「お寺の空き部屋でコワーキングスペースをやろう!」と画策した財務コンサルが、王道に戻った話《 週刊READING LIFE Vol.344 「 涅槃 」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/19公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。
ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなった私。 しかし、僧侶の世界は甘くない。まだ住職の資格を取っていない私が言うのもなんだが、私の後を誰がやるのだろう? お寺は宗教法人、つまり会社だ。収益の上がらない会社はだれも次の社長を引き受けてくれない。お寺の収益を劇的に向上させなければ「やってみたい」と言ってくれる人なんていない。
仏教は、さとりを開くためのものだ。さとりを開くことを「涅槃(心配や不安が何もない状態)に入る」という。涅槃に入ると、苦しみや不安、悲しみなどから解放される。私はまったく仏教の門外漢だったのだが、突然お寺をやらなければならなくなって、お寺の運営という大きな不安がのしかかった。先代はすでに高齢者施設に入り、耳も遠い。引き継ぎはできない。
つまり、誰も助けてくれない。
でも、最低限の収益を確保できなければ、お寺を誰かに引き継げない。生涯現役? 死ぬに死ねない? さすがにそれは嫌だ。崖っぷち住職に涅槃はあるのか?
ある日、お寺の玄関先で、出入りの仏具屋さんに話しかけられた。
「ここのお寺がどうなっているか、知ってる?」
なぜかいきなり馴れ馴れしい。
「先代が急に足を悪くしまして、私が跡を継ぐ予定です」
仏具屋さんは「ふん」と鼻を鳴らして続ける。
「それで、加行(けぎょう/住職になるための最後の修行)は済んだのか?」
「いえ、まだ少なくとも2年後になります」
明らかに相手を下に見る目つきになる。
「ふん。まぁがんばって」
それだけ言うと仏具屋さんは去っていった。市内で一番大きな仏具屋さんだ。仏具屋さんはプライドが高くて、一見さんはまともに相手してくれないと聞いたことがあったが、一般社会で生きてきた者からすると、とても奇異なものに感じた。なぜ、客であるはずの住職(予定者)が、仏具屋さんにマウントを取られなければならないのだろう?
もやもやしながら歩く。
私は、仏教に関わってから、ほんの少しだけ不幸になった気がする。気のせいだろうか。
きっと気のせいだ。そう。頑張れば報われる。私は仮にも財務コンサルタントの看板を掲げている。ここは腕の見せ所ではなかろうか?
そして妄想する。つぶれるしかなかったお寺を建て直して、ウェブにその一部始終を書くと、バズって書籍化。コンサルの引き合いがどんどん来て、そうなったら忙しくて仕事の一部は断らないと。
よし! がんばろう!
市場調査を見ると、お寺は葬儀や法事以外にも期待されていそうな分野がある。それをどんどん突いていけば、行けるはず!
私は境内を見渡した。そこには「宝の山」が眠っていた。
まず、森と言うほどではないが、木々が生い茂った場所がある。春には桜の木が、秋には紅葉が楽しめる。ただ、夏にはとんでもない数の蚊を生み出す。5分で全身がかゆくなる。
しかし、ここを「癒やしの森」として整備すれば、人の憩いの場所になる。蚊対策として、某シロアリ駆除会社が販売している「蚊を誘引して駆除する大規模な装置」を導入しよう。費用は痛いが、快適な境内は集客の要になる。
次に、墓地。
昭和55年に規模を倍以上に増やす計画が持ち上がり、平成28年に念願叶って落成した広大な墓地だ。数千万円の費用をかけて、新規に200以上もの区画が完成した。そして落成後、埋まった区画は、……なんとわずかに3区画。
この埋まらない墓地の一部を削って、月極め駐車場にしてしまってはどうだ? 近隣の不動産屋に聞いても、駐車場は足りていない。安定収益が見込める。
そして建物(庫裡)。
客間と住職一家の居住スペースがあるが、現在使っていないから全部空いている。
妻は「料理教室などどうだろう?」と言う。昔の厨房機器もあるし、合宿でしか見たことないガスの炊飯釜もある。リフォームは必要だが、可能性はある。
私はさらに踏み込んで、「会員制のレンタルオフィス」や「自習室」に出来ないかと考えた。
初期投資がほとんどなければ収益化も早い。お寺という静寂な環境は、リモートワークや勉強に最適だ。競合は多いが、「お寺」というブランドで差別化できる。
さらに、私の会社(コンサル)をお寺の庫裡に移してしまえば、家賃も浮くし、お寺に常駐しながら仕事もできる。これで「住職がいない」という問題も解消される。
一石二鳥どころか三鳥、四鳥にもなりそうだ。
なんだか行けそうな気がしてきた!
私はこれらの案を事業計画書としてまとめて、意気揚々と知り合いの税理士に相談してみた。そのまま顧問税理士もお願いするつもりだ。
しかし、返ってきた回答は、すべての案が「ボツ」、だった。
まず、「境内で収益事業を行うリスク」。
境内で収益事業を行うと、境内全体に固定資産税がかかってきてしまう可能性があるとのこと。そうなると、無駄に広く、路線価も高いこの場所では、莫大な税金が発生する。利益どころか赤字転落だ。私の会社を置くことも、庫裡の活用も、この「課税リスク」の前に撃沈した。
次に、「駐車場の壁」。
月ぎめ駐車場であればできなくもない。しかし、布施収入とは厳密に分けて管理し、納税しなければならない。さらに、土地も非課税の「境内地」から切り離す必要がある。そのためには総本山と県、そして全檀家の許可が必要だ。昭和55年からの悲願であった墓地を潰して駐車場にするという案が、檀家総会で通る気がしない。
なら、公益事業だ。「保育園」や「老人福祉施設」ならお寺がやってもいい。
しかし、隣にはすでに市の保育園がある。老人福祉施設は誰が出資してくれるのか?
手軽そうな「学童保育」はどうか? と思ったが、なんと「学童は公益と認められないリスクが高い」そうだ。なぜ??? 謎すぎる。
さらにトドメを刺された。
相談した税理士さんには、「お寺の税理士をやりたくない」と言われてしまった。
布施収入だけなら税理士は不要だが、収益事業を始めると「公益法人会計」が必要になる。これが複雑怪奇で、普通の税理士は嫌がるのだ。
「お寺は難しいからやらない」。こんなところにも壁があったとは。
先の住職は、本業以外の事業はしなかった。
「お参りするのが坊主の仕事。それ以外は余分」
本当に宗教者として頭が下がる思いだ。
でも、先代は別のお寺を3軒、合計4軒のお寺を兼務していたから食べていけたのだ。年金をもらえる年齢になると他のお寺3軒は次々手放した。つまり、「1軒では成り立たない」ということを自ら証明してしまっている。
この状況で、がけっぷち住職が心安らかにできる、涅槃の境地に到達することができるだろうか?
途方に暮れていた時、ふと、ある光景が脳裏をよぎった。
住職の資格を取るために在籍している、通信制大学でのスクーリングの光景だ。
そこには、私のような「お寺を継ぐために強制的に来ている人」は少数派だった。
多くは、定年後の女性や、人生に悩みを持つ一般の方々。「純粋に仏教を知りたい」「心の支えが欲しい」と、目を輝かせて学んでいた。
彼らの多くは、幼いころから宗教的なものや超自然的なものに興味を抱きつつ、社会生活の中でその興味に蓋をしていた。しかし、何かのライフイベントをきっかけに蓋が開き、抑えきれずに大学の門を叩いたのだ。
「仏教を学びたい」というニーズが、これほど世の中に潜んでいたとは。私には新鮮な驚きだった。
私は気づいた。
「コワーキングスペース」や「駐車場」という、小手先の金儲け(ハード)ではない。
人々が求めているのは、「仏教という知恵(ソフト)」そのものだったのだ。
私は、今の大学でしっかり学び、また通信制の大学院も博士課程まであるので、そうしたニーズをうまく拾っていける人材になれば良いのではないか。
そうした「学びたい人」に寄り添えるお寺は、実は多くない。
私は今、「仏教の構造が現代人の意思決定にどのような好影響を及ぼし得るか」を研究している。
この研究こそが、最強のコンテンツになるはずだ。
檀家さんに限らず、地域の人を受け入れて、小さな「学ぶ会」を開く。
会費を少しずつ頂きながら、寺子屋のように、縁日のように、人が集う場所を作っていく。
それは地道な活動になるだろう。コンサルのように一攫千金とはいかない。
しかし、税金におびえることも、総本山に怒られることもない。何より、お寺の「本来的な事業」だ。
金儲けの抜け道を探して迷走したあげく、結局は「王道」に行き着いた。
遠回りのようで、これが一番の近道(涅槃への道)なのかもしれない。
今日も早く仕事を終えて、仏教書を読み込まなくては。
あの仏具屋さんに、「ふん」と鼻で笑われないためにも。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。
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