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選択しないものの中にこそ、その人の個性が宿る《週刊READING LIFE Vol.321「フリー」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/8/28/公開

 

記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「日本人は無宗教の人が多いというのは知っているけれど。なぜあなたはクリスチャンではないの?」

20歳の夏、アメリカを訪れたときに出会った、マーシャという女性に聞かれた質問だ。お正月の初詣や法事となれば神社やお寺に赴くことはあっても、特定の宗教への信仰心を持たずに育った私は、「なぜ自分はクリスチャンではないのか」を考えたことは一度もなかった。

 

好きなことや興味のあることであれば、なぜ好きなのか、どうして興味を持っているのかを語ることはできる。では馴染みのないこと、興味の無いこと、意識していないことはどうだろう。なぜ自分は興味を持っていないのか、どうして自分はそれを選択しないのかを語れるだろうか。

 

自分が選択していないものが何か、そして選択しない理由をハッキリさせることで、自分の考えや生き方をハッキリさせることができることを、マーシャが教えてくれた。

 

 

 

大学3年生のときに、日本語を母語としない人に日本語を教える「日本語教育」のカリキュラムを、副専攻として受け始めた。

授業の中で、希望者はアメリカの小学校で日本語を教えるボランティアに参加できることを教授が教えてくれた。アメリカのオレゴン州に英語と日本語でのバイリンガル教育を行っている小学校があり、希望すれば9月の1ヶ月間、現地でどのような教育が行われているのかを体験できるというものだった。夏休みの間日本語から離れていた子供達がスムーズに授業に参加できるよう、サポートするのが主な内容だった。日本語教育の現場を見られるなんて、しかも相手が小学生というのは、なかなかできない体験だ。「今年の夏はオレゴンに行く」と決めた。

 

アメリカの新年度が始まる数日前の8月下旬に、オレゴンに着いた。

滞在期間中、ボランティアを行う小学校に通う生徒の家にホームステイすることになっていた。ホストファミリーはホストファザーにホストマザー、小学校4年生の女の子、そして小学校2年生の双子の男の子達だったが、ホストファザーは仕事で家を空けていることが多く、ホストマザーと3人の子供達との生活だった。

家に着いて早々ホストマザーに「近所に住む友人よ」と紹介されたのが、初老の女性マーシャだった。恰幅がよく、いつも豪快に笑い、ユーモアたっぷりのマーシャだったが、子供達がいたずらをするとピシッと注意する、頼りになる人だった。10歳前後の3人の子供を1人で面倒を見なければいけないホストマザーにとって、マーシャは心の支えになっていたのだと思う。

 

面倒見の良いマーシャは私のことを気に掛けてくれ、「子供達とずっと一緒にいると疲れるでしょ。ドライブに行こう」と、年季の入ったフォードで連れ出してくれた。「ここの中華が美味しいから夕飯はここにしよう」と行きつけのお店に連れて行ってくれたり、「どこか行きたいところはある?」と聞かれ「スーパー!」と言ったら連れて行ってくれた。コインを使いこなせずパンパンになっている私のお財布に気がつき、レジでは「このコインとこのコインを組み合わせて支払うといいわよ」と教えてくれた。

夜遅くまでマーシャとホストマザー、そして私の3人でパズルをしながらおしゃべりをしたり、会話の中でマーシャと私の共通の趣味が絵を描くことと分かってからは、マーシャの家で絵を描いて過ごした。

 

私の名前はモユというのだが、マーシャには発音し辛かったようで「モッユ」とか「モユー」と呼ばれていたが、そのうち「モヤ」と言われるようになった。

マーシャにはよく「モヤ。あなた、もっと英語を勉強しなきゃだめよ」と注意されていた。

 

週末の昼下がり、マーシャが「ドライブに行こう」と誘い出してくれた。

帰り道、いつも陽気におしゃべりをするマーシャが、改まった口調で問いかけてきた。「オレゴンには日本からの留学生が多く訪れるから、日本人の考え方に触れる機会があるの。だから日本人は無宗教の人が多いというのは知っているけれど。モヤ、なぜあなたはクリスチャンではないの?」

マーシャは毎週日曜日に必ず教会に行く、敬虔なクリスチャンだった。マーシャが宗教を大切に思っている理由を教えてくれた。元々クリスチャンではあったものの、そこまで信心深かったわけではなかったそうだ。ある時、マーシャの息子さんがバイクで大事故に遭い、瀕死の状態で病院に担ぎ込まれ緊急オペをすることになった。何時間にも及ぶオペの間、マーシャは「どうか息子が助かりますように」と必死に願い続けたそうだ。左腕を失ってしまったものの、息子さんは一命を取り留めた。

「あんなにも一生懸命神に願いを捧げたのは初めてだったわ。それから私は神の存在を信じるようになったの」

 

いつも陽気で人生を謳歌しているように見えるマーシャに、そんな大変な事があったことを知って驚くとともに、「なぜ私はクリスチャンではないのか」という問いが私の中でグルグルと回った。何かを言わねばと思い「自分の英語の能力では、自分の思いを説明できない」と答えた。

これは嘘だ。

英語だと説明できないのではなく、自分の中で解がないから答えられなかった。

 

考えたものの答えが見つからず、マーシャに自分の思いを語ることなくオレゴンでの滞在期間が終わった。

帰国後、当時お気に入りだったクロスのネックレスを手放した。信仰心を持たない私が、ただキレイだからという理由で持つことは、マーシャの真摯な思いを汚すような気がしたからだ。

 

 

 

その後もふとした時に「なぜ私はクリスチャンではないのか」と考えるようになった。

今では自分なりの解が出ているのでここに書こうと思うが、専門家や信仰心の厚い人からみたら「?」な内容かもしれず、全くの個人の見解なので、その点はご容赦いただきたい。

 

通っていた大学がクリスチャン系の大学だったため、授業の中で聖書を読んだり、解釈を学ぶ機会があったため、キリスト教は全くの未知の世界というわけではない。聖書に書かれている言葉「求めよさらば与えられん」は好きな言葉で、人生の指針にしている。好きな賛美歌もある。

ただ、私にとって聖書に書かれている神、そして授業中に教授が語る神という存在は強すぎた。人を迷える子羊にたとえ、誤った道に行かないよう導くのが神であるという考えは、有り難さを超え、掴みどころがなかった。神なんだから強く、畏怖の存在であって当然だろうというツッコミを受けそうだが、私にとってそれは不自然なことで、とても遠い存在のように思えた。

そう思ってしまうのは、自然や衣食住など身の回りのさまざまなものに神がいると考える文化の中で育っていることが、少なからず影響しているのだろう。偉大で絶対的な存在を崇めるのではなく、身近なものに感謝の念を抱き、先祖のおかげで今の自分が在るという思想の方が、私には合っている。

マーシャのように、自分の力ではどうしようもできない、人命に関わる出来事が自分には起こった事がないので、強い存在を感じたり、有り難いと思うことができないのかもしれない。そのような経験をせずに今まで生きてこれたことに感謝すべきなのだろう。

 

その後も変わらず、特定の宗教への信仰心を持たずに今に至っている。ただ以前と違うのは、「なんとなく」ではなく、自分の意思でそうしている。

「身近なものを大切に思い、感謝する」これが私流の信仰心と言えるのかもしれない。

 

自分が選択したものや選択した理由がハッキリしていると、前向きに行動することができ、ゴールや夢に近づく。自分が選択しなかったものと選択しなかった理由をハッキリさせると、ブレない自分軸が出来上がり、自分らしく生きられる。夢を叶えることも、自分らしく生きることも、どちらも重要だ。

選択したものだけではなく、選択しなかったものに対しても思いを馳せることの大切さを、マーシャの問いかけは教えてくれた。

 

 

 

マーシャ、あなたと出会ってから20年以上もの月日が経ちました。

お元気ですか?まだオレゴンに住んでいますか?

20歳の私に、貴重な問いかけをしてくれたことに感謝しています。あれから考えて自分なりの答えを出しました。もしあなたにまた会えるなら、お伝えしたいです。あなたのことだから、あなたの意見と違っても、「モヤはそういう考えなのね」と言ってくれるのではないかと思っています。

ただね、マーシャ。

あなたからの貴重なアドバイスに従わなかったため、あなたのモヤの英語力は壊滅的です。

来月には4年ぶりの海外旅行を予定しているのですが、果たして私の英語が通じるのか、そもそも聞き取れるのかとても不安です。でもどうにかなると信じて楽しんできたいと思います。

あなたと一緒にパズルをしたこと、絵を描いたこと、ドライブしたことは、今でも大切な思い出です。オレゴンで過ごした1カ月は、私の宝物です。

貴重な体験をさせてくれたことに感謝しています。

どうもありがとう。

 

ライタープロフィール

松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。東京都在住。

2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。

「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。

 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2025-08-28 | Posted in 記事, 週刊READING LIFE vol.321

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