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船を漕ぐだけじゃ、ダメなんだ 《週刊READING LIFE Vol.77「船と海」》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)

 
 
船を作って1年経った。小さな船。資本金100万円の広告制作会社だ。
小舟に仕事が積みきれない、よし、作っちゃえ。と慌てて起業をした。
なんの志もなかった。なんのビジョンもなかった。
いやむしろ、考えている余裕はなかった。人様の会社の新商品コンセプト、
広告戦略、アウトプットなどを考えているだけで時間が経っていった。
 
小さな船はただただ、巨大な海流に乗って、反対側の大陸に突き進んでいったのだ。
とにかく、仕事が途切れなかった。起きたら始業。寝る時が終業。
2019年、半年たたないうちに、前年のフリーの売り上げを超えた。
「このままじゃ、殺される」
危機感しかなかった。所得税に地方税、個人事業主税、全部上がることは間違いなかった。さらには、国民健康保険も、間違いなく最高ランクの支払額だ。
どうするんだ俺。翌年収入が少なくて、払えないかもしれないな。
そう、大波に乗って得た利益は、税金や社会保障の荒波に簡単に飲まれそうだった。
 
さらに、できたばかりの船ではあるが、船長は年寄りだ。
年齢的にもこんなに仕事がくることはないだろう。
フリーランスを辞めて、会社にするしかない。
不安定だけれども、自分と家族だけなら、なんとかなるだろう。
そう。生き残るためだったのだ。
時間稼ぎをしつつ、次の展開を考えないと、と思ったが、とにかく時間がなかった。
どこに向かっているのか、わからないまま、船はすごいスピードで進んでいった。
 
向こう岸の大陸の影が見えてきたのは、3月だった。
仕事の多くは年度末で一段落を迎えそうだった。
「4月になったら、落ち着くだろう。そのときに、考えよう」
そう思っていた。
 
ところが、だった。新型コロナウィルスの猛威で緊急事態宣言が出る事態になっていた。向こう岸に見えてきた大陸はまるで、暗黒大陸のようだった。
が、仕事は途切れなかった。
「新型コロナウィルスに対応した、広告を考えてください。いや、広告に限らずコミュニケーションを考えてください」
というオーダーがきたのだ。
 
みなさんもご存知だろう。
大手企業が、自社のロゴの文字を離すことでソーシャルディスタンスを呼びかけているのを。芸能人が手洗いの動画をYOUTUBEにアップしていることを。
普段の広告活動とは違ったアイデアが求められるようになったのだ。
タイムリーに企画を進めたいから、とにかく時間がない。
非常時だから予算はかけられない。外出の自粛が求められているから、大掛かりな撮影などはできない。世の中のためになることはしたいけれど、あわよくば売り上げにも結びつけたい。でも、あからさまになりすぎて、炎上はしたくない。
かなりの制約の中で、アイデアを出し続ける日々が始まった。
 
4月になったら、大陸に停泊するはずだった小さな船。
大陸は蜃気楼で、目の前には嵐が吹き荒れていた。
迷いながらも進む。そして、この海の先に目的地はあるのだろうか。
さらに荒波に襲われて、沈みそうになることはないのか。不安はだんだん強くなった。
 
そして、嵐の海を見れば、波間からたくさんの手が伸びていた。
「助けてほしい」
「営業できない」
「補償がほしい」
シェアオフィス仲間のグループLINEでは、補償や補助金の話が飛び交っている。
ニュースでもそんな話題が満載だ。
あとからあとから、バーや居酒屋から、クラウドファンディングのお誘いがきた。
 
クラウドファンディングを支援したあと、ふと思った。
もし、うちの会社から仕事がなくなったら、この人たちは助けてくれるだろうか。
バーは常連さんに助けてもらえる。
でも、うちのクライアントは会社組織だ。
ピンチのときに、寄付してくれるとは思えなかった。多少仕事は回してくれるかもしれないが、その場しのぎにしかならないのでは、と思った。少し空気の入った浮き輪のようなものだ。
 
小さな船は、大きな船の周りで守られていただけかもしれなかった。
 
一方で、新しい船を作り始めている人たちもいた。
テイクアウトを始めるお店。
動画配信を始める企業。
各所でオンライン講義もどんどん始まっている。
 
この違いはなんだろうか。考えてみた。
新しい船を作り始めている人たちは、同じ海にでていこうとしているのだろうか。
いや、違うのではないか。
 
新しい海にでていこうとしているのではないか。
お客さんに安心してもらえて、かつ、ルールを守れる方法はないか。
対面の時間を少なくしてできるビジネスはないか。
この自粛期間に何ができるか、知恵を絞っていた。
 
我が社は、この工夫をしているだろうか。
ふと考えてみた。
まず、動画で人を撮影することが難しくなる。少人数での撮影、もしくは、
アニメーションや撮影済の動画を使うことが多くなるだろう。
次に、対面で打ち合わせやプレゼンをすることが難しくなる。
ZOOMなどのビデオ会議アプリを使いこなし、効果的なコミュニケーションを
することが大切になる。
さらに、対面での営業ができなくなる。挨拶に行けなくなる。飲みに行けなくなる。
つまり、クライアントさんや見込み客と密なコミュニケーションを取る方法が変わってくる。
こういった変化に対応することが大切だろう。船の仕組みを変えなければならない。
 
でも、それだけでいいのだろうか。
対応だけでいいのだろうか。
 
ちょっと考えてみた。
テイクアウトのお店がすべて流行っているか。
動画配信がすべて見られているか。
オンライン講義がすべて好調か。
 
そういうわけでもないだろう。
5000円以下で美味しい、とミシュランが選んだお店のお弁当は、
瞬時になくなるそうだ。
秋葉原のmograというクラブが中心になった無観客のDJ配信は同時接続10000人近くにのぼり、投げ銭などの売り上げも好調だったと言う。
そしてこれを書いている今、4月18日土曜日に行われているblockFM festival。
charaやTaku Takahashiなどアーティストが自宅からLive配信するのを
38万人が視聴し、物販なども行われている。
イベントのチケットを管理するwebServiceのpeatixなども、
オンラインセミナーやイベントが目白おしだ。
 
もっと目を配れば、メガネスーパーが買い物代行サービスを始め、
家電メーカーがマスクを作り、海外ではハイブランドが医療関係者の防護服を
作る時代だ。
 
これらを見ていると思う。
もしかしたら、新しい海を探すことが大切なのではないか。
今、必要とされるサービスや
新しいサービスの形態を探す努力をしているのではないか。
荒れた海に真っ向から立ち向かうのではなく
波の隙間から、みんなの必要としているサービスをみつけだし、
そこに舵を切っているのではないか。
つまり、彼らは、新しい海を作り出す作業をしているのではないだろうか。
 
自分の会社も、いままでのような受注メインの仕事のあり方を
見直す時期かもしれない。
対面できない時代に、どのような広告手法があるのか。
いや、広告というフォーマットにとらわれずに、
人にブランドを認知してもらったり
購買につなげることはできないのか。
さらに言えば、クライアントの支援だけに絞らなくてもいい。
自分にしかできない、独自のコンテンツを今のニーズに
合わせて提供することはできないのか。
考えることも、やるべきこともありすぎるのではないか。
 
そうだ。いままでどおり、船をこぐだけじゃダメなんだ。
船として海を渡っていく生き方から
海を広げていく時代へ。
 
船を進めよう。新しい次元に。
海なきところに、海を作ろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-04-27 | Posted in 記事, 週刊READING LIFE vol.77

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