聖夜、レディ・ガガの映画『アリー』を観て、カップルの中で一人のおっさんが号泣していた話《天狼院通信》
記事:三浦崇典(天狼院書店店主および『殺し屋のマーケティング』著者)
あんな大惨事になる予定ではそもそもなかった。
まあ、計画的に大惨事になる人はいないだろうから、大惨事とはそうして偶発的に起こることなのだろう。
天狼院コンテンツ・サーカスも終盤に差し掛かり、われわれ、コンテンツサーカス団は仙台を訪れていた。
午前中の僕担当の「最強の時間術講座」も終わり、次は僕が講師ではなかったので、どこかの喫茶店でパソコンを広げて仕事をこなしてしまおうと思っていた。
それで、昨日の夜に見かけていた、仙台駅近くのパルコの1階にあるタリーズがちょうどいいと考え、そこに向かった。
が、タッチの差で、席を逃した。
そう、そこで席を得ていれば、きっと普通通りに仕事をこなしていただろうから、あんな大惨事にはならなかったはずなのだ。
運悪く、タリーズの最後の席はタッチの差で埋まり、運悪く、タリーズから外に出ると、TOHOシネマズのポスターが目に入った。
レディ・ガガ主演の『アリー』が公開されているという。
講義が終わるまで、三時間ほどしかなく、上映開始時間が、もしあと30分遅ければ僕はこの映画を観なかっただろうし、また、逆に上映時間があと30分早ければ、もう上映が開始されていたので観られなかっただろう。
ところが、ドンピシャのタイミングで上映があった。
運悪く、まだ席が空いているという。
しかも、今日はクリスマス・イブである。
映画館は、カップルで溢れている。
出張でちょっと喫茶店に寄って、運悪く、映画のポスターを観てしまったおっさんが、カップルの間でひとりポツネンと映画を観るのも、カップルたちの何かを汚すようで憚られた。
が、気づけば、エスカレーターでTOHOシネマズの階に来てしまっていた。
予想通り、カップルでフロアはいっぱいだった。
おっさんが一人というのは、たぶん、いない。
しかし、旅の恥はかき捨てなぞと言うではないかと開き直り、チケットを買った。
前提条件を言っておくと、僕はレディ・ガガが好きだ。結構好きだ。
彼女のアルバムをヘビーローテーションで聴いていた時期もある。
そして、もう一人の主演である、ブラッドリー・クーパーも最高に好きだ。
僕の小説『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社)は主要人物がスナイパーなので、クリント・イーストウッドが監督をし、ブラッドリー・クーパーが主演した『アメリカン・スナイパー』は小説の参考資料として繰り返し観ていた。
レディ・ガガもブラッドリー・クーパーも、大好きである。
ただし、僕が好きなのは、歌手のレディ・ガガと役者のブラッドリー・クーパーであって、役者のレディ・ガガも、歌を歌うブラッドリー・クーパーも、ましてや監督をするブラッドリー・クーパーも未知数だった。
未知数と言うより、観る前から怪しい雰囲気が漂っていた。
世紀の駄作になっている可能性が高いと、観る前から思っていた。けれども、二人が好きである僕にしてみれば、この映画を観ないという選択肢は存在しなかった。
つまり、あまり、期待しないで観たということだ。
また、一つ、恐怖もあった。
今、バズっている映画『ボヘミアン・ラプソディ』より、はるかにつまらなかったらどうしようとザワザワと思った。
なぜなら、僕は『ボヘミアン・ラプソディ』を二度観て、世間の大絶賛の大合唱とはうらはらに、酷評と言っていい記事を書いていたからだ。
これで、大好きな二人の映画が、とんでもなくつまらなかったら、やるせない。
映画館は、12月24日で、さらに振替休日ということもあって、ほとんど満席だった。
僕の周りは、カップルやおそらくレディ・ガガのファンの女子同士の観客で埋め尽くされた。
一人で観ていたのは、もしかして、本当に少なかったかも知れない。
映画が始まると、当初の予感や心配は、一気に払拭された。
まず、ブラッドリー・クーパーの歌が上手い。
まじで、上手い。
え、まさか、吹き替えで歌っているのか?
と思うほど、上手い。
で、レディ・ガガの演技がとても自然で、歌手であることを、結構冒頭で忘れてしまうくらいだった。
とても自然な演技をする新人女優が、スクリーンの中にいた。
最初の方から、物語はテンポよく進み、小さなクライマックスが連発でやってきたので、一気に引き込まれた。
面白い。実に面白く、キャラクターの設定の仕方もいい。
ネタバレすると困るのであまり言わないが、とにかく、駐車場のシーンで、僕は一回目、泣いた。
やられた。
アリーにやられた。あ、アリーとは、ガガのことだ。
軽く、一発効いて、ダウンを喫したボクサーのように、僕は泣いた。
そして、前半部分のクライマックスで、映画を観ながら、心中で喝采を送っている自分がいた。
面白い、やばいくらいに、面白い。
ただ、まだ、一抹の不安があった。
最初、飛ばして、最後に失速してしまう映画を過去何本も観たことがある。
クライマックスを最後に持っていかずに、失速させて、それがオレの作風だ、なぞと勘違いも甚だしい映画もある。
ブラッドリー・クーパーは、本職が役者であって、監督でないはずなので、そうなる懸念があった。
ところが、である――
結果からいうと、僕は最後のシーン、嗚咽し、号泣していた。
『ダブリンの街角で』やキーラ・ナイトレイの『はじまりのうた』が大好きだけど、それより、はるかにいい!!
『ボヘミアン・ラプソディ』を、もうぶっちぎっている!!
『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』も大好きで映画館で何度も観ているけど、それ以上に何度も観るの確定!!
もう、手の甲で涙を拭うのでは間に合わずに、身を捩らせて、ズボンの後ろポケットからハンカチを取り出し、決壊した涙を押さえ続けた。
が、涙が、全然止まらない。もう、ヒックヒックと音が出てしまいそうなくらいである。
これは、まずい。
状況を考えると、非常にまずい。
今日は、聖夜である。
この映画館で観ている多くのカップルにとって、特別な日であり、特別なデートであり、特別な映画である。
なのに、視界に、ハンカチで目を押さえながら、ヒックヒックと肩を震わせて、号泣しているおっさんを見かけたら、なんと思うだろうか。
興ざめではないか。
このほとんど満席の映画館で、おっさんが号泣してることは、奇妙であり、公共の福祉に大いに反することだと僕は思う。
なのに、ブラッドリー・クーパー、残酷ではないか。
めっちゃ、泣けるシーンを最後に持ってきて、エンドロールって、なに!?
僕のこの完璧に泣きはらした目や水分をどうしろって!?
到底、エンドロールでなんとかできる状態ではない。
たぶん、この映画館の誰よりも泣いていた自信がある。
たしかに、斜め後ろの、女子二人組も、結構鼻を啜る音は聞こえたが、こっちは嗚咽である。
文字通り、号泣である。肩を震わせている。
ああ、せめて、エンドロールが長ければなんとかなるかもと、最後の希望にすがるが、ブラッドリー・クーパーめ、悪魔か、お前は!
短いじゃないか!
もっと、多くの人に感謝しろよ!
誰々に捧ぐを、頼むから、50人分くらいやってくれ!!
さもなければ、さもなければ、おっさんの醜態が聖夜の映画館で晒されるではないか――
そして、映画館は、徐々に明かりが灯された。
ふう、と僕は息をついて、諦めた。
ほんと、とんでもない目に遭った。思い出に残る、聖夜となった。
最高か、レディ・ガガ。
最高か、ブラッドリー・クーパー。
最高か、『アリー』。
■ライタープロフィール
三浦崇典(Takanori Miura)
1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社)を出版。ソニー・イメージング・プロサポート会員。プロカメラマン。秘めフォト専任フォトグラファー。
NHK「おはよう日本」「あさイチ」、テレビ朝日「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」講師、三浦が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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