Googleマップより詳しい、夜の焼き鳥屋の自己紹介
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:秋田梨沙(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)
なんだ、この集まりは。
LINEの返事に思わず心の声が口から出た。明日のママ友との飲み会について、幹事の子に詳細を確認したのだが、そのメンバーがどうもおかしい。
「田中さんと、鈴木さん(花子ちゃん母)も来れるって~」
ねぇ、誰だそれ! 確かに、花子ちゃんはわかる。長男の同級生だ。だが、その母のことはよく分からないし、田中さんは……ひとつ下の代の、子ども会役員さんだった? かしら? といううっすらとした記憶しかない。てっきりいつものメンバーで飲むものとばかり思っていた私は、たいそう不安になった。
なんだ、この人選。何か重い話でも持ちかけられるんですか、これ。
嫌な予感は積もるものの、幹事に直接問いただす勇気もなく、
「いつもみたいに飲みすぎないように気をつけます!」
とだけ返した。もちろん、異常事態を察してほしいという私の願いは、スタンプひとつで軽やかに流されていった。
そして、その夜はやってきた。
絶対に幹事より先には到着したくない。集合予定のギリギリの時間まで粘って、指定の店に向かった。場所は、徒歩圏内にある評判の焼き鳥屋さんだ。
ガラ……ガラガラ
恐る恐る引き戸を開けると、モクモクとした煙とともに、香ばしい匂いに包まれる。
「あ、きたきた! こっちこっち〜!」
店の奥から幹事ママの明るい声がする。
そこには、いつもの「知った顔」と心配していた「知らない顔」がずらずらっと並んでいた。思ったより、大人数である。ますます、何の集まりか分からない。
無難に端っこの席を陣取り、とりあえずビールを頼んだ。
グラスが運ばれてくる間だけは、考えなくていい。そう自分に言い聞かせる。
「かんぱーい!」
アルコールを摂取したというだけで、少し肩の力が抜けた。さて、ここからが問題だ。当たり障りのない話をしておくか、どうしようかと目をキョロキョロさせていると、向かいのママさんも居酒屋ではあり得ないくらいに背筋が伸びている。
「あ! そっか、自己紹介いるよね? じゃぁ、はい、田中さん!」
そうそう、それそれ。やっとお気づきになられましたか! 幹事の一声でようやく自己紹介が始まった。
「私はお寺の道の突き当たり、田中です」
まさかの「位置情報」の開示だった。なるほど、近所なら名前よりよっぽどわかりやすい。
「ああー! あそこの外に時計置いてくれてる!」
登校の通り道になっているそのお家は、いつからか外に時計をかけてくれるようになっていたお宅だ。この人だったのか。
「私は、集会所の横ですー」
「いつも路駐が厳しいところね!」
Googleマップより詳しく、現地情報が更新されていく。
そして、私の対面に座っていた女性が、焼き鳥の串を片手に言い放った。
「私は「地獄の坂」のてっぺん、鈴木です」
なに、そのカッコいい二つ名。近所では有名な急勾配の坂を子ども達が「地獄の坂」と呼んでいるのだが、その頂に建つお家の主だったようだ。近所に住んでいるというだけなのに、子どもの名前や学年を聞くより、何故か親近感が湧く。狭い道を車で通る際の駆け引きだとか、家の庭でタヌキが昼寝してたとか、くだらない話が盛り上がる。
ひとしきり笑った後、ふと冷静になってテーブルを見渡した。
年齢もバラバラ、子どもの学年もバラバラ。ん? あれ? 結局、何の集まりなんだっけ?
ちょうど向かいに移動してきた幹事ママに疑問をぶつける。
「みんなご近所さんなんだけど、こっちの半分は子ども会の役員経験者で」
幹事ママがハイボールを片手にケラケラと笑う。
「こっちの半分は、学校ボランティアのガーデニングクラブの方々ですー。私が勝手に集めましたー」
ご機嫌な様子で、グラスが勢いよく空いていく。
なるほどね。共通点が見出せなかったはずだ。
子ども会の役員だった人もいれば、学校ボランティアの人もいる。
幹事ママは、その「バラバラの具材」を、今日「一本の串」に見事に刺してまとめてくれたというわけだ。うっかり参加してみるものである。
外に出ると、冬の冷たい空気がピリッとした。
もうすぐ、長男は小学校を卒業する。また、新しい生活が始まる。不安もたくさんある。
でも、入学に合わせて引っ越してきたこの町も、最初は知らない人だらけの町だった。夜道ですれ違う人たちが、みんな少し怖くて、小走りで帰っていたことを思い出す。
それが、今は23時をすぎても母達とそぞろ歩いている。
あの家も、この家も知っている誰かのお家になった。
ふふ、来てよかったな。
家族が寝静まったリビングで、コップ一杯の水を飲む。
ソファに脱ぎ捨てたダウンからは、焼き鳥の香りがした。
《終わり》
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