あの時の微笑みは、私にとって宝物であり、戒めでもある《週刊READING LIFE Vol.345「フリー」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/26 公開
記事:松本 萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ある光景が頭からこびりついて消えず、何年経ってもふとした瞬間にその時の情景がよみがえってくるという経験は、誰しもあると思う。
写真のようにパッとその時の光景が目の前に現れると同時に、歓喜、悲哀、興奮、憤り、焦燥感…… その時自分が感じた気持ちが鮮やかによみがってくる。
「本当に嬉しかったな!」「何であんなこと言っちゃったんだろう……」「今思い出しても腹立たしい」「肝が冷える経験をしたな……」 あの時感じた、様々な思いが再度自分の中でうまれはするものの、時が経っているからか、冷静に振り替える自分がいたりする。
良い経験だったと過去の出来事として捉えている人もいれば、今もあの時の思いにとらわれている人もいるだろう。
この文章を読んでくれているあなたはどうだろう。
楽しかった思い出だろうか、それとも悲しかったり、辛かった思い出だろうか。今でもワクワクするような出来事だっただろか、それとも金輪際経験したくない出来事だっただろうか。
私には二つの忘れがたい光景がある。
どちらも優しい微笑みを私に向けてくれた思い出なのだが、今思い出しても胸がキュッと締め付けられる。微笑んでくれた人の懐深く優しい気持ちに反比例するかのような、自分勝手で幼稚な自分の思考に気づかされた瞬間だったからだ。
今までも、そしてこれからもずっと忘れられないだろう微笑みを私に投げかけてくれたのは、異国の地で出会った少女と、私の祖母だ。
20歳になって迎えた春、私はバングラデシュを訪問した。
バングラデシュは日本と同じく中学校まで義務教育だが、家庭の事情で大半の子供達が学校をドロップアウトせざるをえない中、バングラデシュの子供達に教育の機会をもうけようと活動しているNGO団体が主催するスタディーツアーに参加するためだ。
首都ダッカにある国際空港に降り立った時のことは、今でもよく覚えている。エアコンの効いた空港の建物から出た途端、全方位からのしかかられるような圧迫感を覚えた。時期は3月、バングラデシュはそろそろ乾期が終わる時期ではあったものの、大気中に水分が感じられず、熱気がまるで重さを伴っているかのように感じられた。「ここは日本ではないのだ」と肌で感じた瞬間だった。
翌日からNGOが運営している小学校を見学して回った。都市部の学校は降水量やハリケーンの多い雨期の季節にも耐えられるようレンガ作りの建物になっており、教室では子供達が必死に先生の話を聞き、「答えが分かる人はいますか?」と問われれば積極的に手を挙げて勉強に取り組んでいた。泊まりがけで行ったインドとの国境近くにある学校では、藁でできた掘っ立て小屋の中で、先生の話を一言も聞き漏らすまいと真剣な面持ちで勉強している子供達の姿に胸を打たれた。
当時のバングラデシュでは、リキシャと呼ばれる人力車が主な移動手段だったが、私達はNGOに勤める陽気なバングラデシュ人ドライバー、オシムさんの運転する車が主な移動手段だった。車だとスイスイ移動できると思ったら大間違いだ。「そこのけそこのけリキシャが通る」状態のため、オシムさんは「車が通るぞ!」とアピールするために、ひたすらクラクションを鳴らし続けながら運転をしていた。
最初は鳴りっぱなしのクラクションやこれでもかというほどのリキシャや人の多さに驚いたが、これがバングラデシュの日常なのだとすぐに慣れた。そしてもう一つ見慣れた光景は、信号待ちで車が止まると同時に、老若男女さまざまな物売りの人達に囲まれるということだ。いつもの風景なのだろう、「新聞はいらないかい?」「甘い物はどう?」という呼びかけに、現地の人達は表情を変えずに「間に合っているよ」と返していた。
ある日の昼下がりのことだ。信号待ちで車が止まった時、一人の少女が私達の乗る車をのぞき込んだ。少女の手には花が握られていて、どうやら路上で花を売っているようだった。私達を見て、大きな瞳が更に大きくなった。日本人が乗っているとは思わずにのぞき込んだのだろう。次の瞬間少女は一輪の赤い花を私達の車に投げ込んだ。
「これって押し売りじゃない!?」そう思った私は、「お金を払わないといけないんじゃないの?」と口に出してしまった。
少女はにこっと微笑み、花代を求めることなく去って行った。
スタディーツアー中、毎夜その日の出来事をシェアする時間が設けられていた。参加者の一人が、花売りの少女のことを語った。本来であれば学校に通う年齢なのに、路上で花売りをしているのは、家計を助けるためなのだろ。今日の一輪だって、お金を求めようと思えば求められたはず。でもそんな素振りを見せず、あたかも贈り物かのように花を残して笑顔で去って行った少女のことを思うと胸が苦しい、と。
穴があったら入りたい気持ちになった。
少女が花売りをしている背景を察することもせず、押し売りではないかと勘違いし、しかもその思いをそのまま口にしてしまった自分は、なんと器の小さい人間なのか。
少女ぐらいの年齢の時、私は不自由なく生活し、当たり前のように学校に行き、毎日三食食べられるのは当然の権利だと思い込んでいた。仕事は大人がするもので、私がお金を稼ぐなんてもっとずっと先の話だと思っていた。
バングラデシュでの一週間は、豊かさとは何かをひたすら考えさせられる日々だった。
今でも少女が去り際に見せた微笑みを思い出すことがある。
小さなことでイライラしたり、「なんであの人は、ああも勝手なんだろう」と憤りが収まらないとき、バングラデシュで出会った少女の微笑みがふと頭に浮かぶ。
私はあの微笑みを向けられるに値する人なのだろうか、あの時に比べて少しでも器の大きい人間になれただろうか。
やるせない気持ちになるとともに、「昨日と比べて、1年前と比べて、私は人として少しでも成長できているだろうか」と思い返す情景が、私にはもう一つある。この世から旅立つ数時間前に、祖母が見せた微笑みだ。
私の中で、母方の祖母はいつも微笑んでいる人だった。母から聞いたのだが、祖母は「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」とよく言っていたらしい。偉ぶることなく、当たり前のように周囲を気遣い行動する人だった。
50代になってから始めたスイミングスクールに毎週欠かさず通い、病気らしい病気をせずに歳を重ねていた祖母だったが、私が社会人になって数年後、寝たきりの生活になった。祖母は兵庫に住んでいたが私達は千葉に住んでおり、通うのが難しかったため母が泊まりで介護する生活が続いた。
祖母が亡くなる半年前のことだ。母が7月に祖母のもとに行ったきりになり、そろそろ夏が終わるのではという頃にやっと帰ってきた。話し合いの結果、半月は母がお世話をし、残りの半月はヘルパーさんにお願いすることになったそうだ。
後日ヘルパーさんから、「娘さんのことを思って、お母さまは介護の制度を利用すると決心されたんですよ」と教えてもらったと母から聞いた。祖母は母のこと、そして千葉にいる私達家族のことを気にしていたのだろう。自分がつらい状態でも周囲のことを慮る祖母は祖母らしくもあり、少しせつない気持ちにもなった。
年が明けて、医者より「今年の桜は見られないかもしれない」と余命宣告を受けたと母から聞かされ、祖母に会いにいった。以前会った際はかろうじて椅子に座って出迎えてくれたが、もう起き上がることができなくなっていた。
2月、3月と、週末を使って祖母に会いに行くことにした。ただ、行っても手持ち無沙汰ということもあり、3月は兵庫に住む友人と会ってから行くことにした。友人とのお喋りを楽しんだ後、祖母の家に着いたのは夜だった。
ベットに横たわる祖母に「おばあちゃん、来たよ」と声を掛けた。目を開ける体力がもう残っていなかったのだろう。祖母は目をつむったままだったが、微笑んでくれた。
やってしまったと思った。
桜は見られないかもしれないと聞いていたのに、なぜもっと早く会いに来なかったのだろう。
今朝早くに千葉を出たのに、なぜすぐ祖母のもとに向かわなかったのだろう。
2月に祖母に会った時、別れ際にか細い声で「また来てね」と言った祖母の気持ちを、なぜ無下にしてしまったのだろう。
翌日の未明、祖母は旅立った。まるで私が来るのを待っていてくれたようだった。
人の成功を心から喜べないとき、「なんで私ばっかり……」と卑屈になりそうになるとき、祖母が最期に見せた微笑みを思い出す。いつも笑顔で周囲への配慮を欠かさず、温かく見守ってくれていた祖母にとって、今の私は自慢の孫と言えるだろうか。
私にとって「忘れられない一瞬」は自責の念に駆られるものばかりだ。思い出す度に、温かい光景とは裏腹に、自分がいかに小さい人間かを思い知らされる。
でもどれも宝物だ。自分の至らなさを教えてくれるとともに、そんな私であってもその人にとって微笑みを投げかける対象であったのだということを教えてくれる。
これからの人生で、私にとっての忘れられない一瞬はもっとうまれるかもしれない。それは喜びに満ちあふれた一瞬であるかもしれない。バングラデシュで出会った少女の微笑みと祖母の微笑みを上回るインパクトを私に与えるかもしれない。
そうであったとしても、あの時の私に微笑んでくれた二人の笑顔はいつまでも忘れずにいたいと思う。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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