メディアグランプリ

水の樹


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:雨宮さよ(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)

 

わたしには、帰省のたびに、かならず立ち寄る場所があります。

それは、18歳まで過ごした故郷、八戸市中心街にある場所です。

観光名所というよりは、地域コミュニティの場。

中に入ると、二階部分まで、ほとんど吹き抜けの空間が広がっています。

巨大なプロジェクトスクリーンには、四季折々の映像が流れ、

机と椅子が置かれている。

バスの時間を待つ人たちは、そこでくつろいでいるようです。

二階にはストリートピアノがあり、

タイミングが合えば、誰かの演奏が聞こえてくることもあります。

でも、わたしの目的は、

その中央にあるシンボルオブジェ「水の樹」を観ること。

そのほかに、特に用事があるわけでもないのに、なぜか足が向くのです。

もともと、この場所に足を向けた理由は、何だったのだろうか。

東北大震災のあと、中心街の商店が寂れていくのが無念で、

少しでも人が集まる場所に惹かれたからだったのか。

それとも、ただ新しくて、少しお洒落な建物に惹かれただけなのか。

いまでも、その理由は、うまく説明できません。

 

透明な丸い大小のお盆が、

二階まで届く支柱に配置されたオブジェ。

下から覗いても、上から眺めても楽しい造りになっています。

初めて訪れたのは、夏だったでしょうか。

上から水が流され、
ししおどしの仕掛けで、カーン、カーンと音が鳴り響く。

その音を聞きながら、

はるか昔、水琴窟(すいきんくつ)というものは、

こんな音色だったのかもしれないと、想像が広がりました。

後日、とある神社で実際の水琴窟の音を聞いたとき、

あまりの勘違いに、自分で自分を笑ってしまいました。

水琴窟は、耳を澄まさなければ気づかないほど、

とても繊細な水の音だったのです。

それでも、わたしの中には、

八戸の水の樹の音が、強く印象に残っています。

冬になると、水は止められます。

それはそれで、枯れた良さがありました。

ふるさとに帰省しても、時間を持て余してしまうわたしにとって、

天井が高く、日光がたっぷり入るこの空間は、

いつの間にか、良き憩いの場になっていました。

この空間の心地よさに惹かれ、

わたしは帰省のたびに、ここへ立ち寄っています。

 

何度か足を運ぶうちに、

これはいったい、何を題材に作られたオブジェなのだろうと、

気になるようになりました。

ある日、泊まっていたホテルで手に取った観光パンフレットから、

モチーフが八戸の古い地図だと知り、

驚きと同時に、強い興味が湧きました。

 

すぐにノートパソコンを開いて調べてみると、

東北大震災の復興プロジェクトの一環として

制作されたことが分かりました。

八戸の道路を塗りつぶし、

海側を下に向けると、

海に根を張って育つ樹のように見える。

そこから、このモチーフが生まれたそうです。

八戸は港町です。

車で三十分ほど走れば、美しいリアス式海岸の海に出られる街。

わたしはそれまで、

水はすべて、山や川を下り、

道路の排水溝を通って海へ流れ出るものだと、

何の疑いもなく思っていました。

けれど、

海から資源をもらい、栄えてきた街という視点で見れば、

なるほど、こうした樹が立つのも自然なことに思えます。

港町にとって、海へと続く道路は、

物資を運ぶ血管のようなもの。

港町に生まれ育ったからこそ、

見えていた視点と、見えていなかった視点がある。

そう気づいたとき、どこか、すがすがしい気持ちになりました。

 

八戸市は、太平洋に面した港と、

内陸へ延びる街道が交わることで、栄えてきました。

海からは漁業や交易が、

陸からは物資と人の往来がもたらされてきた。

外へ出ていく挑戦と、

入ってきたものを受け入れる気質は、

海に面した町だったからなのかもしれません。

思い返してみると、

八戸の知人たちは、ほぼ全員といっていいほど、

慌てて動く人がいませんでした。

どこか、どっしりと地を踏みしめている感じがある。

そんな八戸は、

城下町として整えられてきたことを、町名から知ることができます。

三日町、八日町、十一日町。

それぞれ、市の立つ日を表す地名だと、

小学生のころ、祖母から教えてもらいました。

なんて便利なんだろう。

当時は、そんなふうに思っていました。

つまり、わたしにとって八戸は、

華やかな城下町でも、

完全な商都でもありません。

生活と仕事が地続きの人たちが暮らす、故郷。

実務に強い町。

派手さはない。

でも、芯がある。

そうして続いてきた実直さが、

八戸らしさなのだと、

それがなぜなのかは、まだ言葉にできないけれど、

そうした感覚が、自分の中に確かに流れていることだけは、分かります。

 

そんなことを考えていたとき、

水の樹のことが、ふと浮かびました。

 

見上げても、のぞき込んでも、

そこにあるのは、静かな構造物だけ。

派手な音が鳴るわけでも、

何かの流行を主張するわけでもない。

それなのに、なぜか安心して、そこに立っていられる。

そのとき、こんな考えが、わたしの中に浮かびました。

水の樹とは、

わたしにとって、

見えない背骨のような存在だったのかもしれない、と。

背骨は、普段、意識することはありません。

けれど、なければ立つことも、前を見ることもできない。

水の樹も、同じでした。

何かを教えてくれたわけでも、

導いてくれたわけでもない。

ただ、そこに在り続けて、

わたしが自分の足で立つことを、
静かに支えていた。

 

ふるさとを離れて、長い時間が経っても、

迷ったときに、無意識に足が向く場所が、

わたしにはあります。

それはきっと、

わたしの中に、今も変わらず通っている

見えない背骨の感覚を、
確かめる瞬間なのかもしれません。

≪終わり≫

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