株式会社ドッペルゲンガー

第5話 「スターの作戦」《小説連載「株式会社ドッペルゲンガー」》


Web READING LIFEにて、新作小説の連載がスタートいたします!
 
近未来の日本で、最新科学技術で作り出した自分そっくりのアンドロイドを使用する人たちの群像劇。
 
編集長も太鼓判の作品です。ライター・吉田けいが創り出す、ダークな世界観をお楽しみください。

第4話はこちら!

第4話 「鬼才の筆致」《小説連載「株式会社ドッペルゲンガー」》

記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

壇上で、さりげなく、でも綺麗に見えるポーズで立つと、一斉にフラッシュライトが瞬いてとても眩しい。
 
「こんにちは~、シャインだよ! キラキラ~ッ」
 
完璧な笑顔でにっこり、手を振ると、さらに激しくなるフラッシュ。司会の人がばたばたと何かを仰ぐようにすると、少し収まったかな。楽しそうな口調で、今日集まったお礼と、これから重大な発表があるよ、とアナウンスをしてくれた。
そう、今日は大事な発表がある。だからスタッフみんなで準備万端に用意した。都内のホテルを借りて記者会見をして、みんなに一斉にお知らせしなくちゃ。綺麗なライトの中で、マイクを受け取って、ちょっと恥ずかしそうにもじもじしながら話し始める。
 
「いつもシャインのことを応援してくれるファンのみなさんにお礼がしたくって、びっくりするものを用意しましたぁ」
 
清楚なイメージの、淡いグリーンのワンピースと、ピンクの大きなリボン。ふわふわした喋り方。大丈夫、打ち合わせ通り、うまくできてるよ。フラッシュに負けないように瞳を見開いて、ちょっと高いところを見るの。
 
「シャインのドッペルゲンガーを作って、ファンのみなさんと一緒に遊びたいなーと思います!」
 
パシャパシャパシャ、カシャカシャカシャ。
 
フラッシュとシャッターの音がいっぱいに鳴り響いて、大雨みたいになる。何度やってもこの瞬間は気持ちいい! 照れたように笑って、ゆったり巻いた髪をかき上げて耳にかける。うん、完璧。
 
「ファンのみなさんに、申し込んでもらって、抽選で、一人一人のおうちにシャインが遊びに行きま~す。あ、シャインはお仕事があるから、ドッペルゲンガーが行くよ! その様子をシャインのSNSにアップしま~す!」
 
にっこり笑うと、どよめきが大きくなった。シャインさん、それはデートができるということですか、シャインさん、と、質問タイムを待ちきれない記者さんが声を張り上げるが、また司会者さんにパタパタされていた。ここまで、完璧。非の打ち所がない、さすが私。ステージの脇を見て、目線が合うと、しっかり頷き合った。
 
「それでは、紹介しまぁす、シャインの──」
「シャインのドッペルゲンガーは、今みなさんの前で話しているその子でーす!」
 
私は大きく手を振りながら、ステージ上手袖からバッと登場した。
大きなどよめき、今日一番のフラッシュ! にこにこ手を振りながらステージ中央に進むと、私のドッペルゲンガーも笑いながら待っていた。彼女は緑、私は水色のワンピース。二人とも同じピンクのリボン、ゆる巻きの髪。恵まれた美貌、スタイル、なにもかも瓜二つな私達。ステージ中央で手を取り合って、打ち合わせ通りにっこり頷いて、一緒にポーズを決めた。
 
「シャインだよ! キラキラキラキラ~ッ」
 
決まった! ニュース特番は、これでもらった!
内心ガッツポーズしながら、私たちは頬を寄せ合い、特上の微笑みを振りまいた。

 

 

 

インターネットやSNSが発達して、芸能界は昔とはずいぶん様子が変わったと思う。いろいろなメディアでプライベートの様子をチラ見せするのは当たり前。平成の頃はアイドルグループ内で人気を競う選挙をしたり、教養やセンスを問う格付け番組が人気だったりしたそうだけど、あれが芸能界全体に広まった感じだ。楽曲の売上、SNSのコメント数、そういうのが芸能人の人気パロメーターになる。知識、教養、センス、品格、ありとあらゆるものを発信して、コメント数を競う。どこかの調査会社がそういうのを総合的に判断して、格付けランキングなんて始めたものだから、みんな必死だ。
 
私、シャイン二十五歳は、そんなランキングの女性部門でいつも十位あたりをウロウロしていた。高校生の頃に応募した読者モデルから始まって、そのままプロのモデルになって、バラエティ番組に少しずつ出るようになって、ドラマに出たり、歌を出したりするようになった。ダンスも歌ももともと好きで習ってたから、けっこう人気が出て嬉しかった。おかげでファン層も若い男女を中心にまあまあ広いと思う。アイドルといえばアイドルかもしれない。でも自分としてはモデル、女優だと思っている。恰好つけて言うならスターかな。もっといろんな人にシャインのことを知ってもらって、ランキングの順位を上げたいなと思っていた時に、CMでドッペルゲンガーのことを知ったんだ。自分の性格をコピーしたAIを移植する、自分そっくりなアンドロイド。記憶をシェアできる、もう一人の自分。見た瞬間、これだ! と思った。
 
シャインのドッペルゲンガーを作って、ファンの子と交流。それをSNSにアップ。
 
自分でもなかなか面白いことを思いついたと思う! すぐに事務所と相談して、株式会社ドッペルゲンガーの人と話をしてもらって、シャインのドッペルゲンガーを作った。企画は「シャイン☆シェアProject」って名前になって、SNSにハッシュタグをつけることにもなった。初めて見た時は鏡みたいにそっくりでびっくりして、二人でケラケラ笑った。私は本名がきらりだから、私をきらり、ドッペルゲンガーをシャイン、と呼ぶことに決めた。事務所の人とかも表に出る時以外はみんなきらりって呼んでたし、すぐに馴染みそうだ。
 
それで、今日はシャイン☆シェアの、最初の一人の始まりの日だ。事務所まで来てもらって、説明とか同意書とかをやって、それから引き渡すことになっている。わくわくしながらシャインと待っていると、ヒョロッとした若い男の子が事務所にやって来た。島村大樹くん、二十歳の学生だそうだ。緊張してキョロキョロしていたけど、応接室できらりとシャインがお出迎えすると、顔を真っ赤にして黙ってしまった。いいねいいね、そのリアクション!
 
「大樹くん、当選おめでとう!」
「今日から一週間よろしくね!」
「……あ、ひゃ」
 
私たちはニコニコしている係。細かい話をするのはマネージャーの係。でも内容は私もきっちり把握している。あくまでもバズを起こすためなので、期間中にメディアの取材は一切受けないでほしい、あくまでも個人のSNSでハッシュタグをつけて発信をお願いしたい。シャインをハダカにして写真を撮ったり、ほかにもエッチなこととか、分解したり壊しちゃいそうなことはNG。どこかにお出かけしたりする時の費用はシャインの分は事務所が出す。だから超豪華ホテルとかあんまり高いのはNG。バッグとか宝石とか、お金がかかって形に残るものをプレゼントするのもNG。一緒にお買い物に行って、シャインがその時持ってるお小遣いで買うのはOK。逆にシャインにそういうのを買ってもらって受け取るのもNG。期間中は万が一を考えて、シャインのSPがこっそり近くで様子を見ている……。
 
「……以上となります。ご質問等なければ、こちらの同意書にご署名をお願いいたします」
 
マネージャーのまくしたてるような説明に、大樹くんはぶるぶる震えながら頷いて、震えたまま必死にサインをした。字が震えてなんとか名前が分かるくらいだ。そんなに緊張しちゃって、可愛いなあ。きらりとシャインがクスクス笑っていると、こら、とマネージャーがきらりの方を小突いてきた。書類も仕上がって、着替えとか入ったキャリーケースも準備して、用意は万端。
 
「あ、あの、よろしくお願いし、しま、ま、シャイ、しゃ、シャインちゃ」
「よろしくね、大樹くん!」
 
シャインは立ち上がると、大樹くんの手をぎゅっと握った。大樹くんの顔が真っ赤になって、一緒に立ち上がる。大樹くんがキャリーケースを持って、シャインはかわいいポーチだけ持って、二人で事務所から出て行った。手をつないでいくかと思ったけど、大樹くんは無理です無理ですといって、一メートルくらい離れて歩きながら駅の方に向かった。
 
「さー、どんな投稿されるかな、楽しみ! 本当ありがとう、榑屋敷さん!」
「お気に召したようで何よりです」
 
さっきから応接室の隅っこで私たちのやり取りを見ていた白髪に眼鏡のおじさんは、株式会社ドッペルゲンガーの社長さん。名前はくれやしき、なんだっけ。難しい漢字と読みだった。シャイン☆シェアの企画が持ち上がった時から、面白い企画ですねと乗り気になってくれて、ドッペルゲンガーにつける機能や規約の作り方とか、いろいろ相談に乗ってもらっていた。今日も、最初の引き渡しは立ち合いたいって言ってたので同席してくれたのだ。
 
「このような用途があるとは、私どもも思いつきもしませんで。きらりさんの発想力には心底驚かされました」
「ふふ、そうでしょ~!」
 
榑屋敷さんは何かあればお気軽にお問い合わせください、と言ってすぐに帰った。私もこの後はいくつかスタジオ撮影が入っている、仕事に戻らなくっちゃ。シャインが大樹くんと一週間で何をしていたか、返却されてからメモリーシェアすれば分かるけど、きっとそれより前に大樹くんかそのお友達がSNSに投稿してくれると思う。どんな風に過ごすのか楽しみだなあ、今日はそれを励みに頑張ろうっと!
 
──やばい、ダイキがシャイン☆シェア当選してた。
──シャインちゃんとツーショット! 本物!? ダイキ強運すぎ!
 
仕事が終わってSNSを見てみると、「シャイン☆シェア」のタグに早速投稿があった。すごい! ドキドキしながら投稿を追いかけると、シャインは大樹くんのお友達と一緒に遊んでるみたいだ。学校っぽいところから、ボーリング、ゲームセンター、ファミレスと移動して、今はクラブにいるみたい。シャインだって気づかれたのか、ところどころギャラリーが多い写真もあるけど、サングラスにキャップをして、オーバーサイズの服を着ると、あんまり目立たないみたいだった。クラブで、楽しそうな大樹くんとお友達に囲まれて、シャインも笑っている。
 
「いいなあ、シャイン楽しそう! みてミヨちゃん!」
 
マネージャーのミヨちゃんにスマホの画面を見せると、わあ楽しそう、とミヨちゃんもニコニコしながら頷いた。
 
次の日はお友達と一緒にドライブ。その次はフットサル、バーベキュー、トレッキング。かと思うと映画を見たり、買い物に行ったり、ライブに行ったり、家でゆっくりしたり。シャインと大樹くんは、友達みたいな、恋人みたいな、そんな距離感で遊んでるみたいだ。私は学生の頃は仕事ばっかりであんまり友達と遊べなかったから、あんな風に遊ぶのにちょっと憧れていた。いいなあ、シャイン。大樹くんも楽しそうでよかった。
 
あっと言う間に一週間が過ぎて、明日はシャインが帰ってくる日に、一日早く大樹くんが事務所にやって来た。ミヨちゃんが慌てて応接室に通して話を聞こうとしたけど、シャインに直接話したい、と言って絶対に要件を言わなかったそうだ。だから私に連絡が来て、私も仕事が終わらせて急いで駆け付けた。応接室に入ると、大樹くんは思い詰めた表情で自分の膝を握りしめていた。誰かが出したお茶に手を付けていないのに、全身汗だくになっている。その横で、久々に見るシャインが、困ったように私と大樹くんを見比べていた。
 
「大樹くん、久しぶり。シャイン☆シェアは明日までだけど、何かあったの?」
「……あの、シャインちゃん、お願いです!」
 
大樹くんはその場にバッと立ち上がり、ガバッと床に頭をこすりつけて土下座した。
 
「わっ、何!? どうしたの!?」
「お願いです! シャインちゃんのコピーを作らせて下さい!」
「えっ!? コピー!?」
「はい! 正確には、ドッペルゲンガーのシャインちゃんの、そのコピーです!」
 
土下座したまま、大樹くんは一気にまくしたてた。もともと性格が暗くて、学校であまり友達がいなかったこと。シャイン☆シェアに当選して、シャインと一緒にいる間、急に声をかけてくる友達が増えたこと。みんなシャイン目当てだって分かってるけど、それでも嬉しかった。シャインがいなくなって、また一人になるのが怖い。高校生の頃からFXとかをやっていて、ドッペルゲンガー一体くらいならなんとか買えること。勝手にやって、私を怖がらせたくなかったから、お願いに来たこと。最後の方は、ポロポロ涙を流して、ぐちゃぐちゃになりながら話してくれた。
 
「お願いします、シャインちゃん、お願いします! エッチなこととか、あ、あと悪いことには絶対使いません! 僕の友達として、ずっと大切にします!」
「きらり、断ってもいいと思うよ」
「事務所としてはOKできないよ、きらり」
「ん~……」
 
確かにミヨちゃんと所長の言う通りだと思う。けど、大樹くんの勢いに押されて、私は即答できなかった。ここ一週間、SNSで大樹くんの笑顔をたくさん見た。シャインと一緒にいっぱい笑ってて、楽しそうだった。……シャイン☆シェアに当選する前は、SNSでもあんまり人と絡んでなくて、時々ネガティブなことを呟くだけだったのも、見てしまった。
 
それに。
シャイン☆シェアのハッシュタグ、今すごく盛り上がっている。私のランキングも、今までで最高の八位に上がっていた。こんなにすぐ影響が出るとは思わなかったんだ。
それは、トップバッターが大樹くんだったおかげだって感じている。
 
「……わかった、いいよ、大樹くん!」
「本当ですか!?」
「きらり、軽率なこと言うんじゃない!」
 
所長が怖い顔をして怒ったけど、ここで負けちゃだめだ、きらり!
 
「シャイン☆シェアの人気が出たのって、大樹くんのおかげですよ、所長! シャイン自体は戻ってくるんだし、大樹くんも悪いことには使わないって言ってるし!」
「きらり、しかしだな」
「大樹くん!」
「は、はい!」
 
私はもう所長は無視して、土下座から顔を上げただけの大樹くんににっこり微笑んで見せた。私の考えが分かったのかな、シャインも私の近くに来て、同じように微笑む。
 
「作っていいよ、シャインのコピー! その代わり、お友達と一緒に、シャインのことこれからも応援してね!」
「は、はい! 一生応援します! シャインちゃん大好きです!」
 
大樹くんはボロボロ泣きながら何度もありがとう、ありがとう、と頭を下げた。所長ががっくりとうなだれ、ミヨちゃんは真っ青な顔でため息をついている。二人はいろいろ心配してるんだろうけど、もともとドッペルゲンガーがいるんだし、一つが二つになっても同じじゃない? それに、こうした方が、ランキングももっと上がりそうじゃない? おっと、そんなズルいことを考えているのは顔に出さないようにしなくっちゃ。
 
大樹くんは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、シャインを連れて事務所を出た。今から急いで株式会社ドッペルゲンガーに行って、いろいろ手続きをしてくるそうだ。所長は最初カンカンに怒ってたけど、私がランキングのことを言うと、ぐむむとなって反論できなくなったようだ。しめしめ。次の日、シャイン☆シェアの返却の約束の時間には、大樹くんとシャインと、それから株式会社ドッペルゲンガーの榑屋敷さんが一緒に来た。
 
「あ、あの、榑屋敷さんが一緒に来たいって仰い、まして」
「お話は島村様から伺っておりますが、今一度きらりさんのご意思を確認させていただきたく伺いました」
 
白髪に眼鏡のおじさんは、私とシャインを品定めするように見比べて、軽く肩をすくめる。
 
「きらりさんのご意思ということでしたらドッペルゲンガーのコピーに問題はございませんが、個人的にはお勧めいたしません」
「なんでよ! 私がいいって言ってるんだからいいじゃない!」
 
私が強めに言うと、ミヨちゃんがきらり、まあまあと私を取り押さえようとするが、私はそれを振り払った。
 
「こっちは人気商売なのよ! 犯罪でもないのに、何が悪いのよ!」
 
怒鳴る私を、大樹くんが呆然と見ている。おっといけない、シャインじゃなくてきらりの素が出ちゃったかな。ファンがいる時はイメージを崩さないようにしないとね。
 
「……大樹くんの助けにもなってあげたいの!」
「……そうですか。かしこまりました」
 
何か反論してくるかと思っていたけど、榑屋敷さんは、私からすっと目を逸らしながらあっさりと頷いた。持っていた鞄から書類を出して、これこれにサインを、と説明を始める。複製するためのデータ提供とかの同意書だそうだ。私はまだどこか怒っていたけど、話が進むなら別に怒らなくてもいいやと、素直に書類にサインをした。
 
「ほら、これでいいんでしょ」
「ご署名、承りました」
 
榑屋敷さんは営業スマイルを浮かべて、書類をさっとしまった。オロオロしているだけだった大樹くんが、シャインちゃん、ありがとう、とまた泣き出したので、私とシャインで大丈夫だよ、と励ました。ミヨちゃんはもう呆れてため息ばかり。所長はちょっと顔をのぞかせたけど、もう無駄だとばかりにすぐに引っ込んでしまった。大樹くんが泣き止んだ頃、シャイン返却の手続きも終わり、榑屋敷さんと大樹くんが揃って帰っていった。
 
榑屋敷さんは帰り際にもう一度私を見て、ぽつりと呟いた。
 
「人気者になれるといいですねえ、きらりさん」
 
なによ、そのバカにしたような言い方! 私が怒鳴り返そうとしたけど、ミヨちゃんに止められている間に、応接室の扉が閉まってしまった。あー、やだやだ。忘れよう。

 

 

 

大樹くんのところから戻ってきたシャインとメモリーシェアをすると、まるで学生時代に戻ったみたいな楽しい記憶が盛りだくさんだった。素敵、素敵! 私はさっそく記事にして、SNSにアップすると、瞬く間にたくさん「いいね!」がついたり、記事をシェアしてくれた。これでまたランキングが上がる。来週からは次のシャイン☆シェアが始まるし、この調子でいけば一位も夢じゃないかも!
 
大樹くんの次の人は、アラフォーのおじさんだった。この人はシャインにいろんなコスプレをさせて楽しんだみたいだ、流行りのアニメのヒロインの格好をしたシャインの写真が大人気になった。その次は私と同年代の女の子。二人でフォトジェニックな場所にたくさん行ってたくさん写真を撮って、双子コーデをしたりしていた。女の子もけっこう可愛かったので、それも話題になったみたいだ。病気でずっと入院している男の子と一緒に、病院の周りを散歩したりする時もあった。その時は男の子の境遇が可哀想で、信じられないくらいたくさんの「いいね!」がついた。読者モデルの頃から追いかけてくれてる子、ライブ遠征に全部ついてきてくれている人も当選して、懐かしいトークをしていたようで、その記憶をシェアした時は胸がじーんとした。
 
ランキングはあれからもじわじわと上昇していった。今は五位だ、念願のトップファイブ! 一つランクが上がると、その次に行くのはどんどん難しくなってくる。上位ランクは実力派の歌手や正統派の女優など、私も憧れるようなすごい人たちがずっとランクインしていて、そこに食い込んでいくためには相当プッシュしないといけない。最初はちょっと怖かったけど、シャイン☆シェアを応援してくれる人たちの勢いに励まされて、何が何でも一位を取ってやろう、と思えるようになった。
 
「さて、今日はシャインは何してるかな……」
 
仕事の合間にSNSで検索。今週は飲食店のオーナーさんのところに行っていて、アルバイトっぽいことをしている。制服を着て笑っているシャインの写真が見つかった。その他にも、コスプレをしてるシャイン、何かの呼び込みをしているシャイン、誰かとデートをしているシャイン、全国各地のシャインの写真がたくさんたくさん出てくる。
 
そう、大樹くん以外にも、シャインのコピーをしたいと申し出てくる人がたくさんいたのだ。ドッペルゲンガーってマンションと同じかそれ以上に高いから、そんなに申し出があるなんて思っていなくて驚いた。お金ってあるところにはあるんだなあ。もちろんみんなOKして、そのかわりにシャインを応援してねとお願いした。そういうシャインのコピーのドッペルゲンガーは、シャインドールと呼ばれているらしい。シャインドールが作れる、という噂はあっという間にインターネットに広がって、それもあってシャイン☆シェアは大人気カテゴリになったのだ。
 
「わっ、このシャインは大人っぽいな~、こっちはすごい胸が大きい! 失礼しちゃう!」
 
みんながシャインドールを作るようになると、普通のシャインの他に、自分好みにちょっとカスタムする人が出てきた。髪の色や瞳の色だったり、体型だったり、宝塚みたいに男性化させたり、小学生くらいの子供にしたり。おばあさんバージョンのシャインを見かけた時は、人の欲って奥深いなあと未知の世界を覗いた気持ちになった。いろいろ見ていたけど、大樹くんのシャインドールの投稿はあまり見かけなかった。お友達と仲良くできてるといいけど。
 
「きらり、ファンクラブから、こんな企画が来てるよ」
 
ある日ミヨちゃんがそう言って持ってきた企画がすごかった。全国各地のシャインファンの集い、シャインドールで街をジャック、新曲PRのゲリラライブ! 本物のシャインちゃんも降臨! ファンクラブの会長さんが、全国のシャインドールユーザーに呼び掛けて、フラッシュモブみたいにしよう、ということらしい。これはすごい、私だけじゃこんなことできない! 所長も大変乗り気で、すぐにプロジェクトが発足し、あちこちに届け出を出したりして準備した。
 
決行は、ベタだけど、新宿駅東口。
 
「あれ、シャインドール?」
 
通りすがりの誰かがそう言う。
シャインドールが三人、おそろいのワンピースを着て、広場の中央に集まる。アカペラで最新曲の「With Our Love」の冒頭を歌い出す
 
──見つけた瞬間バチッと入る恋のスイッチ♪
 
三人とも見事なハーモニーで、何人かが足を止めてそれに魅入る。三人はバッと手を上げて、本物のシャインと同じ振り付けで踊り出す。なんとなく人の流れがぽっかりと開いて、ステージのようになり、踊り続ける三人。そこに普通の格好の女の子が飛び込んできて、一緒に踊り出す。踊りながら服を脱いで、カツラを取って、シャインドールが増えた!
 
「なになに、なんかイベント?」
 
──駆け寄って、声かけて、驚く君の顔♪
 
人ごみがざわめき出す。ざわめきの中から、また人が駆けだしてきて、シャインドールが増える。サビに入るところで、隠して設置してあったスピーカーから、音楽がスタートした。
 
──癖になりそうなの、君に会った瞬間の♪
 
どんどん増えるシャインドール、もう五十人くらいになっただろうか、隠れていたスタッフ達が、駅の出口横のステージをさっと整備する。増えていくシャインドールは、ステージの上にも上って踊り始める。
 
「すごい、シャインドールがいっぱい!」
 
──すぐに壊れちゃいそうなmy glass heart♪
 
プロジェクションマッピングが、大きなビルいっぱいに綺麗ない映像を映し出す。さらにシャインドールが増えて、駅前がシャインだらけになった後、大通りの向こう側から、シャインドールの上にシャインドールが乗り、お神輿のような、チアリーディングのような、とにかくピラミッドになった一団が歌いながらステージに向かってやって来た!
 
──息が詰まりそうな 現実の中から♪
 
ピラミッドのてっぺんで歌っているのは、私、きらり、本物のシャイン!
 
──君を連れ出して Escape with our love♪
 
「シャインちゃんだ! あのてっぺんのは本物のシャインちゃんだ!」
 
大歓声、大音声。数え切れないシャインドールに担がれて、私はステージに到着した。シャインドールも全員集まって、みんなで一斉にダンス。さすがドッペルゲンガー、みんな息ぴったり! ステージに乗り切らないシャインドールと、その向こうは真っ黒な観客。ライブでもこんな熱気はなかなか感じられない。シャインドールと一緒にステージするのって楽しい、気持ちいい! あっと言う間に曲が終わって、割れるような拍手をもらって、私達は観客の皆さんにいっぱい手を振った。
 
「みんな、お騒がせしてまーす! 新曲の『With Our Love』よろしくお願いしまーす!」
「シャインちゃーん!」
「シャインー!」
「すげーぞシャインドール!」
「かわいいー!」
 
大歓声にこたえて手を振っていると、観客の中に、大樹くんと、普段着の格好のシャインドールが見えた気がした。あれ、と思ってもう一度そっちを見ると、もう分からなくなっていた。そう、大樹くんと大樹くんのシャインドールは、連絡してもこのイベントに参加しないとのことだった。私、幻でも見たのかな。気になったけど、歓声がすごくて、すぐにそのことは忘れてしまった。
 
次の日のニュース特番は、もちろんシャインドールのゲリラライブで持ち切りだった! 観客の人が撮影した動画があちこちのメディアで引っ張りだこで、シャインのアカウントにも絶賛の声が殺到した。ゲリラライブに関するインタビューもたくさん受けて、新曲のアピールもしっかりする。これは絶対ランキングに反映されるはずだ! ランキングは曲の売上だけじゃなくて、SNSのリアクションも加味されているから、絶対もっと上の順位に行けるはず! ドキドキしながらランキングの更新を待ってサイトを見てみて、ミヨちゃんと一緒に絶叫した。
 
「に、二位だって! ミヨちゃん!」
「きらりさんすごい! やりましたね!」
 
所長もホクホク顔で、よくやったきらり、この調子で一位を狙え! と激励してくれた。言われなくても狙ってますよ! と返すと、その意気だ、と笑っていた。
 
でも、しばらくしても、ランキングが二位より上に上がることはなかった。
新曲の売上は、いつもの倍は売れたと思う。SNSの反応も好調だった。でも、どうしても一位にはなれなかった。不動の一位はハリウッドでも活躍している実力派の女優で、どうしてもその差は縮まらなかった。でも私にはシャイン☆シェアがある、きっとそれで巻き返せる! そう思って頑張っていたけど、SNSで検索して、シャイン☆シェアがヒットする件数が減ってきていた。
 
「所長、最近私の露出減ってませんか? もっと積極的に使ってください!」
 
所長にお願いして、ちょっとした仕事でも回してもらうようにして、一生懸命頑張った。でも、ランキングは変わらない。それどころか、二位から転落して、三位、五位、とどんどん下がり始めた。なんで、どうして? あんなに人気だったのに。シャインをシャイン☆シェアさせる頻度を下げて、バラエティに二人で出たりもしてみたけど、それでも駄目だった。
 
「……きらり、これ」
 
落ち込む私に、ミヨちゃんがスマホを持ってきた。インターネットで何かを検索して表示させたようだ。それは、インターネット掲示板で、芸能人の噂をあれこれ書き込むページだった。ミヨちゃんはここで、シャインに関する書き込みを検索したみたいだ。私はミヨちゃんからスマホをひったくると、食い入るようにそれを読み始めた。
 
シャインちゃん、シャインドールが手に入ったらもう用済み。
どれだけ貢いでも、せいぜい握手してもらえる本物はもういらん、シャインドールサイコー。
他のアイドルもドール作ればいいのに。
 
「な……ん……!」
「きらり……」
 
血の気が引いて、それから一気に顔が熱くなった。何を言ってるんだろう、こいつら! ミヨちゃんのスマホだってことを忘れて叩きつけようとして、ミヨちゃんが慌てて私からスマホを奪い返す。
 
「きらり、……見せるかどうか迷ったんだ」
「なんなのこいつら! 私がいなきゃシャインドールもいないじゃん! 私応援しないでシャインドールとか、ナメてんの!?」
「きらり……」
「全部、全部壊してよシャインドール! 全部私のパクリなんだから壊してよ!」
「榑屋敷さんに聞いたんだけど、コピーの同意をしてて、所有権はそれぞれのオーナーにあるから、無理だって……」
「うるさいうるさい! 壊してよ! 全部壊してよ!」
 
私の横で、私のドッペルゲンガーのシャインが、怯えた顔で私を見ていた。こいつだ。そもそもこいつがいるから、シャインドールができて、こんなことになったんだ!
 
「シャイン! あんたも消えなさいよ! あんたがいるから! ランキングが! こんなことになって、もうおしまいじゃない、どうすんのよ!」
「きらり……あの、私」
「うるさい!」
 
ドンとシャインを押すと、シャインはよろめいて壁に背中を打ち付けた。私と同じ顔が苦しそうに歪んで、ポロポロと涙を流す。それを見て、私の目からもボロボロ涙がこぼれた。
 
「人形なのに泣いてんじゃないよ! 私の方が泣きたいよぉー!」
「きらり、泣かないで、ごめんね、きらり……」
 
私とドッペルゲンガーは、お互いに縋り付いて、子供のように泣き続けた。

 

 

 

それから、芸能の仕事は全然来なくなって、所長の勧めで私は事務所を辞めた。
社会経験がない私が、素性を隠して働くのは大変だった。何せみんなシャインのことはまだ覚えている。バレたら馬鹿にされるか、裏で何か陰口を言われて悔しくて、いくつか決まったアルバイトもすぐやめてしまった。なので名前だけで登録できて、人とあまり接しないで済むようなアルバイトを、シャインと二人で細々とやっていくしかなかった。前の家は家賃が高くてとても払えなくなり、安いアパートに引っ越した。今日は駅前でティッシュ配りだ。風邪を引いているという体でマスクをして、シャインと二人で別々の場所に立ち、次から次へとティッシュを配る。お願いします、新装開店でーす。言われた通りの言葉を言いながらティッシュ、ティッシュ、ティッシュ。はじめはもらってもらえないことに傷ついたけど、今はもう何も感じない。
 
ようやく今日のノルマは終わり。段ボールの箱を事務所に戻したら解散。疲れたなあ、夕ご飯どうしよう、お金ないな。そう思ってあたりを見回すと、遠くの方で男女がじっと私たちの方を見ているのに気が付いた。ヒョロッとした若い男の人と、背の高い、サングラスに帽子の女の人。なんだか見覚えがあって、シャインと顔を見合わせる。二人は私たちが近づいていっても、離れずにその場にずっと立っている。
 
「……大樹くん?」
「……はい。お久しぶりです」
 
声をかけると、男の人は頷いた。ヒョロッとしているのは変わらない、でもずいぶんと垢抜けた感じがする。
 
「じゃあ、その横は、シャインドール?」
「はい、そうです」
 
女の人も、サングラスを外してぺこりと頷いた。私とシャインと同じ顔だ。シャインドールはまたすぐにサングラスをかける。それを見届けた後、大樹くんは照れたように笑った。
 
「またお二人にお会いできて嬉しいです、シャインさんたち」
「……私はきらりで、この子がシャインだよ。芸名だったの」
「あはは、ファンならみんな知ってますよ、そんなこと」
 
大樹くんの笑い声に、私は鼻の奥がツンと痛くなった。涙がポロポロ零れてきて、コートの裾で拭うけど追い付かない。
 
「ごめんね、応援してくれてたのに、こんなみっともないことになっちゃって……ごめん、ごめんね」
「何でシャインさんが謝るんですか。僕はずっとシャインさんのファンだっただけです。それはずっと変わりませんよ。シャインドールがいても、シャインさん……きらりさんを応援する気持ちに変わりはありません。それは今も同じです」
「大樹くん……」
 
ああ、涙が止まらない。大樹くんが、さっき私が配ってたティッシュをくれて、それで鼻をかんだけど、涙も鼻水もあとからあとから出てきて全然意味がなかった。大樹くんが背中をさすってくれたので、思わず腕にすがってわんわん泣いてしまった。
 
「ごめんね、取り乱したりして」
「いえ、全然。きらりさんでも泣くことがあるんですね、なんだか嬉しいな」
 
大樹くんが照れたように笑って、私は心の奥が暖かくなったような気がした。私がフラッシュに包まれていた頃、私に会うと、みんなこんな笑顔をしてくれたっけな。大樹くんは私がこんなになっても、こんな風に笑ってくれるんだな。
 
「ね、大樹くん、私これからごはん食べようと思ってたんだけど、一緒にどうかな?」
「え、いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
「全然! シャインと一緒だけど、二人じゃ味気なくてさ」
「僕もシャインと一緒だけど、いいでしょうか」
「もちろん! ごちそうしちゃう、あんまり高いのは無理だけど」
「やったー、ありがとうございます!」
 
私と、大樹くんと、シャインと、シャインドール。四人で手を取り合って、あははと笑いあった。ランキングが上じゃなくても、テレビに映らなくても、誰か一人だけでも笑顔にできるのって、こんなに嬉しいことだったんだ。たとえ大樹くん一人だけでも、笑顔になってくれたら私は嬉しい。ここで大樹くんと再会できたのは運命かもしれない。またここから頑張ろう。大樹くんが笑ってくれれば、きっと私は何でもできる。
 
私は、久々に軽い足取りで、大樹くんたちと一緒に歩き始めた。

 

 

 

数時間前。
駅前でティッシュ配りをしている女性を、男がじっと眺めている。ひょろりとして、すぐ横にサングラスをかけた女を連れて、何かブツブツと呟いていた。
 
「……もう、頃合いだと思う? ドール」
「いいんじゃないかな。いけるよ、大樹」
 
女の言葉に、男はニヤリと微笑んだ。
 
「何もかも、僕の作戦通りになったね。あとで迎えに行くからね、きらり」

 
 
 
 

❏ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE公認ライター)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-04-29 | Posted in 株式会社ドッペルゲンガー

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