「ライターを目指すなら今すぐこれを買いなさい」と言われた一冊《週刊READING LIFE vol.3「とにかくこの本を読んでくれ」》
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名前:牧 美帆
「牧さんは、編集やライターの経験はどのくらいあるんですか?」
その質問に、私は冷や汗をかいた。そして正直に返信した。「ありません」と。
オウンドメディアをもつ企業は多い。自分の会社でも、昨年「メディアを立ち上げて、自社の情報発信を積極的にやっていこう!」ということになった。社内にメディアに詳しい人がいなかったこともあり、社長のツテで、有名なメディアの編集長を務めた経験があるEさんという方に期間限定でアドバイザになってもらった。
東京にいるEさんとメッセンジャーでやり取りをしたときに、最初にされた質問が、編集やライターの経験。
ライティングを仕事にしたいと思っても、当時はSNSどころかブログもなく、インターネットはごく一部の人しか使っていなかった。
21歳でソフト会社のユーザーサポートとして就職し、それから10年以上、ITの仕事をしてきた。
そして今さら文章を仕事にしたいと、無謀にも会社を辞めてベンチャーに転職したアラフォー。
一言で表すと「ずぶの素人」だ。
きっとEさんは、内心「おいおい大丈夫かよ」と思ったに違いない……。
その後、いよいよEさんに最初の記事を添削してもらえることになった。
私は社内で開催したイベントのレポートを見よう見まねで書き上げ、おそるおそる提出した。
数日後、Wordで提出したその記事は、真っ赤になって返却された。
そしてFacebookで次々にメッセージが来た。
「省略するならカッコをしてその中に正式名称を書いてください」
「この会社、現在は別の社名に変わっていませんでしたっけ? 調べて、カッコで囲んで当時って入れるとか、現在の社名を入れるかをしてください」
「この商品名、ここが大文字では? 確認してください」
「社名、人名、製品名、サービス名は、必ず調べて、正式名称を書いてください」
「不得意な分野ほど、きっちりやること。これは基本です」
記事も真っ赤なら、私の顔も真っ赤。
自分のダメさ加減にうなだれていたところ、追い打ちのように、
「固有名詞以外で私が校正した部分は、ほぼこの本に書いていますから。牧さん、ライターになるなら、今すぐこれを買ってください。そして次からは自分で直してから提出してください」
というメッセージが。
「すみません……」
私はパソコンの画面に向かって謝った。そして、すぐにその本を購入した。
指摘されている部分について「用字用語集」を参照し、ハイライトを引き、付箋を貼った。同じ指摘を、もう二度と受けないように。
例えば、このような箇所について指摘を受けた。
御→ご。
つい漢字にしてしまっていたが、ご縁、ご当地、ご機嫌など、基本は平仮名を用いるとある。また、「御」を使うケースについても、用例が紹介されている。御所、御用達、天下御免といった、固有名詞に近いものは「御」を用いる、というわけだ。
事→こと。
これも私は「事」で書いてしまっていたが、具体的なもの、名詞は「事」、抽象的な「こと」という使い分けがある。
例えば、芸事、事細かに、事柄、事なかれは「事」。あんなこと、うまいこと、聞いたことがないは「こと」。
このように、それぞれの使い分けについて、事例つきで紹介されている。
この「用字用語集」以外にも、たった1,900円の本に、50年にわたって蓄積された「ノウハウ」が詰まっていた。
その本には、「間違えやすい会社名」の一覧が付録として掲載されている。
例えば、キヤノン、キユーピー、富士フイルム。
これらはいずれも大きな「ヤ」「ユ」「イ」で表記するものだ。
開くたびに、思い込みは怖いなとつくづく感じる。
また、「登録商標と言い換え」の事例もふんだんにある。
何気なく使っていた言葉が、実は登録商標だった、ということは、ありがちだ。
例えば私が最初に勤めたのは「鍵盤ハーモニカ」を売っている会社だったが、うっかり「ピアニカ」と発言し、部長に叱られた苦い経験がある。
他にもサランラップ、シーチキン、セロテープ、バンドエード……それぞれについて、一般名称が紹介されている。
あとは、「誤りやすい語句」も必読だ。出だしの「愛想をふりまく」「明るみになる」から既に「これうっかり間違えそう」という言葉のオンパレード。「余計なぜい肉」とか、普段から連発していそう。
とにかく、読んでるだけでも国語の勉強になる一冊だ。
それからも何度かEさんの校正を受け、無事、最初の記事を、会社のサイトから世に出すことができた。数本の記事についてアドバイスを受けたのち、Eさんとの契約期間が終了した。
Eさんは、こんな言葉をくれた。
「牧さんはライティング未経験だと言いますが、僕はそうは思いません。ユーザーサポートも、記事を作るのも、一緒ですから」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。お客様が第一である、お客様を大切にするという意味では、一緒ですよ。自社のサイトに訪れるお客様が求めるものを、牧さんらしい切り口で出せればいいんです。自信を持ってがんばってくださいね」
「わかりました、ありがとうございます!」
回り道は、決して無駄ではなかった。
その言葉は、今も私の励みになっている。
あれから1年と少し。
その後、Facebookで天狼院書店を知った私は、いくつかのゼミに参加して、30回近く課題を提出した。メディアグランプリの掲載率は高くないが、少なくともリーダビリティについて指摘を受けたことはほとんどない。それはこの本のおかげかもしれないと思っている。
もちろん、この本に書いているようなことだけがリーダビリティのすべてではなく、それはぜひライティング・ゼミを受講して確認してほしい。
そして、必ずしもこの本のとおりに書かなければいけない、というわけでももちろんない。店主の三浦さんは講義の中で「僕は漢字とひらがなの配分を自分で計算して書いている」と述べていた。しかしそれは、20代の頃に毎日1万字以上を書いていたというご経験から導き出されたものであり、書く量が足りないうちは、こういった本の力を借りるのも、一つの方法ではないだろうか。
この「共同通信社 記者ハンドブック 新聞用字用語集」は、昭和31年に初版発行、その後も版を重ね、現在は第13版が最新となっている。
その前身となる「ニュースマンズ・ハンドブック」は昭和24年発行だ。
昭和24年といえば、戦後の間もない時期である。
歴史の教科書や資料集に掲載されている、昔の新聞や資料を見て「なんでこんなに難しい書き方をするんだろう」と驚いたことはないだろうか?
難しい漢字の言葉は、ただ平仮名にすれば良いというものではない。たとえば「欺瞞」という言葉は、ただ「ぎまん」としても意味がわかりづらい。「偽り」「ごまかし」などと言い換えるとわかりやすくなる。
この本は、戦後、わかりやすく国民に情報を伝える流れの中で、漢字と仮名の使い分けや言い回しを統一していこうと出版されたものだ。「正しく伝わる日本語のために 共同通信社記者ハンドブックの成り立ち」という文献には、現代仮名遣いで書こうとしても、旧仮名遣いが顔を出してしまう当時の記者の苦労や、編輯の「輯」の字が使えなくなったので、「編集」にするか「編修」にするかで意見が対立したという興味深いエピソードが紹介されている。
そんな60年にわたる「リーダビリティの結晶」のような本が、わずか1,900円で手に入るなら、安いものではないだろうか。
❏ライタープロフィール
牧 美帆(Miho MAKI)
兵庫県尼崎市生まれ、大阪府堺市在住のコテコテ関西人。
幼少の頃から記憶力に難ありで、見聞きしたことを片っ端から忘れていくが、文章を書きつづり、ITを使い倒すことでなんとか社会人として生き延びている。
ITインストラクター、企業のシステム管理者を経て、現在は在宅勤務&副業OKのベンチャー企業でメディア全般を担当。趣味は温泉。
メディアグランプリ週間1位3回/READING LIFE公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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