週刊READING LIFE vol.24

目を凝らせば仕事はどこにでも転がっている!《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:津田智子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「24時間、戦えますか。ビジネスマーン、ビジネスマーン」
 
私の大学時代、にエナジーードリンク、「リゲイン」のCMで毎日のように流れていたキャッチフレーズだ。大学卒業後の選択肢として、当時の私には大企業の会社員以外は全く思いつかなかった。大学4年になると「就職したら馬車馬のように働かされることになるのだから、今のうちにたくさん遊んでおかないとね」と毎日のように友達同士で確認し合っていた。
 
私は結局、保険会社に就職し、毎日17時きっかりに退社する生活を始めたが、その後も私の仕事観は変わらず、長らく仕事は会社でするもので、会社員以外にお金をもらう手段はないと思い込んでいた。保険会社で幾つかの部署を経験し、その後、何度か転職もしたが、相変わらず会社に勤めている。
 
会社員になれば自動的に銀行口座には給料が振り込まれるので、経済的不安にさいなまれることなく安心して日々生活できる。それは非常にありがたいのだが、残念ながら私がこれまで携わった仕事は、保険契約にかかわる書類事務、証券市場での売買にかかわる事務処理、海外企業ニュースや会議資料の翻訳など、書類やパソコンに向かう作業ばかり。人と対面する機会がないので、人や社会の役に立っているという実感を持ちにくい。
 
今は投資顧問会社でレポートを翻訳しているが、巨大な金融市場でどうお金が動いているのかなど、はっきり言って誰にも見えるわけがないし、予想も不可能だ。そういう訳のわからない世界を相手にしていると、しばしばもっと具体的なことに触れたくなる。目に見えるものを扱いたくなるし、身体や心を動かしたくなるし、人と交わりたくなる。

 
 
 

そんなモヤモヤを抱える中で、先日、「生きるを編む~大事にしたいこと・人と仕事を結び直す働き方」というタイトルの講演を聴きに行った。講師の1人、伊藤洋志さんは仕事づくりレーベル「ナリワイ」を主宰。生活に根差した仕事の創出や、頭と体を鍛える働き方を提案している。
 
生活と仕事が乖離している私には、生活密着型の仕事づくり、というテーマが何より魅力的だった。講演後にご挨拶に行くと、精力的に面白い活動をしていらっしゃるのに、ガツガツしたところは全くなく、控え目で、とても気さくな方だった。そんな伊藤さんに惹かれ、私は早速、図書館で彼の著書「ナリワイをつくる~人生を盗まれない働き方」を借りてきた。

 
 
 

伊藤さんの仕事は「仕事の自給」だ。起業というと、一般的には銀行からお金を借りて、設備投資をして、といったイメージがあるが、それはハードルが高く、誰もが手を出せることではない。そこで、彼はもっと気軽に仕事をつくれないものか、と研究し始めた。彼はこうしてつくった仕事を「ナリワイ」と呼ぶ。
 
ナリワイは、生活を充実させる中で出てくるもので、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技も身に付く仕事を指す。現代資本主義へのアンチテーゼだ。
 
昔は誰もが自分の生活を自分で賄っていた。誰もが農家であり、大工であり、染め物もやれば陶器も石垣も作っていた。春は養蜂、冬は藁細工などと、季節ごとに仕事が変わるのも当たり前のことだった。仕事と生活と一体化し、仕事は正に生きる技、生業だった。
 
ところが戦後の高度成長期にこうした働き方が一気に消滅し、仕事と生活が分かれ、多くの仕事が大企業に吸収されてしまった。大正時代の調査によれば、当時は3万5,000種もあった職業が、今では2,200種弱にまで減少している。
 
今や大半の人にとって、働くことは会社に入ることを意味する。多くの人にとって、仕事は会社のために生活を犠牲にすること、自分の時間と健康を切り売りしてお金と交換する手段になってしまっている。伊藤さんはそんな私たちに「人生を盗まれていませんか?」と問いかけてくる。

 
 
 

伊藤さんによると、矛盾だらけの現代社会には、ナリワイのネタは無限にあるという。月に3万円程度しか稼げない仕事は、ニッチなので誰も注目しない。穴場の市場なのだ。月3万の仕事でも、10個やれば30万になる。
 
伊藤さんは、アマゾンで自分の本が数百円で販売されているのを見ると、さらなる価値低下を防ぐために自身で大量に買い込み、イベント開催時などに定価で販売しているという。これも彼にとってはナリワイの1つだ。
 
自分も相手も得する具体的なことを見つけられれば、それが仕事になる。地方への移住者であれば、車を運転できなくなったお年寄りを町まで乗せてゆくとか、草刈りや力仕事をするとか、地元の人たちの困りごとを解決すればよいのだ。
 
伊藤さんが最初につくったナリワイは、モンゴル武者修行ツアーだった。ボランティア活動でモンゴルに行ったときに、知り合いになったモンゴル人が人集めに困っていたのがきっかけだった。彼自身、既存のツアーに不満があったこともあり、現地の人と生活しながら遊牧技術を身に付けるプログラムを開発した。
 
そのほか、これまで梅農家の友人の収穫の助っ人、商品開発の手伝い、結婚式のデザイン、シェアハウス運営、農作業着ブランドの立ち上げと販売、床張りやブロック塀破壊のワークショップ開催など、数多くのナリワイを立ち上げ、営んできた。
 
ページをめくりながら、伊藤さんがイキイキと働いている様子が目に浮かぶ。仕事イコール会社員という枠を飛び出し、多くの人を巻き込みながら、生活を充実させる手段を仕事に結びつけている。あ~、こんな働き方もあるんだ……。

 
 
 

ナリワイは、自分で品物を考え、値段を決め、お客さんと会い、物やサービスを提供して対価を得る。個人が全工程にかかわるため、日々多くの発見がある。自分の事業なので高い集中力も保てる。
 
「暮らしの手帖」を創刊した花森安治氏は「生活をおろそかにした結果として戦争がおこった。だから自分は生活を大事にするための雑誌を作った」という趣旨のことを述べていたという。まともな判断力を保つためにも、生活をおろそかにしてはいけない。そういう意味でも、ナリワイを持つことは大きな力になる。
 
ナリワイ10か条には、「やると自分の生活が充実する」「自力で考え、生活をつくれる人を増やす」「提供する人と、される人が仲良くなれる」「実感が持てる」「専業じゃないことで、専業より本質的なことができる」「頑張って売り上げを増やさない」「自分自身が熱望するものをつくる」などが定められている。
 
自分自身を振り返ってみると、お金にはなっていないものの、SNSや天狼院書店のライターズ俱楽部を通じて文章を書くことや、NPO法人で講座やイベントを企画運営することが、ナリワイに近いかもしれない。

 
 
 

伊藤さんの別の書籍「小商いのはじめかた」では、さまざまなナリワイの事例が紹介されている。料理のレシピをラップで紹介するミュージシャン、柿渋染めで布雑貨を制作販売する人、サボテン好きが高じて多肉植物を販売を始めた人、トランクに本を詰めて全国あちこちで販売するという、旅する本屋さん、カーゴバイクで移動するケーキ屋さん、自分で栽培した小麦でパン屋さんとカフェを運営する人、壺焼きのやきいも屋さん、独学で服作りを学んでファッションブランドを立ち上げたデザイナーなどなど。
 
読んでいると、何だかワクワクして来る。世の中には、面白いことをやっている人がたくさんいるのだ。勇気が湧いてくる。自分ももっと何かできそうな気になってくる。楽しいことが周りにたくさん転がっているのに、会社員だけで満足している場合ではない!

 
 
 

リゲインのCMがはやった30年前から仕事観は大きく変わった。もはや右肩上がりの経済成長は期待できないし、24時間働く時代でもない。巷では働き方改革が叫ばれ、仕事と生活の充実が重視されるようになってきた。ナリワイを手掛けやすい時代だ。
 
伊藤さんの本を読んで大きに刺激を受けたが、今の私にとって仕事を辞めるのはあまりにリスキーすぎるし、辞めてまで手掛けたいことも思い当たらない。しかし、ナリワイを立ち上げるくらいならできそうだ。仲間は増えるし、本業で得られない喜びや充実感も得られるだろう。
 
50歳を前にして、ワクワクが止まらない。
 
 

❏ライタープロフィール
津田智子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
京都府で生まれ、神奈川県で育つ。慶應義塾大学卒業。現在は金融機関で運用レポートの日英翻訳を担当。米メディアで7年間、企業ニュースを英日翻訳していた経験も持つ。英検1級。好奇心旺盛で旅をこよなく愛し、20~30代は長期休暇のたびに海外へ。これまで訪れた国の数は50以上。40歳を超えてからは、山登りや農村巡りなど国内の旅を楽しんでいる。奥多摩の御岳山で毎年滝行に励み、出羽三山の山伏修行にも3度参加。山伏名は「聖華」。2017年、天狼院ライティングゼミを通じて、文章による自己表現に目覚める。また、コミュニケーション力を磨くため、産業カウンセリング講座も受講中。

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2019-03-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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