率直未満
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:かみね(2026年1月開講・福岡・2週間集中講座)
【率直】正しいと思った事をそのまま口に出し、飾りけがない様子だ。
(新明解国語辞典 第八版)
ぼくは自分を、率直な人間だとおもっていたのです。
そして率直であることが誠実なんだともおもって生きてきた。
だけどぼくは、安全な範囲内だから率直なだけだった。
ぼくはとても規範的な人間で、学校にも社会にもすんなり適応してきた自負がある。
人よりも特につらかった経験なんて、してないだろうと思う。
そうやって過ごしてこれたのは、まわりの環境と、自分の個性のなさと、疑問も持たない適応力の高さのおかげだと思う。
いま仕事をして、ひとり親としてこども3人を育てることができている現状をみれば、この特性は役に立ってきたんだなと思える。
こんなふうに、ぼくは規範的な人間で、そしてわりと率直な人間です。
嫌いなことは嫌いとはいわない。大人だから。
好きなことは好きといいます。
どこをどんなふうに好ましく思ったかまでいいます。率直に。
そしてこの率直さは周囲からたしかに好まれてきたと思うし、自分のチャームポイントだと思っていた。
でもぼくが率直であれたのは、社会規範の範囲内のことだけだった。
この関係性の人に、この文脈であれば、自分が感じたことをつたえても不快になることはないだろうという確信があるとき、ぼくは率直だった。
相手がうれしく感じるだろうという確信があるとき、ぼくはより率直だった。
ぼくには、社会規範がみえる。
勉強はできないけれど、論理的に考えればこうなるだろうという予測をたてることは難しくない。
このひとに、この文脈で、このタイミングで自分の感情や考えをつたえればきっとこうなるだろうということがみえる。
内容というよりは、伝えることそれ自体が社会の規範からちょっとだけはずれているとき、そこにぼくの個性が立ち現れて、ぼくにとってより好意的な帰結になることもみえていた。
それがぼくの率直さだった。
ぼくにとって、社会の規範はみえるもので、なおかつそこからちょっとだけはみ出すべきものだった。
うそやおべんちゃらは嫌いだから、思ってもいないことは言えないけど。
社会の規範がみえているぼくは、そこから意図的に「ちょっとだけ」そとに出ることができる。
安全な範囲をわかったうえで、「ちょっとだけ」そとに出る。
そして、社会の規範がみえないのか、もしくはみえているのに安全圏の外へ無邪気にとび出したのかは分からないけれど、とび越えた先で爆死している人間を横目で見ていた。
だけど横目で見ているだけでは済まない相手がこの世に出てきた。
ぼくの子どもたちだ。
ぼくはまず、社会の規範を教えようとした。だってぼくにはそれがみえていたから。
「ちょっとだけ」そとに出るためには、内と外があることを知っておかなければならない。
だけど、彼ら彼女らにはそれはみえていないようだった。
また、みえるようになる兆しもなかった。
ぼくは途方にくれたし、不安でいっぱいだった。
無邪気にそとに出たら、爆死してしまう!
子どもたちを社会の規範のなかにおいておけない自分の不甲斐なさに泣いた。
子どもたちを社会の規範のなかにおいておけない自分をずっと殴っていた。
つまり、ぼくは弱っていた。字義通り、こころが弱っていた。
弱っていても、生活はまわる。
ふと子どもたちを見てみると、水筒を空にして、遊び疲れた顔でフリースクールから帰ってくる。
なんだ、遠くそとに出て行っても死なないのかと、ほっとして足元を見てみると、ぼくが「ちょっとだけ」そとに出ていたつもりの境目、ぼくの率直さの源泉であった境目には、ほんとうはなにもなかった。
石灰で引かれた線すらなかった。
「ちょっとだけ」そとに出ていたつもりが、なにもはみ出していなかった。
はみ出したつもりで、ぼくは規範のなかにいた。
だから率直であれたのだ。安全だと知っていたから。
ぼくの率直さはにせ物だった。
ぼくには社会の規範がみえていて、ぼくの意志で行ったり来たりしているつもりでいたけれど、実のところ、ずっと規範の中にしかいなかったのだ。
そこに、ぼくの意志と呼べるものがあったのか、今となってはもうあやしい。
子どもたちは、ぼくがいる規範から遠いそとで遊んでいる。
ぼくが横目で見ていたひとたちも、ほんとうは爆死なんかしていなくて、ぼくがいる規範のそとに行っただけなのだと、いまなら分かる。
ぼくは、ぼくがいる規範のなかが安全だということを知っている。
できればここから出たくはない。
だけど、しょうがないのだ。
うそやおべんちゃらが嫌いなぼくは、にせ物も嫌いなのだ。
遠くで遊んでいるぼくの子どもたち、無邪気にそとにとび出していったあの人。
ぼくの言葉ではなしたい。率直に。
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