元気を測るCランチ ~社長と生意気小娘の会話~
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/1/30 公開
記事:ムー子(25年11月開講コース)
今から10年程前。
「手書きで書いてくれ」
そう言われて私は迷った。
輪ゴムで束ねられた、大量の空の封筒を渡された。
取引先から送られてきた封筒だ。
どこから来たか「手書き」で「すべて」紙に書いてくれという社長の依頼だった。
返信する際に、その宛先リストを参考にしたいのだそうだ。
私はちらっと自分の席を見た。
作成途中の請求書の山、担当営業からの殴り書きのメモ、広げたままの電子契約のマニュアル……
自分の仕事が山積みだ。
一番偉い人の指示だ。
「手書きですべて書け」に従うしかないだろう。
しかし、どう考えても今はパソコンの時代である。
当時入社してからすでに何年か経っていたので、自分の意見を言ってみた。
「あの……Excelで記入した方が早いと思うんです」
思い切って出た声は小さかった。
「パソコンはあてにならんし、打ち間違えたらあかんやろ」
打ち間違えもあるなら、書き間違えも一緒やん。
心の中でツッコミを入れた。
確かに、手書きならではの「心を込めた」感じが必要になるときはある。
しかし、この大量の宛先を整理するとなると、今使うべきは明らかに文明の道具だ。
「リストは作ります。でも私も仕事が複数あるので、手書きだと時間が足りません。Excel使用の許可をいただけませんか」
勇気を振り絞ってもう一度交渉する。
「作成後、間違いがないか見直しは必ず行います」
可能な限り私は提案した。
しばらく黙った後、社長は口を開いた。
「わかった」
よっしゃ!言ってみるもんや!
しかし、ほっとしたのも束の間だった。
「しゃーない、じゃあ1週間掛かってもいいわ。手書きで」
私は吉本新喜劇のように、ずっこけそうになった。
あかんのかい。
結局、渋々承諾した。
自身の仕事の合間に、2日間ほど、手書きでリストを作成していた。
しかし、その後違う部署にてExcelで打ち込むことになり、封筒は回収された。
私の2日間の労力は無駄になった。
それから私は「生意気小娘道」を突き進むことを誓った。
本来であれば、効率よく終わらせて浮いた時間は、違う業務に費やすこともできたはずだ。
大人しく聞いていたら、時間がいくらあっても足りない。
今度同じことを言われたら、自身の思う最善の提案をしてやる。
絶対引き下がらない。
ある日は「なんやこれセンスない資料やな!」からバトルが始まった。
「全部1枚で印刷と先ほどおっしゃいましたが、印刷すると見づらいですよね。2枚に分けて印刷しませんか」
「見比べるのに疲れるやん」
「だったらどうしましょ」
見づらいと言われたらレイアウトは見直し、文章が分かりにくいと言われれば練り直した。
しかし、時間や内容によってはすべて要望通りにはいかないこともあるため、その場合は説得をする。
時には話し合いは上手くいかず、言い争いになるときもあった。
そんな日々が、何年か続いた、ある日だった。
「あんた、昼ご飯一緒に食べに行くか」
社長から予期せぬお誘いがあった。
その日も直前まで言葉のドンパチをお互いやっていた。
なぜ私を誘うのだ。
昼くらい静かに休みたい、と思ったが断る明確な理由が見つからなかった。
仕方なく社長の昼ご飯に付き合うことにした。
昔からある、古い喫茶店に到着した。
「あんた、ここ来たことあるか」
「いや、ないですね」
若干気まずい雰囲気のまま入る。
ランチ目当ての客で既に満員だった。
喫煙OKの喫茶店なので、たばこの煙が充満している。
「Cランチ2つ」
社長は勝手にメニューを頼んでしまった。
メニューの内容をちらっと確認すると、食いしん坊な私でも食べきれるかどうか不安な位量はありそうだった。
「あんた、最近調子どうや」
不意に聞かれ、我に返る。
「ああ、まあ、別に……」
少し姿勢を正したが、気の利いた言葉が出てこない。
仕事から離れると途端に会話が0になる。
「あい、お待たせ、Cランチ」
おばちゃんが二つ同時にランチを持ってきた。
海老フライ、白身魚フライ、トマトスパゲティ、小さめのハンバーグ、大盛のキャベツ、野菜スープ、少し多めのご飯。
おいしそうなおかずがこれでもか、というくらいにのっている。
食べている間は会話が止まる。ラッキーだ。
私は大きい海老フライにかじりついてみた。
熱々の海老の甘さと自家製タルタルのほどよい酸味が広がる。
これ、白身フライにもタルタルつけちゃお。
食べる順番を色々考えていた。
ふと顔を上げると、社長は自身の背中側にあるテレビを見ていた。
箸を止め、自分の身体をねじって熱心に見ている。
オリンピックに出場した日本人選手が映っていた。
金メダルを獲得したらしい。
「毎日頑張ってきた結果が出たと考えています。嬉しいです」と、選手は笑顔で答えていた。
「すごいなぁ」
社長は正面を向き、再び箸を動かしはじめた。
あれ。なんで。
社長の顔がなぜか暗い。寂しそうである。
「若いっていいなあ」
と社長がボソッと言った。
「眩しすぎるねん、あの若さ」
思ったより深刻そうな顔だ。
何事かと思い、思わず私は箸を止めた。
「年いったら出来へんことが増える。やらなあかんこと沢山やのに身体が追いつかん」
ため息をつきながら社長は白身魚フライをほおばり、話し続けた。
昔は、がむしゃらに頑張っていたら結果はついてきた。
ところが、最近はそうではなくなってきた。
昔通用したことが今では通用しない。
自分は今まで通りやっていきたいのに、周りはそれを許してくれない。
例えば「電子化」。
当時、社会では急速に電子化が進んでいた。
請求書も紙のものから徐々に電子請求に移行します、との連絡も取引先からあった。
それに伴って、自分たちの会社も変わることを要求されている。
日々奮闘し、気がついたら年を取り、知らない間に自分がよく分からない制度やシステムが転がっている。
そのことをきっかけに老いや健康面の変化を実感したらしい。自身の人生観を交えながら、ぽつりぽつりと話を続けた。
「あの選手もあんたも若い。羨ましすぎるわ」
話しながら、爆速でCランチは社長の胃の中に取り込まれていく。
あとはスパゲティだけになった。
「いや、元気ですよ、社長は」
社長は、やっと言葉を発した私の顔を見た。
「ご自身の意見がしっかりあって、それを言えるのは、気力溢れている証拠ですよ」
私に資料作成の要望をあれだけ言える人が衰えているわけがない。
言葉に少々嫌味が入ってしまったか、と焦ったが、当の本人の目は少しキラキラしていた。
「わし元気か」
「大体本当に元気なかったらこのCランチ食べきれてないですって」
私が言った瞬間、社長は食べ終わった後の自分のお皿を見て、大笑いした。
「それもそうやな」
ようやくわたしもそこで箸をとり、食べることを再開した。
いつの間にかたばこの煙は落ち着き、店内は少し晴れていた。
私は会社のトップの悩みを、この時初めて聞いたのだった。
なぜ社長は自分の気持ちを私に言ったのだろうか。
王様の言うことは絶対。
長い物には巻かれろ。
これに少しでも抵抗した形になったわけだが、私は自分の気持ちを素直にぶつけていただけだ。仕事を通して。ずっと。
だからこそ、社長も自身の本音を言ったのではないだろうか。
あの煙たい空間の豪華なCランチを食べながらの会話。
私は昨年退職したが、自分の心のフォルダにいつまでも残ると思う。
反抗した者限定の、秘密の特典映像として。
≪終わり≫
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