ひとさじの歴史でお寺を変える。——消失した500年と、残されたわずかな「足跡」を辿る旅《週刊READING LIFE Vol.351「ひとさじの〇〇」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/04/09 公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「このままでは、この場所は死ぬ」
財務コンサルタントとして数々の企業の数字を見てきた私には、その「死の足音」がはっきりと聞こえていた。
妻の実家のお寺で、義父、つまり先代住職が急に倒れた。
夜中の3時。義母からの電話。
寝ている子供を車に担ぎ込んで家族全員でお寺に向かう道中の動悸。
ハンドルを握る手が自然と汗ばんだ。
12時頃に転倒し、起き上がれなくなったのだという。
元々足の悪かった義母は助け起こすことができなかった。
夜中のサイレン。搬送する救急隊員。暗闇の境内に瞬く赤色灯。
妻が付き添い、私はお寺に残って子供を寝かしつけた。
夜が明けて、妻が病院から戻ってきた。
肺炎で体調が悪化し、その状態で転倒したため起き上がれなかったのだという。
そして、そのまま入院することとなった。
入院は先代の足腰の衰えを進めた。
段差だらけの寺院での生活は困難と判断され、そのまま高齢者施設への入居を余儀なくされた。
遠くない将来、自分が仕事をできなくなることを先代は予感しており、住職は弟子の一人が他の寺院と兼務するという形で継ぐ準備がされていた。
しかし、近隣の住職たちはなぜか私が後継に指名した。
本来継ぐべき人が兼務する別の寺院が問題だった。その寺院とこの地域の寺院は、今から80年ほど前まで敵対関係にあったというのだ。
「敵を我が懐に入れる訳にはいかない」
私にとって何の関係も無い理由で、何の用意もなく、ある日突然、私はこの未知の世界へと放り込まれた。
まず、私はお寺の「帳簿」を開いて、愕然とした。
現在の規模では、家族を養うことすらままならない。
先代は、若いころは他に3軒のお寺を兼務していた。
年金をもらえるようになると、他の3件のお寺はそれぞれ弟子に譲った。
このお寺の収入と年金でも、夫婦1組は養うことができた。
しかし、私がこのお寺を専業で営むとすれば家族を養えない。
そして、そのことはもう一つの事実を私に突きつける。
この仕事に「後継者が現れない」という残酷な未来だ。
自分の子供に「食べていけない仕事」を託すわけにはいかない。
しかし、他所から志願者が来てくれるはずもない。
今からでも私が「継ぐのは嫌だ」と一言言えば、500年続いたこの歴史は音を立てて崩れ落ちる。
でも、それは本意ではない。まず最低限しなければならないのは、お金の流れを止めないことだ。
止まれば即、破産。特に見習い期間中の私はお布施を頂いてはならない。下手をすれば自腹を切ってでもこの場所を守らなければならないという、まさに「瀕死」の状態だった
だが、ただ金を得ればいいわけではない。
境内の木をなぎ倒し、更地にして不動産賃貸や月極駐車場にすれば、一時的な収益は得られるかもしれない。だが、それは「お寺」としての死を意味するのではないか。
このお寺が、この地域にあってどんな役割を果たしてきたのか。1000年、2000年とこの先も遺していくべき「実体」は何なのか。その答えを見つけ、地域に望まれる形での「収益モデル」を再構築しなければならない。
私が考えたのは、「このお寺が過去に何をしてきたのか」だった。
うちのお寺がこの地域で何をしてきたのか。どのような役割を果たしてきたのか。
それを知ることで、その役割をまた地域の人に望まれるだろうからだ。
私はこの地区の出身ではないし、きちんとした引継ぎを受けたわけではない。
当然、お寺のルーツについて全然知らない。
窓の外では、我が子が姉妹で自転車の練習に励んでいる。
何度もふらつき、転んでは立ち上がり、飽きると地面の松ぼっくりを拾い、ままごとを始める。
あれだけ楽しそうな笑顔で走り回っている姿を見ると、見ているだけで無条件にうれしい。
でも、おそらく昔は地域の子供たちの遊び場としてもっと大勢の子供が遊んでいたのではないだろうか?
檀家さんの幾人かが、子供のうちのお寺で頃に遊んだ話をしてくださった。
あそこの木に登った話。
手水鉢に泥を入れて怒られた話。
屋根の上を走るのが誰よりも速かったという話。
「うちのお寺」ではなく、「みんなのお寺」だということが少しずつ見えてきた。
そして、年配の方ほど「みんなのお寺」という意識が強かった。
逆に言うと、若い方に「みんなのお寺という意識を持って頂かなければお寺は生き残れない。
「うちのお寺」から「みんなのお寺」に戻さなければならない。
でも、昔の姿が分からない。ルーツをたどる手がかりが見つからないのだ。
このお寺にあるはずの、500年の歴史を、私はほとんど知らなかった。
昭和20年6月に空襲があった。
そのとき、なぜかこの近隣では小学校とこのお寺だけが狙い撃ちのように焼き尽くした。
その火は、500年の歩みを記した古文書や記録を無慈悲に灰に変えた
それが私の知っていることのすべてだった。
そして、先代との引き継ぎも十分に行えなかった。
歴史は二重の空白に包まれてしまった。
手元にあるのは、空襲を焼け残ったわずかな帳面という「ひとさじの歴史」だけだった。
そんな焦燥感の中で出会ったのが、一本のブログだった。
そこには、お寺のルーツが記されていた。
地元の寺院や神社のルーツを丹念に調べてブログ化されている方のものだった。
おそらく、市の図書館などで古文書等を丹念に調べ上げたのだろう。
頭が下がる思いでそのブログを読んだ。そして、多くの事を知った。
中庭に置かれた、ただの石だと思っていた鉢が、実は元禄時代の手水鉢だったこと。
ここでは、歴代の住職が地域の人にお茶やお花を教えていたこと。
「寺子屋」として開かれ、地域の子供たちの学び舎であり、遊び場であったこと。
そして、今、子供が通う小学校の源流が、この境内の中にあったこと。
まさに、「みんなのお寺」がそこにあった。
その事実を知った瞬間、私の視界が変わった。
窓の外では、子供が追いかけっこをしはじめた。そのまま庫裡の中に駆け込んでくる。
「お父さん!」
靴を脱ぐ間もものかしく、私に駆け寄ってきて手をつかむ。
「お砂でケーキを作ったんだよ! お父さんも食べに来て!」
楽しそうに私を引っ張る我が子の姿が、かつてここで学んでいたであろう大勢の子供たちの姿と重なった。
500年の断絶は、一本のブログという「外部の情熱」によって、今、この瞬間と繋がったのだ。
かつてここが担っていた「地域のコミュニティの核」という役割を、現代の形で再生させること。
それこそが、『望まれる収益』を生み出し、次の住職が「専属でやりたい」と思えるような、持続可能な経営へと繋がる唯一の道なのだ。
ルーツを知ることは、未来の自分への「許可証」を受け取ることだ。
私は三年前に会社を興した。自分で本当に大丈夫かと心配だった。
私の父、と祖父、また母方の祖父もみな公務員だった。
「公務員の家系の子に、リスクを取って起業などできるのか?」と。
その思いを覆したのは曾祖父と曾祖母の歴史だった。
曾祖父が運送業で稼ぎ、曾祖母が下宿屋を切り盛りしていたという。
その「ひとさじの歴史」を知ったとき、私の中に眠っていた何かが目を覚ました。
「なんだ、自分もやっていいんだ」、と。
曾祖父母が商売人であったという、たったそれだけの「ひとさじの歴史」。
そこから生まれる何の根拠もない自信が、どれほど今の私を支えてくれているだろう。
今、私の前にある、空襲を焼け残った不格好な帳面。あちこち虫食いや変色がある。
墨書の変体仮名で綴られたそれは、今の私にはまだ読めない。
だが、住職の修行を終えたら、私はこの文字を紐解く勉強を始めるつもりだ。
無くしたはずの歴史を呼び起こすために。
そして、失われた部分を、私の代で新しく書き加えるために。
「ひとさじの歴史」を、ひとさじの情熱で呼び起こす。
もし、あなたが今、何かに迷い、自分の力不足に立ちすくんでいるとしたら。
あるいは、新しい一歩を踏み出す勇気が出ずに、自分という存在の小ささに絶望しているとしたら。
それは、あなたが「自分を一人だと思い込んでいる」からかもしれない。
私たちは、決してゼロから唐突に生まれたわけではない。
たとえ公的な記録が途絶えていようが、家族の記憶が薄れていようが、私たちは数百年の歳月を生き抜いてきた誰かの「情熱」の集大成として、今ここに立っている。
あなたがもし、自分の足元が覚束ないと感じたら、少しだけ後ろを振り返ってみてほしい。
そこには必ず、あなたをここまで運んできた、誰かの温かい「情熱」の跡が残っているはずだ。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。
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