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一文目の手前で


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:比留間詩織(2026年1月開講ライティングゼミ)

 

【キャンバスは 時間が経つほど白くなり 手を伸ばすのが 怖くなりつつ】

 

 

Wordで書き始めようと何度もしたが、カーソルは点滅したまま動かない。
何か書かなければと思うほど、画面の白さが目に入る。
時間だけが先に進み、気づけば、焦りだけが増えていた。

 

書けない理由は、アイデアがないからではない。
真っ白なままでいる時間が長くなるほど、最初の一文字を書くことが、怖くなっていくからだ。

 

一文目は、読者が読み進めるかどうかを決める場所だと言われる。
役に立つか、面白いか。
書き手は、書き出した瞬間から「読者の時間を奪っている」ことを意識する。

だからこそ、何度も書いては消し、また書いては消す。
保存されていない文章だけが、静かに増えていく。

「とりあえず書けばいい」
「下書きだから気にしなくていい」

頭ではわかっている。

それでも指が止まる。
この表現で伝わるのか。
この一文目で、読みたいと思ってもらえるのか。
そもそも、このテーマで良いのか。

 

まさに絵が描けない時と同じだ。 想像してみてほしい。自分が初めて真っ白なキャンバスを目の前にしたことを。 おそらく、多くの方が「一筆目の怖さ」を感じるのではないだろうか。

 

キャンバスで絵を描くことと、文章を書くことは似ている。
どちらも、テーマが決められていたとしても、「目的」は自分で考えなければならない。
そして絵は数秒で、文章は一文目で、見る側が続きを見るかどうかを決めると言われる。

何もしなくても天才のように描けたり書けたりする人もいる。
そうした存在を意識するたびに、必死に食らいつかなければ、あっという間に置いて行かれるような気がしていた。

「絵は毎日描かないと、すぐ下手になる」という言葉を聞いたことがある。
私は文章も同じだと思っている。
毎日書き、推敲し、本を読むことが理想だと分かっていても、
すべてをこなせない日のほうが多い。
それでも、どれか一つはやらなければならない、と思っていた。

 

書けないときほど、不安は高まり、腕自体が遠のく。
締め切りだけが、こちらの事情とは関係なく近づいてくる。

書けなくなる瞬間は、決まっている。

一文目を書こうとしたときだ。
二文目でも、構成でもない。
最初の一文字を打つ、その直前。

それまで普通に動いていた指が、急に他人のもののように重くなる。

書き出した瞬間に、
「下手だと思われたらどうしよう」
「最後まで書けなかったらどうしよう」
そんな考えが一気に押し寄せてくる。
納得がいくまで打っては消し、また消す。

 

でも、書けない時間は本当に無駄なのだろうか。

 

私は、そうは思えなかった。
真っ白な画面を見つめながら、どう書いたら伝わるのかを考える時間は、書くことから完全に切り離されたものではない。
実験的に書いてみたり、王道を意識してみたり、好きな作家の文章を思い出したり。
表には出てこないが、頭の中では言葉が行ったり来たりしている。

使わなかった表現や、消した文章も、完全に消えたわけではない。

ただ、今回の文章には合わなかっただけだ。
書いていて良いと思った言葉は、ノートにメモをしている。
そこから拾い直して使うこともあれば、形を変えることもある。
手書きで書いてみると、言葉の重さが少し変わる気がして、私はそれが好きだ。

 

書くことに慣れている人には、自分なりの「型」があると言われる。
その型を守るのか、壊すのか。

どちらを選ぶにしても、一文目は必ず通る場所だ。

ある人が「一文目で、その人の性格がわかる」と言っていたのを、時々思い出す。

真っ白な画面を前に立ち止まる時間は、何もしていないようで、何も起きていないわけではない。

ただ、手を伸ばす覚悟が、まだ追いついていないだけだ。

キャンバスは、時間が経つほど白くなる。
その白さに怖さを覚えるのは、描こうとしている証拠でもある。
書けない時間は、書く準備が、静かに進んでいる時間なのだと思う。

 

だから私は、書けない時間そのものを、できるだけ排除しようとは思わなくなった。
以前は、画面の前で立ち止まっている自分を、怠けているように感じていた。
何も生み出していない時間は、無駄で、遅れていて、取り戻さなければならないものだと思っていた。

けれど今は、真っ白な画面を前にしている時間も、書く行為の一部なのだと考えている。
言葉を探し、組み合わせ、これは違うと判断し、また戻る。
その往復のなかで、文章の輪郭は少しずつ形を持ちはじめる。

すぐに一文目を書き出せる日もあれば、どうしても手が伸びない日もある。
どちらが正しいということはない。
ただ、白さに怖さを覚えるのは、描こうとしているからで、書こうとしているからだ。

キャンバスは、今日も白いままだ。
それでも、いつか手を伸ばすときのために、私はその前に立ち続けている。
書けない時間を抱えたままでも、書くことから完全に離れてはいない。
そう思えるようになったこと自体が、私にとっては、一つの前進なのだと思

う。

 

≪終わり≫

 

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