ライターズ倶楽部を受講中。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

 

 

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2026-01-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.340

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