人生を変える割烹

最終章 はちにんめ 道なき恋をする女、詩乃とマリコ《小説連載「人生を変える割烹」》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「わしのオンナにならへんか」
 
エルメスのスーツと帽子がこの上なくよく似合う在日韓国人朴は、100キロはゆうに超えているであろう巨体を乗り出し、詩乃に話しかけた。
 
「詩乃がついでくれる酒が一番うまい。どうや、誰かつきおうとる奴はおるんか」
「そんなん、いやしません」
 
朴が店にきてから、まだ1時間も経っていない。それでもテーブルについてサービスをしていた詩乃に何やら感じるものがあったのか、出し抜けに自分のオンナになれと言い出した。朴には妻も子どももいる。つまり、妾になれということだ。
 
なんだろう、言われて悪い気はしない。むしろ詩乃は高揚する気持ちを隠せなかった。この圧倒的な存在感を放つ在日韓国人である朴に、とてつもない興味をいだいてしまったのだ。
 
「朴さん、そんなんいわはるけど、奥さんいてはるし」
「それと、これとは関係ない。どうや」
 
眉毛をピクリとも動かさず、朴は一歩も譲る気はない。無駄なことが一切嫌いな朴は、のらりくらりと酒のチカラを借りてまで女を口説くことはしない。これだ、と感じる女性に出逢えば、まさに獲物を仕留めようとする豹のように鋭い目で睨みつけてくる。その眼力は断るすきを与えず、どうにも引き込まれてしまうのだ。
 
大阪の北新地にあるクラブ藤崎は、その筋の人しか来ない老舗のクラブである。詩乃は一流クラブでトップになると覚悟を決めて、働きはじめて半年ほどになる。最初はぎこちなく、お酒の作り方もろくにわからなかったものだが、ようやく少しは板についてきて、朴のように声をかける客も増えてきた。客に口説かれることなど日常茶飯事であるが、朴からの誘いはなぜか、断る気がしなかった。
 
「今日上がる頃に、車寄こすしな。ママ、その車に詩乃、乗せてや」
 
朴はそう言って、分厚い封筒をママに渡しながら店を後にした。
いつもお勘定は金額も訊かず、1本、つまり100万円を置いていく。バブル絶頂期のクラブではよく見かける風景で、客はバンバンと現金を切っていく。ママは慣れた手付きで封筒のなかをちらりと確認すると、詩乃に目配せしながら奥に引っ込んでいった。
詩乃はその様子をぼんやり眺めながらも、心臓は飛び出しそうになっていた。お酒に酔ったわけでもないのに、詩乃の頬は紅潮していた。

 

 

 

「マリコさん、お正月はどうされるんですか?」
「年末から実家に帰ろうと思ってる。ミアちゃんは愛媛に帰るんでしょう?私も神戸に帰るつもり」
「あ、そうなんですね、わかりました。社長って年明けはいつから出社されるかご存知です?今急ぎの案件をお願いされてて。2月には完成させたいビーガンスイーツのホームページ、年明けすぐに社長に確認したいんですよ」
「ちょっとまってね、確認する」
 
マリコは社長の秘書をしている。社長のグーグルカレンダーにログインして予定を確認するふりをするまでもなく、マリコは社長の予定はすべて把握している。社長が1月4日から出社することも、年末年始は仕事と偽って京都にいくことも。しかしそんな素振りは一切見せてはならない。職場でマリコが社長と付き合っていることは、絶対にバレてはいけないのだ。なぜなら社長は既婚で、大学生になる子どもも二人いる。つまりマリコは社長と不倫関係にあるのであった。京都へは、マリコが一緒に行くのである。
 
「1月4日から出社、ってなってるわね」
「ありがとうございます! じゃあ大丈夫そうですね、助かりました」
 
江戸マリコ、33歳、バツイチ、WEBコンテンツ制作会社で社長秘書をしている。世界を股にかける仕事がしたいと思い、アメリカの大学を卒業したのち、希望に満ちて帰国してみたものの、日本のあまりにもツマラナイサラリーマン社会に嫌気がさして、すっかり就職する気を失ってしまった。行きたい会社も見つからず、かといって起業するような度胸もなく、定職につかずにフラフラしていたところ、たまたま見つけたWEB求人広告で応募してみたことがきっかけで今の仕事に就いた。
 
「仕事とは、価値を提供することだ。売上は感謝の代償だ」
 
面接でそんなふうに語る社長に惹かれて、大きな会社でもなんでもないのに、何か面白いことができそうだと感じ、倍率23倍の狭き門をくぐり抜けて入社してきた。
 
小さい会社ではあるものの、質のいいWEBサイトをじっくりしっかりと作り続けており、クライアントさんからの評判もものすごくいい。そのため、特に広告を出していなくても口コミで仕事がいつも舞い込んでくる。マリコの仕事は社長秘書として、社長の仕事全般をサポートする。スケジュール管理や資料作成などのいわゆる秘書業務はもちろんだが、もっとも大切な仕事は顧客対応であった。
 
社長は一度会った人の顔と名前を全部一瞬にして覚えてしまう。マリコの仕事はその人達をファイリングして、こまやかなケアをすることだった。クライアントがパリに行きたいと言えばパリの美味しい飲食店リストを作って渡すこともあれば、旅行そのものの手配から予約までをすべて請け負うこともある。また顧客の誕生日には必ずプレゼントを贈ることを習慣としており、プレゼント探しから手伝うこともある。大体クライアントの好みをすべて把握している社長は、プレゼント選びでも一切手を抜かない。どこにいっても、何をしていても、常に「これは」と思うものを選んで買っておく。ヨーロッパに行けばヴィンテージのワインやアンティークのバカラを買い込んでおいたり、また国内出張のときはその土地でしか買えない銘品を見つけては買っておいたり、
 
「これ、◯◯◯さんが喜びそうだね」
 
そう言ってはいろんなものを買っておくことを習慣にしていた。ひどいときにはイギリスのオークションで19世紀のアンティーク家具を買ってきたぐらいだ。アメリカ帰りのマリコからしてみたら、今のインターネット社会で社長のプレゼント文化は「なんて非効率なんだ」と最初は面食らっていたけれど、にこにこしながらプレゼントを選ぶ社長と時間を共にすればするほど、その意味がなんとなくわかるようになってきた。
 
「マリコさんは、麺類が好きだよね」
取引先での打ち合わせを終えた帰りに、社長と少し遅めのランチと入った定食屋で、おもむろに社長が切り出した。
 
「いつも、よく麺類食べているよね」
 
マリコは鍋焼きうどんを食べていた。
そういえば昨日はパスタだったな、と思い出しながら言った。
 
「え、そうですか? 全く気づいてなかったです、自分が麺好きだなんて」
「うん、そういうものなんだよね、自分の好みって。案外自覚してないことのほうが多い。そして自覚がないもののほうが、心から好きなことが多いと、僕は思ってる」
「……なるほど」
「人のことをよく観察して、その人のことをよく見るようにすれば、その人が一体何が好きなのかが、なんとなくわかってくる。人は自分のことを案外よくわかっていない。だけどその人の好みをわかってあげることができたら、一気に人間関係の距離が縮まるものなんだ」
 
こういうことをいう社長が、マリコは大好きなのであった。
たくさんの社長たちを見てきたわけではないが、社長といえば売上がどうの、ライバル会社がどうの、とばかりを語るのかと思っていたら、マリコの社長は
 
「◯◯さんが今度ゴルフを始めるらしいんだけど、ゴルファーにおすすめの整体師をご紹介しよう。きっと筋肉痛でしばらく動けなくなるから」
「△△さんが猫を飼いたいらしんだが、東京近郊でちゃんとしたブリーダーさんを探してあげてくれないか」
 
と、そんな仕事ばかりをマリコにふってくる。
 
「うちは何屋だ?!」
 
と思わないこともなかったが、社長と一緒になって誰かを喜ばせることを考えることは、一番楽しい仕事の時間なのである。

 

 

 

とにかく、破天荒な男、と言うしかない。自らを“実業家”と名乗ってはいるものの、何をしているのか、どんな仕事をしているのか、詩乃には皆目見当がつかなかった。
 
「大阪に、コリアンタウンを作りたいんや」
 
在日韓国人2世である朴は、大阪の福島に生まれ育った。極貧で毎日食うものにも困るような生活だったという。それが今では何やらいかつい男どもが「朴さん、朴さん」と慕ってくる。ときには政治家から電話もかかってくる。只者ではない男たちが入れ替わり立ち替わり朴を訪ねてくる。
 
「朴さんは、やくざなんどすか」
思い切って詩乃はきいてみた。こういうことを尋ねるのを臆さないところは、さすが詩乃も詩乃、肝が座っている。やくざだろうとなんだろうと、この際関係がない。詩乃はこの、朴という不思議な存在力をもった男にますます惹かれているのである。
 
「そうやなあ、やくざに見えるなあ、やくざみたいな奴ばっかり、わしのところに来よるしなあ」
「やくざと、ちゃうの?」
「わしは、困ってる奴は助けると決めてるんや。そやから何や、あちこちからよう相談に来よるんや」
 
ますます、さっぱりわからない。
 
朴と付き合うようになってから、がらりと世界が変わった。厳つい男たちが入れ替わり立ち替わり朴を訪ね、詩乃が朴の女だとわかると“姐さん”と呼ばれるようになった。どこに行くにも背中に紋紋が入った男がベンツで送り迎えをしてくれるようになり、南堀江にマンションを構えて、そこに朴も泊まりにくるようになった。最初はそういうものが珍しく、少しは気持ちもはやりはしたが、それよりも何より、この朴という不思議な男の魅力が詩乃を離さなかった。
 
「結婚? そんなこと、考えたこともない」
 
朴と結婚したいとか、そういうことは一切考えなかった。ただただ一緒の時間を過ごすだけでいいと感じていた。すでに彼は既婚者で、3人の子どもがいる。その家庭を壊すつもりは毛頭なかったし、むしろ朴の家族のことも大好きだった。家庭があろうとなんだろうと、朴は自分のために時間をつくり、気をくばってくれる。それだけで充分に幸せだと思わせる気迫みたいなものが、朴と詩乃の間には存在していた。
 
いわゆる二号さん、つまり妾である。しかし詩乃はそこに引け目など全く感じておらず、むしろ堂々としていた。妾を持つ男には度量と器が必要だが、妾になるのも才覚がいる。普通の女ではとうてい妾にはなれないのである。

 

 

 

マリコはバスタブに顎まで浸かり、じっと考え事をしていた。
 
社長と付き合いはじめて2年、ものすごく充実した時間を過ごしていた。ただ、人に言えない関係であることが本当にもどかしい。
 
職場では「付き合ってる人はいるの?いないなら紹介するよ」というおせっかいな同僚たちを巧みにかわさなくてはならず、実家の両親からは「いい人はおらへんの」と、ことあるごとに訊かれる。どうして人は、他人のことをほっといてくれないのだろう。何気なく発せられる言葉は、地味にうっとおしい。
 
額に汗がじっとりと滲んできた。
 
社長のことは大好きだし、ずっと一緒にいたいとも思うけれど、結婚したいとは思ったことがない。社長秘書という仕事柄、奥さんやお子さんたちと会うことも多いが、彼らのことも大好きなのである。いつも気を利かして動き回る社長は対象的に、社長の奥さんはのんびりしていて、人を疑うことを知らない。大学生になる社長の息子たちは、いまどきの子と思えないぐらい礼儀正しく本好きで、いつも本を読むか本の話をしている。そういう社長一家のすべてが大好きだから、それらをぶち壊す気はさらさらない。
 
じゃあ、なんで付き合ってるんだろう?
私は社長に、何を求めているんだろう?
 
考えても答えは一向に浮かばず、頭がクラクラしてきた。
これ以上バスタブに浸かっていたらゆでダコになってしまう。マリコは冷たいシャワーを頭からかぶった。頭のなかに浮かんでいたもやもやが、これで少しは晴れるような気がした。

 

 

 

「黒豆がそろそろできあがるえ。きんとんのほうはどうえ?」
「はい女将さん、こっちももうできあがります」
 
割烹の年末は忙しい。
世間は仕事納めで早々に仕事を切り上げるが、料理屋はそこからが忙しくなる。先斗町にある女将の割烹も、お客様にお配りするおせちの準備で、厨房はまるで戦場のようだ。
 
おせち300人前、それらを年内に作りきり、大みそかにはお得意様の家を配ってまわる。一年の締めくくりとなる大仕事に加えて、当然ながらいつもどおり店を訪れるお客様も絶えない。
 
「おいでやす、ようこそいらっしゃいました」
 
マリコと社長は、先斗町にある割烹を訪れた。どんなに厨房が忙しくとも、年越しの準備があるからと店を閉めることは決してない。最後の最後まで料理屋としての役目を果たすことに、女将はこだわっているのだ。料理屋の役目とは、お客様に美味しい食事と極上の時間を提供すること。それを求めている客がいるかぎり、ありがたく仕事をさせていただく、これが女将の信条だった。
 
二人をひと目みただけで、女将は彼らが普通のカップルではないことを見抜いた。既婚のカップルだけがもつ緊張感のない馴れ合いの空気ではなく、かといって他人同士のようなよそよそしさもなく、ただただ好き同士の二人が楽しい時間を過ごすため、またお互いを大切にしているという心地よい二人の波動があった。その中にも何か少しの屈託を抱えるマリコの心境を、女将は敏感に感じ取ったのである。
 
「女将、ご無沙汰してます。こちら、マリコさん。うちの会社で働いてくれてるんだ」
 
「社長、ようこそおいでやす、ご無沙汰どすなあ。マリコさん、ようこそおいでやす、今日はこちら、初めてやね。暮れのお忙しいときに、ほんまおおきに」
 
女将はにこやかにマリコに話しかけた。
初めて訪れた京都の料理屋で、一緒に訪れた社長はいわゆる不倫相手、しかも何やら只者ではない雰囲気が滲み出している女将を目の前に、さすがの帰国子女であるマリコも大いに緊張していた。そんなマリコを察して女将は、常連である社長には必要以上の馴れ馴れしさをみせず、マリコのほうをしっかりと見て言葉をかけてきた。
 
「何か、お嫌いなものはおへんか」
「あ、大丈夫です、なんでも食べます」
「よかった、今日はええカニが入ったんで、カニづくし、さしてもらいますね。カニはお好きどすか」
「はい、大好きです」
 
女将に引きずられて、するすると緊張が溶けていったものの、好きとか嫌いを論じられるほどカニを食べたことはこれまでに一度もない。ただ女将のペースに自然と乗せられ、大好きだと答えてしまった。自分は人から何かを言われたら、断れない人間なのだろうか?だから社長に「付き合おうよ」と言われたときに、断れなかっただけなんじゃないの?それって単に優柔不断なだけで、自分がないってことじゃない?割烹の廊下を案内されて歩きながら、ぐるぐると変な思考が頭をよぎる。どうも今夜は自分の思考が感情に支配されていると、そんな気がしてならなかった。
 
今日こそ、はっきりさせよう。
自分の気持も、社長の気持ちも。
マリコは自分たちの関係がどこに向かっているのか、そしてどういうゴールを描いたらいいのか、そこが見えないことに落ち着かないでいた。
 
一般に男女が付き合ったら結婚というゴールがあり、その向こうには出産や家庭というゴールがある。もしくは別れ、というゴールもあるだろう。しかしそのどれをもマリコは望んでおらず、自分の感情を自分で持て余しているのだ。
 
自分はいったい、何を望んでいるんだろう?
そして社長はいったい、この関係に何を望んでいるんだろう?
その望みは自分の望みと同じ方向を向いているのだろうか?
 
今日こそ、そこをはっきりさせたい、新しい年を迎える前に。
そんな目論見がこの京都旅行には秘められていたのである。
社長はそんなマリコの気持ちには気づいた様子はなく、ただ淡々といつもの調子で話しかけてくる。人の気持ちや好みに敏感な社長であるが、自分の恋人についてはなぜか、見えなくなるものなのかもしれない。
 
襖がすすっと開いて、お料理が運ばれてきた。
九谷焼の美しい蓋物の茶碗で、そっと蓋をあけるとふわり、とカニの香りがたった。
 
「カニまんじゅうどす」
 
カニの身をふんだんに使い、団子状に丸めたお芋につつみ、こんがりと油で揚げた上に葛餡がとろりとかかっている。ツヤツヤの餡がいかにも美味しそうだ。本来京料理では鴨を使って鴨まんじゅうにするところを、カニを使ってアレンジしてあるのだった。
 
「ほんまはじゃがいもやら里芋を使うんどすけど、今日はちょっと変わったお芋をつかってるんどす。なんやと思わはります?」
 
そんなことを言われても、マリコにはさっぱりわからない。
料理は苦手であまりやったことがなく、京料理の知識などさらさらない。鴨まんじゅうだろうとじゃがいもだろうと、初めて訊いたことばかりで、その芋の代わりといったところで、思いつくのはさつまいもがいいところだ。
 
女将はすっとお盆を差し出した。その上には見たこともない芋がおかれていた。一見しょうがに見えるそのお芋は、普通のスーパーなどでは見かけることのない食材であった。
 
「菊芋どす。食べたことおありどすか」
「いや、初めてです。見るのも初めてです」
「このお芋ね、今の季節にしか食べられへんのですけど、生でも食べられるちょっと変わったお芋なんです。生やとシャキシャキした食感でサラダでもいいし、ぱりぱりに揚げてもいい、蒸したらホクホクになる、そんな面白いお芋どすねん」
 
続けて女将は言う。
 
「鴨まんじゅうも、京都の代表的な伝統料理どすけど、そういうのも大事どすけど、それよりも大事なんは、目の前にある食材やら、今ここにあるもんを大事にするっちゅうことなんや。それが京料理の真髄やと、私は思う。
 
決まりきった型通りの京料理を作り続けることが京料理やない。
お客さんのお好みやら、その季節のもんやら、ご縁のある食材やら、そういうもんをいつも肌身で感じて、それらが最高に美味しくなるように気持ちを込めることが、何より大事なんや。今日はそういうことを感じてもらうために、来はったんかも知れまへんな」
 
「型にはまらず、その時々でのベストを尽くす……」
 
「そう。伝統は守るだけでは守られへん。大事なんは自分のあり方と向き合い方や。型を守るだけの生き方なんて、つまらへんやろ。
それに、や。カニまんじゅういうて、カニとカモ、一文字しか違わへん。ニかモの違いだけやけやし、たいした違いとちゃう。京料理のうるさ方も、これなら文句いわしまへん」
 
と女将は着物姿で肩をすくめてみせた。そのしぐさがなんだかちょっとアメリカ人ぽくで、マリコは女将にすべてを見抜かれていることを悟った。
 
「そうよね、今を、ただ、一生懸命生きればいい。何を守るか、どう見えるかという世間の常識にとらわれていたら、一番大事なものを見失ってしまうよね」
 
熱々の餡をごくりと飲み込みながら、まさに何かがマリコのなかで、文字通り腑に落ちていったのである。

 

 

 

「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくおねがいします」
 
年が明けて初出勤の日、新春のさわやかな気配に包まれ、オフィスはまだのんびりムードが漂っている。マリコはいつもどおり朝一番に出社し、社長の郵便物を整理していた。お正月だから年賀状が山ほど届いている。それを一枚ずつ確認しながら整理していると、ふと1枚、ふわりとお香の香りがする年賀状に目がとまった。
 
京都の、あの女将からの年賀状である。
住所は書かれていないけれど、筆文字で書かれた女将の筆跡でなぜかすぐにわかった。年賀状には達筆でひとこと、
 
おめでとうさんどす
今ここ
 
としたためられており、末尾に小さく名前があった。
 
京都先斗町 詩乃より、と。

 

 

 
<<終わり>>

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女将のお懐紙レシピ
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伝統京料理、鴨まんじゅう
 

材料
じゃがいも 100g
里芋 100g
葛粉 少々
塩 少々
 
鴨ミンチ 50g
塩少々
醤油 小さじ1/2〜
みりん 小さじ1/2〜
生姜汁 少々
 
一番出汁 1.5カップ
酒 大さじ1/2
薄口醤油 大さじ1/2
葛粉 大さじ1
 
卵白 適量
ぶぶあられ 適量
 
生姜のすりおろし 適量
 
作り方
1 芋類を串が入る位まで蒸し、皮をむいて熱いうちに裏ごしする。
2 1に塩少々で味を整えて、葛粉少々をつなぎに入れて混ぜる。
3 小鍋で鴨ミンチを炒め、塩少々、醤油、みりん、生姜汁で味付けをする。
4 1を団子にし、その中央に3のミンチをいれて団子状にする。
5 ボウルに卵白をいれ、そこに4のミンチボールをいれてぶぶあられをまぶす
6 小鍋に出汁、酒、薄口醤油で味付けをし、水溶き葛粉でとろみをつける。
7 5を165度ぐらいの油でさっと揚げ、器にもり、6の餡をかけて生姜のすりおろしを乗せてできあがり。熱いうちにお召し上がりください。
 

菊芋チップス
 

材料
菊芋 好きなだけ
揚げ油(菜種油、ごま油など)
塩 適量
 
作り方
1 菊芋は泥がついていることがあるので、よく洗う。
2 皮はむかず、そのままスライスにしていく。
3 生でもパリパリと食べられる。
4 油を180度に熱し、2をカリカリになるまで揚げる。
5 塩をまぶしてできあがり。

* この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
* レシピの効果には個人差があり、効果・効用を保証するものではありません。
* 菊芋とはキク科植物の根っこの部分で北アメリカ原産。天然のインシュリンと言われるイヌリンを豊富に含んでおり、その健康効果に昨今注目を集める野菜である。血糖値のバランスが良くなると心が安定しやすくなり、悩むことが少なくなります。

 
 

◻︎ライタープロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/event/103274
 


2020-01-06 | Posted in 人生を変える割烹

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