週間READING LIFE vol.339

Kさんの秘めた夢 

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/1/15 公開

記事:後藤 修 (ライティング・ゼミ、2026年1月開講、通信、4ヶ月コース)

 

 

2024年10月30日火曜日。

僕は職場でパソコンのキーボードを叩いていた。

メールを打ち終わり、ざっと目を通す。

 

カチッと送信ボタンをし終わった手は、少し汗ばんでいた。

 

僕は知らせたのだ。

 

かつての上司だったKさんに、退職することを伝えるために。

 

 

2014年10月。

銀行の関連会社から銀行へ戻ってきて1年経った頃のことだった。

金融業という‘本業’へ復帰してA支店で働いていた僕ではあったが、

仕事振りは2・3年目の正社員程度だったアラフォーのおっさんだった。

そんな境遇の時に、Kさんと出会ったのである。

 

 

20人のスタッフが参加した歓迎会。開かれた居酒屋の座敷部屋で、僕がラグビー選手のような体格であるKさんに会釈しながら、コップにビールを注いだ時、

「しばらくは慣れずにいろいろのことを聞くと思うけど、よろしくね」

と声を掛けられた。

 その声は優しいながらも、困難な仕事を乗り越えてきた逞しさが宿っていた。

 

(いろいろなことを教えてくれそうだな)

 

肩身を狭くしている身として、僕は少し世界が開けてくるような予感がした。

 

 

着任してから、KさんはA支店の次長としてその実力を発揮し続けた。

 

例えば、窓口に来たお客さんが火のように怒っているならば、お客さんのもとに

駆け寄り、またたくまになだめて、納得させたり。

 

また、お客さんが電話で問い合わせで迫り、無茶難題を突き付けてくる時も華麗に対処した。

右往左往しているスタッフに代わり、駄々をこねる子供のようなお客さんをあやして、‘聞き分けのいい子供’にお客さんをまとめてしまう。

 

僕がお客さんとの対応まごついていた時も必ず、助け舟をだしてくれた。

その時は決まって、Kさんの傍に近づいて、アドバイスを請うた。

 

「君、お客さんは〇〇と考えているから、〇〇と答えればいいからな」

 

Kさんに尋ねれば、必ずお客さんが頷く‘模範解答’を示してくれたのだ。

(本当に助かるなあ……)

僕はいつも大船に乗った気分でいた。

 

そんな頼れるスーパーマンのようなKさん。

 

ところが、ある日のことだった。

 

その時、僕は仕事が溜まっていて、会社の営業室で残業していた。

 

同じように、書類を山積みに机にのせて仕事をしていたKさんが僕に近づいてきた。

そして、デスクに肘をついて、頭を抱えて書類に目を通す僕にこう言った。

 

「君。今度、焼き肉を食べにいかないか?」

 

すでに心を開き合い、なんでも話し合える間柄になっていた僕とKさん。

 

「いいですね。行きましょう!」

立て込んでいた仕事で気が滅入っていた僕は頬を緩めた。

 

しかし、Kさんの次の一言が僕の顔は引きつった。

 

「君が奢ってくれ」

 

「……え?!」

 

僕はたまげた。

部下が上司に奢るなんて聞いたことがない。

  • どんな理由があって奢るのか……。

 

時が止まったように、僕は黙ってしまった。

 

すると、Kさんは言葉を継いだ。

 

「たくさん仕事をやっていると、どこかで気分転換したくなるじゃないか。だから、君の奢りで焼き肉を食べにいこうぜ。約束だぞ」

Kさんの声は高揚感に包まれているようにさえ思えた。

 

そんなこと急に言われてもな……。

 

僕の心は戸惑う気持ちが走り回っていた。

一方、Kさんを見ると、餌をせがむ子犬のような表情をしていた。

 

どうしようか……。

少し‘迷い顔’をして、腕を組んで目をつぶった。

 

考えてみれば、奢る理由は確かにある。

仕事について、数えきれないほど相談をして、Kさんはピンチを救ってくれた。

僕の無配慮で起こした苦情を1カ月ほどかけて、Kさんは収束させることに骨を折ってくれた。

 

 

考えているうちに、「奢ることへの戸惑い」よりも「奢ることが自然だという納得感」が心の中で上回り始めていた。

 

じゃいいか……。

心で「納得感」が勝利した瞬間だった。

 

「いいですよ。いつか行きましょう!!」

僕の声に濁りはなくなっていた。

 

それから、1カ月後。

 

僕とKさんは焼肉屋へ行き、焼き肉を堪能し尽くした。

 

その一幕のこと。

僕とKさんがそれぞれ箸で肉をつかんで焼いている時

「君は仕事に自信をもてていないようだけど、それにとらわれすぎるなよ

 君には実力があるから、コツコツ頑張っていけばいいからな」

 

Kさんはどこにいても、僕を助けようとする「応援者」だった。

 

食べ終わった後、僕はレジで支払いを済ませた。

 

Kさんに歩み寄った時、

「夢が叶ったよ! 部下から奢られるなんて、最高だ‼」

Kさんは子供のように笑っていた。

 

この会社で働く日も残り1日になった2024年10月30日火曜日の昼下がり。

 

事務所に戻って、パソコンを立ち上げると、Kさんから返信が目に飛び込んだ。

 

そこには、支店長になられたKさんからの威厳と力強さに満ちる言葉が並んでいた。

 

「物書きになるんだってな! 夢をかなえられるように頑張れよ!!」

 

(もちろんです)

僕は心でそう呟いた。

 

Kさんから最後のエールをもらった僕。

必ず、僕の夢を達成して、それをKさんに知らせよう。

 

その時は茶目っ気にこう伝えよう。

 

「Kさんの奢りで焼き肉屋で祝勝会ですよ!!」と。

 

≪終わり≫

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2026-01-22 | Posted in 週間READING LIFE vol.339

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