メディアグランプリ

「食はザツダンの名手」 

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

記事:よるのえだまめ(25年11月開講コース)

 

「これは……岩?」

大学生のとき、同じ下宿のAちゃんがお菓子を焼いてくれた。
「ちょっと失敗しちゃったけど……
はにかんだ笑顔の彼女が持ってきてくれたのは、うすい黄色のクッキーみたいな、バターの香りのするお菓子だった。

これが、わたしの生まれてはじめてのスコーンとの出会いだった。
A
ちゃん手作りの黄色いかたまり。


それは、歯が立たなかった。

周りをけずりながら少しずつ食べて、真ん中が残ってしまったけど、おいしかった。

わたしはそのあと半年くらい「スコーンとは岩のようにかたいお菓子なんだ」と信じていた。

「あ、スコーン専門店!」

お天気のよかった今日、鎌倉の街を歩いていたら、上品なお菓子屋さんが目に留まった。

一瞬Aちゃんのスコーンがフラッシュバックする。
「いやいや、まさか。かじれないってことはないよね(笑)」

かくにん、かくにん とつぶやきながらプレーンとアールグレイの2種類を買う。

いい香りで甘さもちょうどよく、美味しい。ちゃんとサクッとかじれた。

スコーンはわたしにとって、つい試したくなる気になるお菓子だ。
それはAちゃんの笑顔と、友人と一緒に暮らす下宿体験の初々しさや

ちょっとしたわたしの勘違いとリンクしているからだ。

田舎暮らしでおしゃれな洋菓子なんて知らなくて、かじれないお菓子は変だな? と思わないその頃の自分が、今思うとちょっと愛おしい。

スコーンはお菓子だけれども、出会うと必ず、私の中で会話がはじまる。
「あのAちゃんのスコーンはどんな味だったかな?」って。

こうした思い出とセットの食べ物は、ぼんやりしているときに再会する。
評判のスコーン屋さんで1時間並んで買います、とかじゃなく。

歩いていて目に留まったとか、パン屋さんでふと見つけたチョコスコーンとか。
気がゆるんでいる時に、ふと現れる感じで出会うのがいい。

食べ物とおしゃべりするには、油断しているくらいぼーっとしているくらいがいい。

そして、どんなにお店のものが美味しくても、Aちゃんのスコーンにはかなわないのだ。

なにせ味が思い出せない。どんなだったかな?に戻ってしまう。固さが印象的すぎて。

一人で歩いていても、脳内ザツダンができてしまう。クスっと笑えるような。

どうでもいい話だが、食べ物好きは、たぶん母からきている。
母からもらったもので、なかなか役に立っているのが、日常の中にちょっとご褒美感を自分にあげること。

子どもの頃のわたしにとっての「トクベツ」な食体験がある。

「シュワシュワ」と「シェイク」と「ラムレーズンのアイスクリーム」

「シュワシュワ買いに行こう」

小学生くらいの頃、夜9時くらいに100円玉を握りしめて、母と姉と近くの自動販売機に炭酸ジュースを買いに行くことがあった。


いつもじゃなくて、月に23回だろうか。

今日はトクベツ。一日の終わりに、ご褒美で1本ずつ買おうみたいな感じの思い出。

コーラとかサイダーとか、なんとなくまだ珍しかった頃。甘さのない炭酸水なんて自動販売機では見なかった時代。

食事のときは大抵お茶だったから、甘いシュワシュワした炭酸はちょっとトクベツでケーキとかチョコレートとかそういったものに近いイメージだった。

もうちょっと足を延ばすトクベツが、コンビニエンスストアの「シェイク」
バニラ味のシェイクは炭酸ジュースより高いけど、そこでしか買えなくて。

子どもが自分で買うには高いから、一緒に出掛けて親に買ってもらう。

当時夜9時を過ぎてから子供が外にでかけるなんてあまりなかったので

夜のお散歩の時間は非日常で、特別な時間だった。

どきどきと楽しみがセットだった。

「ラムレーズンのアイククリーム」は母がアイスクリームで一番好きなもの。
その影響でなんとなく、わたしにとっても特別感がある。
「わたしこれ好きなの」と言っていた母の顔が、そのままラムレーズンのアイスクリームと繋がっている。

母は食べることが好きだ。

3年程前に胃の手術をして食べられる量はだいぶ減ってしまったが、今は食べ物に制限はなく、消化によくない山菜もしっかり食べている。

母の子供の頃の思い出は、生まれが青森なので海産物の話が多い。

ナマコ(お正月の酢の物)、ハタハタ(卵だけ食べていた)、モズク、ギバサ。
母にとっては当たり前の食の風物詩で、懐かしい思い出が味覚とともに刻まれているらしい。たまに食べたいね、と言う。

母は、高齢で地方で一人暮らしなので、わたしは安否確認を兼ねて毎日夜に電話をする。

食べ物の話は一番自然に話せて、盛り上がれる話題だ。

父との食の思い出は、釣りにいったときに持って行った大きなおにぎりや梨。

夕暮れ時の河口で秋に梨を布で拭いてもらって、そのまま1個かじったときの、みずみずしさ。

釣ってきた魚を三枚におろしてお刺身にしてくれた。
それからなぜか、近くのラーメン屋さんに、年2回くらい連れて行ってくれたこともあったな。

学生時代のスコーンも、母との子どもの頃のトクベツな夜のお散歩の楽しみも、父との釣りのときの思い出も、風景や空気、表情、会話の断片が、それぞれの食べ物と繋がっている。

食べ物って不思議。
味覚と思い出が一緒になっていると、そこがスイッチになって、一人でも過去の思い出と対話しながらくすっと笑えたり、誰かと分かちあえる思い出なら、あのときこうだったね、と語りあえたりする。

母の子どもの頃の思い出も、お正月のナマコやハタハタの話を聞くことで、幼い母の楽しみや感じていたことを、食の風景として知ることができる。

その時代を知っている母の兄弟や両親はもういないけれど、私が母の思い出の語り相手になることができる。

今日わたしがお散歩中にふと見つけたスコーン屋さん。
大学時代の岩のようなスコーン体験からもう30年近く経つけれど、そのときの思い出は消えずに、今もおしゃべりしてくれる。

食は思い出もつなぎ、会話もつなぐ。
今食べられないものも、懐かしむことができて、そのことを話すことが、心をゆるませたりする。

お菓子だって、おにぎりだって、ナマコだって、人生をちょっと豊かにする。


せわしない日常を、ふとゆるめる一息を、ぼーっと目に留まった食べ物に、少し預けてみませんか。

自分とつながる時間が、ふと、癒してくれるかもしれません。

終わり≫

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事