母のおでんは、戦いの味がする
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まるこめ(ライティング・ゼミ 11月開講コース)
「もう、おでんは失敗せんばい! まかしとって!」
力強い母のこの言葉を聞いて、私は心から安堵した。
思わずドヤ顔になってしまった母から、澄んだ「おでんつゆ」が入ったおたまをもらった。ドキドキとワクワクが交差しながら、私はつゆを口へと運んだ。
「うわぁ……うまぁ」
「ね! すごいやろ! もうバッチリよ!」
口の中で、ふわぁっと出汁の香りが広がっていく。まるで、私のからっぽの、さみしい胃袋の大地に花が開いたような気持ちになった。うまい、本当に、うまい。
「えーこれ、なんが入っとうと?」
「出汁と、薄口醤油と、酒、これだけよ」
空いた口が塞がらなかった。
そんなわけがあるか! そんなことがあるはずがない!
こんなに美味しいのに、そんなシンプルにできるはずがない!
子供の頃からウン十年、母のおでんにかける情熱は凄まじいものがあった。もちろん、おでん以外も基本的に料理は出汁から取って作ってくれていたし、ナンタラの素を使ってる所はほぼ見たことがなかった。そんな「手をかけて作ってくれたごはん」の中でも、おでんへの母のテンションはちょっと異常なほどだ。
「えぇぇぇぇぇ! ちょっと! ちょっと! なんしようと!?」
学校から帰宅するや否や、目の前に鬼の形相をした母がいた。彼女の手には、3L D Kの狭いマンションの3口コンロの上には似合わない、大きな寸胴の鍋が抱えられていた。
中には、これから食べられるはずのおでんが、ナイアガラの滝のように流しに落ちようとしているではないか!
「いやぁ、味がいっちょん決まらんかったけん、捨ててしまうったい!」
いやいや……中に、具あるよ……?
それ、捨てちゃったら今日の晩御飯どげんすると?
せめて、捨てる前に、その、大根だけでも……
引き止めようとするも虚しく、母は一切の躊躇いもなく炊き出しサイズの鍋を軽々と持ち上げたかと思うと、フン! とひっくり返してしまったのだった。
家族に美味しいものを食べさせてあげたい、という母の愛情の深さゆえ……とはいえ、子どもながらにバカでかい鍋を細い腕の母が「えいやっ」とひっくり返すさまは、なかなかショッキングな映像だった。それ以降、おでんをするという告知があっても、さらに盛られるまでおでんが食べられるかどうかは安心できなくなってしまったのは良い思い出だ。
そんな、パッション強めな母から受け継いだおでん。
これまで、何度かおでんつゆのレシピ変更を聞いてきた。
「えぇ!? こんなに簡単になっていいと?」
と、思えば回を追うごとにレシピがシンプルになっていた。手を抜いているわけでは決してないのに、確かにおっしゃる通りでめちゃくちゃ美味しかった。だからといって、出汁と、薄口醤油と酒だけでおでんが仕上がってしまうなんて、にわかにはとても信じられなかった。
「本当に、これでできるのかなぁ……」
最強の寒波が到来する、という予報と「おでんの特集」がテレビで放映されているのを観てしまい、私はおでんを仕込み始めた。
しっかりと出汁をとって
湯抜きをした具材を入れて
酒と薄口醤油を入れる
これだけ、たったこれだけ。
味をみて足りなければ、薄口醤油をちょっと足してみてね。というアドバイスも忘れずに実践した。するとどうだろう、キッチンにふわぁっと安心する匂いがたちこめてきた。
「お! おでん作りよるとね」
ちょうど、母が来てくれた。あと一歩のところがうまく決めきれずにいた私にとって、母の登場はなんとも心強かった。
「あー、これやったらもうちょっと醤油ば足したらよかろうや……」
そういって、薄口醤油をサッと入れておたまをひと回しした。
「ほら、これでどげんね?」
「あぁ、うまいわ」
「ね、よかろう?」
またしても、空いた口が塞がらなかった。
ホントやん……ホントに「うまいおでん」できてしまったやん。
わたしは「うまいもん」には、必ず何かしらの「手間ひま」や「隠し味」みたいなものが入っているものだと思っていた。手間をかけたという「事実」こそが、料理をおいしくするものだと、私は信じていた。
けれども母のおでんが、そんな私の固定観念をあっさりと打ち砕いてしまったのだ。
母のおでんは、彼女の料理の中でも「食卓に上がるまでの戦い」を、他の何よりも戦い抜いてきた歴戦の猛者なのだ。きっと、戦いの中で無駄なものをどんどん削ぎ落としていって、シンプルになったのでなく、洗練された姿があのレシピだったのだ。
今日、こうして何不自由なく美味しいおでんを食べることができるのは、母が「家族に美味しいものを食べさせたい」と思う気持ちを捨てることなく、戦い抜いてきた証なのである。
まだ、私はその高みに至れるような料理を持ってはいない。
いつか、私も母のように洗練された「自慢の一品」を作れるようになりたい。
きっと、これからもたくさん失敗するだろう。
たまに、とんでもないものを召喚する日もあるだろう。
もしかしたら、私も寸胴をちゃぶ台返しのように返す日も来るかもしれない。
それでも、戦いに挑み続けたカッコいい母のように……
包丁を握りしめ、鍋をふるいたい。
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