チームラボはデートで行くな《週刊 READING LIFE vol.19「今こそ知りたいARTの話」》
記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
今日の約束は本当なのだろうか。少し緊張しながら、お台場に来た。
人人人人人人、、、、、、
観覧車の下には、建物の端で曲がり、向こう側まで続いていた。
15時半、お台場。5分遅れて、彼女がやってきた。
1週間前、初めてメールをもらった。
Hi Mr.Sagittarius と書いてある。英語のメールだった。
なんだ、Sagittariusって?
検索すると、射手座という言葉らしい。私の別名である。
英語でコミュニケーションできるか? と書いてある。
ニューヨーク在住で、しばらく日本に滞在します。おっさんレンタルのサイトであなたをみて興味を持った。日本滞在中に、あなたをレンタルできないだろうか。
もし、あなたが英語が話せるのならば。
少し迷って、返信をした。
I can communicate in English,a liitle.
と書いてから、a little を消した。
自分を追い込んでなんぼだ。グローバルなオファー、受けなくてどうする。
しかし、今日を迎えるまでに、スケジュールが慌ただしくなってしまった。
14時45分まで打ち合わせがかかり、駅まで走って走って、虎ノ門からお台場へ。
夜も19時に品川、緊急の修正依頼がはいったのだ。
こんな状況になるとは。少しだけイラついた気持ちをおさえていた。
どうにか笑顔を作って、挨拶をした。すぐに行列へと並んだ。
観覧車に並んでいるのではない。
行列の正体は、チームラボ ボーダレス。
10000㎡と言われる広大な敷地に繰り広げられるデジタルアートミュージアムだ。
「どこに行きたいのですか?」 とメールで質問したところ、彼女は、迷わずここを指定してきた。
チームラボといえば、デートスポットとしても人気だ。でも、我々は単なる同行者だ。
なんだか、不思議な気分だった。
入場までの間に、自己紹介をした。北京出身でニューヨーク在住だという。
ゆっくりと話してくれるのは、こちらの英語力に気を使ってくれているのだろうか。
長い列の割に、30分ほどで、中に入ることができた。
注意事項の説明を受けるところまでは、がちゃがちゃとした日常だった。
しかし、暗い廊下からカーテンを開けた瞬間、世界が変わった。
一面に広がる、花。花びらが咲き、動き、集まり、また離れていく。お互いの顔にも
赤や黄色、ピンクの花が咲いている。投影されている、というのではなく、花の世界に
自分たちが投影されているかのような感覚だ。
彼女のスマホを渡されて、写真を撮った。ここでは、正面からの記念写真のような撮影は
ない。この世界の一部として、人も映るのだ。ゆったりとした音楽の流れる中、1秒たりとも
同じシチュエーションはなく、少しずつ変化していく世界。
いくつかの小部屋には、絵のようなフレームがあった。そこでも、少しずつ変化しながら
絵が完成していく。もはや、目と耳は、感覚を奪われていた。
私たちが絵を観る時、作品に向き合い、何かを読み取ろうとする。
ここでは、そんな感覚がなかった。私たちも、もう、作品の一部なのだ。
少し歩くとまた、別の世界が現れる。水音が聞こえ、滝が現れる。小さな丘に流れていく滝。
滝の面にも花が何メートルも縦に連なっている。見回しても、見上げても、その世界観から逃れることはできない。もはや、会話はしない。目を見合わせるだけで驚きしかなかった。
更に進むと、無数に吊るされているLEDライトの空間。みなさんもよくSNSで目にしていると思う。
雨が固まったようでもあり、空から無数にオーロラが降り注いでいるようにも見える。
床は一面、ガラス張りだ。LEDの光は、時間によって色を変える。光の動きも変わる。
また、写真を撮った。記念写真ではない。LEDを背景に、彼女がシルエットになるような、
印象的なアングルだ。周りの人も、思い思いのアングルで写真を撮っている。そう。ここは、
作品を鑑賞するだけではなく、自分も作品になるような空間なのだ。アプリでこの光をコントロールしながら、写真を撮ることもできる。こんな楽しみ方のできる空間があっただろうか。
大きな風船に押しつぶされそうになる空間。風船は色を変え、形を変え、私たちに迫ってくる。シンプルな空間なのに、どうして、こんなに感覚を刺激されるのだろうか。まるで、子どもに戻ったような気持ちで風船と触れ合う瞬間を楽しむのだ。
あっという間に時間がすぎる。ながーい行列ができていた。次の展示は、60分待ちだという。
「見てみたい」 と彼女が言うので、並ぶことにした。
並んでいる時間、こんなに退屈しないアートがあっただろうか。左右の壁には、花が咲き、動物に変化する。その横を、人間の行列がゆっくりと通る。投影されているというには、あまりにクリアで、繊細な動きをしている。遊園地のデモンストレーション映像とは違う。なんども同じものが繰り返されるのではない。長い時間をかけ、ゆっくりと変化していくのだ。それは、生き物の動きを見ているかのようだった。並んでいる間に、彼女は、ポツリポツリと話をしてきた。恋愛でなかなか素直になれないこと。距離感がつかみづらいこと。ゆっくりとした英語を聞き漏らさないように、集中した。
海外でも日本でも恋愛の悩みは、そんなに違わないのかなとも思った。なかなか素直になれない彼女の気持ちが想像できた。仕事とプライベートのバランス、お互いの都合、日常のすれ違いが重なっていくのは、いかにも、な悩みだった。
目の前に、真っ暗な長い階段が見えてきた。この階段を登れば、次の展示だ。轟音が聞こえる。
ちょっとした驚きの声も聞こえる。階段の半分までが1グループのようだ。私たちは、次だ。
音が止まった。
「2人一列で進んでください」
下を見ると数メートルの高さのネットの上にでた。みんな横になっている。
大きなハンモックの上にいるようだ。空が動き出す。空というより宇宙に近いのかもしれない。
小さな光が走ったのをきっかけに、全方位で映像が動きだす。いや、映像には見えない。自然現象にしか見えないのだ。この視点は、人間の視点なのだろうか。何かもっと違った視点で360度いや、球体すべてをみているような気持ちになった。いままでにない感覚を味わったその時間は、あっという間におわった。彼女は、どう感じたのだろうか。さきほど悩みを話したときの、少しくらい表情から、何かが
すっきりした表情をしていた。私もすっきりしていた。この後の打ち合わせ、大きな心で臨めそうな気がしてきた。あの大きな視点のおかげで。
いままで、アートとは、向き合って鑑賞するものだと思っていた。美しさに心動かされたり、共感したり、自分を重ね合わせたり。作者の意図を想像したり、時代背景を連想したりして、思いを馳せたり。しかし、お台場での体験は、全然違っていた。
作品の中に入り込み、五感で体感する。だけではない。普段の生活では、経験したことのないような視点にたつこともできる。まるで、アートの中に丸々飲み込まれたような心地よさ。
デジタルでありながら、体の感覚に一番近いアートかもしれない。
アートは手作りという昔ながらの概念を打ち破って作られたアート。
自分も概念にとらわれていないだろうか。もう一度胸に手を当てて考えてみた。
これがデートでなくてよかった。デートだったら、たくさんのものを見逃していたと思う。
もちろん、デートだったら、素敵な思い出になるだろう。美しさを分かち合うこともできるだろう。
壮大な空間で、甘いやりとりもあるだろう。でも、どっぷりと、その世界にひたることはどうだろう。
アートとの向き合い方、没入感は、異性との距離感を意識しない方が得られるのではないか。
今回は、言葉にしない同行者だったからこそ、細かな部分まで、ゆっくりと感じ取ることができたのではないか。おそらく、彼女もそうだったと思う。普通に同行だったからこそ、よりアートの中にしっかりと飲み込まれた気がする。本当に好きな映画や本は、集中して楽しみたい、というあれに近い感覚だ。
心からの笑顔で、彼女と別れ、次の打ち合わせへと急いだ。
そしてあれから、3ヶ月、季節によって変わるあのデジタルアートは今、
どんな冬景色を見せてくれているだろうか。今度は、友だちと行こう。
これは決して、負け惜しみでもなんでもない。
ないよ!
❏ライタープロフィール
千射手座右聴き (天狼院公認ライター)
東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演
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