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大海原に漕ぎ出そう《週刊READING LIFE Vol.77「船と海」》


記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
約7年付き合った人と別れた。何となく感じてはいた。あまり会話しなくなったし、話しても何となく噛み合ってないし。喧嘩も増えた。だから感じてはいた。
 
でも感じたからってどうするのがいいのかわからなかった。過去に殆ど付き合ったことのない私はわからなかった。別れるとかそう言うのはハナから無かった。既に空気みたいになっていたから。いるのがあたりまえだったから。
 
私は20代の頃に、付き合うのは結婚前提と決めていた。多分それが足枷になったのだろう。付き合うか、付き合わないか、の話になった時「結婚前提の人以外付き合いませんがいいですか?」と必ず聞いていた。それを言った次の日から音信不通になった人もいた。ショックだったが若かった私は、それを曲げることはしなかった。かなり古い考えと思うかもしれないが、それでも付き合いたいと言ってくれる人がいるよね、と思っていたのかもしれない。少女漫画が好きな私はそういう王子様的な相手が出てくるのを期待していたのかもしれない。だから、友人の家で何人かで集まった時にそんな話題が出た時も、私はいつでも結婚前提じゃないと付き合わない、ということを話していた。かっこいいねと言われることもあれば、そんな人いないよ、と言われたこともある。でも何の根拠もなかったが、それでもいいという人がいるはずだと思っていた。
 
そんなある日、結婚前提でもいいという人が現れた。私は喜んだ。そうして付き合って、1年、また1年と過ぎた。いつの間にか5年が経った。結婚前提なのに既に5年、このままでいいのだろうか。少しずつ考える様になった。ちょうど考え方の相違も少し感じ始めた頃だった。でも結婚前提って言ったこともあり、取り敢えず様子を見ることにした。更に1年経つと1年前以上に考え方の違いが見えてきた。ギスギスした空気が生まれた。ちょっとしたことでも喧嘩になり、一緒にいる時間が苦しくなっていった。相手もそう思ったのだろう。別れる話が出た。別れる、という言葉が私は理解できなかった。別れる、って何だろう。確かにお互いが遠くなってきて、何回か距離を置こうという話はあった。でも、別れる、はよくわからない。結婚前提、という言葉がここでも私をがんじがらめにした。
 
そしてまた1年……は過ぎなかった。相手が電話にもあまり出なくなった。ここまで来ても当時の私は理解できていなかったが、話し合いの末別れることにした。この時私は30代最後の年だった。40歳になる前に結婚したかったから別れたくなかったのかもしれない。この歳で独り身なるのきついと思ったことで中々手放せなかったのかもしれない、と今では思う。
 
そうして私は独りになった。最後の約1年はギスギスしていたし、喧嘩ばかりだったから大してショックは受けないだろうと思っていた。それが、何を見ても聞いても全部があの人に繋がる。こんなのすぐに乗り越えられると思ったのに全く駄目。泣くことは、更なる悲しみを呼ぶっていうし、泣かないで踏ん張ろうとしても駄目。勝手に壊れた蛇口の様に涙が止まらない。通勤電車や外を歩いている時にそうなるのはほんとに参った。3か月ほどずっとグズグズ状態は続いた。その間忘れようと、友人と食事に行ったり、イベントに出かけたりしたけど駄目。ちょっとしたことが引き金となり涙腺は崩壊した。
 
そんな中で3か月を過ごした頃、結婚式に参列する機会があった。彼女曰く、数カ月で結婚を決めたという。すごく親しい彼女に対して、祝福の気持ちはもちろんあった。でもグズグズ状態の私は、今じゃなくてもいいのに、とちょっと複雑だった。
 
結婚式当日、彼女はとても幸せそうだった。結婚式を終え、披露宴会場の準備を待つことになった。かなり広い待合室の、左右の壁際に椅子が並べられていて、自然と新郎関係者と新婦関係者が分かれて座る形になった。ただ彼女はご主人に並んで、新郎関係者側に座っていた。親しい彼女を遠くに感じて不思議な気持ちだった。披露宴が始まり、会食が始まった。披露宴での席次、集合写真での位置。この顔ぶれの中で、私の居場所はと考えると彼女の傍しかない。でも実際には、彼女のすぐ隣は私の居場所ではない。軽く塞いだ気持ちになった。私は結婚相手がいなくなっただけでなく、ここにも居場所が無いのか、と感じた。
 
披露宴も終盤になり、新婦が父母に花束を渡す。両親が席を立ち壇上へ。持参していたカメラを構える。彼女と両親の良いシーンを残すためだ。そうしてシャッターチャンスを伺う。彼女が感謝の言葉を言う。その後に彼女が父をハグする。
 
あ……。
 
彼女の表情がそれまでと違うものになった。ああ、そうか。
 
今日から彼女は別の家族の一員になる。彼女1人で別の新しい世界に漕ぎ出していく。心細さが無いわけではないだろう。これからは自分で乗り越えなくてはいけないことが色々出てくるだろう。例えていうなら、大海原に漕ぎ出していく様なものだ。
 
私は目が覚めた。終わったことに何をグズグズ言っているんだろう。泣いてたってなんにもならない。私はまだ30代、最終目標としていた40歳にはまだ時間がある。私は独りで抱え込むことを止めた。40歳までに結婚したいんだったら、動き出さなきゃ駄目だ。
 
私のことを知る友人に、婚活中であることを話した。紹介してくれるようお願いもした。こういうお願いをするのは恥ずかしいことだと思っていたけど、言ってみたら身構える必要なんてなかった。一回口にしたら、楽になってどんどん言った。数か月後には食事をする相手ができた。そして、トントン進み、みごと40歳前に結婚できた。いわゆるスピード婚と言われるものだった。
 
あの時目が覚めていなかったら、友人に婚活中であることを話せなかったら、自分からアクティブに動いてなかったら、この結婚は無かったかもしれない。どうやって付き合い始めたかというと、付き合う話が出た時にやっぱりあの言葉を言っていた。「付き合うのは結婚前提ですがいいですか?」ちょっと怖かったけど、これでまた音信不通とかになったらとは思ったけど口から出ていたのはこの言葉だった。でも返ってきた言葉は、OK。
 
彼女の結婚は大海原に漕ぎ出す大いなる船出だと思ったけど、彼女にもあっただろう婚活に踏み出す一歩も小さいながら一つの船出だったと思う。港に泊まったままではどこにもたどり着けない。どこにも向かわない。私という船を走らせておくこと、止まっていると感じたなら、次の船出を計画することがいつだって必要なんだと思う。

 
 
 
 

□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

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2020-04-29 | Posted in 記事, 週刊READING LIFE vol.77

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