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家計管理なんてするな!《週刊READING LIFE Vol.61 クリエイターのための「家計管理」》


記事:一色夏菜子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

あの手この手を尽くしても、家計管理はできない。
 
そう覚悟を決めると、世界が開けてくる。
 
いや、私が家計管理をしていないわけではない。むしろし過ぎているほうだ。家計管理の偏差値なんてものがあれば、軽く68はいくだろう。自営業者でもないのに、毎月使った額をまとめた支出管理表と、その時点で銀行にいくらあるかをまとめた資産管理表を作成するので、月末は忙しい。この習慣を始めてから、もう10年以上たつ。作成した管理表は全てGoogle Driveに保管しているので、過去データもいつでも振り返ることができる。
 
しかし、それでも、家計管理はむずかしい。私には、できない。
 
毎月末、支出管理表をつけながら、悲鳴をあげる。
 
「今月も教養娯楽費にXXX円も使ってる……」
「今年の総支出はXXXXXX円以内に収める予定だったのに、すでに8月時点で9割を使い果している……」
「いや、来月からの支出をXXX円以内に収めれば、どうにかしてXXXXXX円以内に収まるのでは……(そして都合のいい目論見はうまくいかず、予定を大幅にオーバーして年末を迎える)」
 
使いすぎを防ぐために支出管理表をつけ始めたのに、いくら記録をつけても肝心の「管理」はできない。むしろ家計簿を見るたびに、自己嫌悪がつのる。
 
自己嫌悪するなら反省して、対策を考えて、実行すればいいじゃないか……と冷製な頭では思う。しかし、言うは易し。行うは難し。日本政府の財政だって赤字垂れ流しなんだから、私ごときの支出管理が思う通りにいかないのは当然だ! と自己正当化を始めてしまう。
 
毎日のランチ代を節約して月1万円浮かせたら、友人が結婚して御祝儀が必要になる。書籍代を節約したら、家電が壊れて買い替えが必要になる。ヨガ教室に行くのをやめてお小遣いを捻出したら、病気をして病院に払うお金が必要になる。まさに、いたちごっこ。
 
記録しても管理することができないなら、いっそあきらめて、記録するのをやめてみよう! と思い立ち、支出管理表をつけなかった時期がある。新卒で働き始めたころだ。
 
そうしたら、大変なことになった。
 
クレジットカードの支払い日が過ぎると、給料日直後なのに、銀行に残高がほとんど残らない。クレジットカードの支払いは滞納すると大変だぞ! と親に口を酸っぱくして言われていたので、カード支払いの滞納=ブラックリスト入りだけは回避していたが、現金がないのでカードを使う、給料が入る、カードの支払いで給料のほとんどがなくなる……まさに自転車操業の状態を半年ほど続けた。
 
このままではブラックリスト入りも時間の問題……と危機感を持ち、つけはじめたのが資産管理表だった。管理しようと思って始めたわけではない。カード支払いの引き落としが問題なくできるか不安で、銀行残高を1ヶ月に何度も確認するようになっていた。ときによっては確認したことを忘れて、翌日また残高確認することもあった。これでは非効率だと思い、メモ帳に書き留めるようになった。それが始まりだ。メモ帳ではなくノートに、ノートに書くならエクセルに……と流れて、毎月決まった時期に銀行残高がいくらあるのか記録するようになった。
 
あれれ、記録しても管理できないから、記録をやめたはずなのに。
 
ということは、記録しないよりは、したほうが良いのか……。
 
そう思い直して、支出管理表も再開した。その結果、毎月、2種類の管理表を作るようになった。記録しても管理できるわけではない。が、記録することで安心感や心理的なメリットが得られるようになる。つまり家計管理のためではなく、自己管理のための管理表だ。
 
さて、クレジットカード地獄にハマりかけた私は、管理表に加えて、もう1つの対策を講じていた。それは、デビットカードの導入だ。
 
デビットカードを知っているだろうか? なぜか日本だとあまり普及していないが、クレジットカードと違って「未来への借金」を作らない健全なツールだ。
 
クレジットカードは買い物と支払いのタイミングに、1ヶ月程度のギャップがある。そうすると、忘れたころに大きな請求が来て、つい忘れてしまう。いっぽう、デビットカードは買い物したその時点で、すぐに、銀行口座からお金が引き落とされる。銀行に残高がないと、支払いができない。
 
不便なようだが、使いすぎ防止には効果的だ。残高確認をしなくても、お金がなければ買い物ができない。つまり、今使えるお金=今の自分が持っているお金。ギャップがない。カードを使いつつも現金と同じ感覚でいられる。
 
それならカードなんて使わず、現金でいいのでは? と思うかもしれない。
 
しかし、私はネットショッピングが大好きだ。
 
特にそのころは、日本でサービス開始したばかりのAmazon.co.jpで、本屋では見つけられないようなマニアックな書籍を大人買いするのが、私にとって、何よりの楽しみだった。コンビニ支払いや銀行振込だと余分な手間とお金がかかるので、ネットショッピングはカード払いがいい。
 
しかし、どんなに楽しみなことであっても、今この時点でお金なければ、できない。未来への支払いの先送りはしない。万年赤字の家計をマトモな状態にするには、それくらいの強制力が必要だった。
 
そのころの教訓があり、私はいまでも分割支払いやローンは極力避けている。家計管理ができない私のような人間が、数年単位のローンを管理できるとは思えないのだ。宵越しの金を持たないのはきっぷのいい江戸っ子、宵越しの借金を持たないのはブラックリストを恐れる現代人。
 
未来への支払いの先送り禁止を続けていると、20代だと使えるお金が少ない。でも、欲しいものは尽きない。どうにかして可処分所得を増やせないか? と考えた私が行き着いたのは、固定費の削減だった。
 
家賃、保険・税金、携帯電話代、定期購読料、などなど。毎月必ず出て行く固定費を最小限に抑えれば、自分が好きに使えるお金が増える! そんな事実に思い至って、出来ることはなんでもやった。家賃や携帯代はできるだけ安く。任意保険の加入はほぼ0に。
 
固定費だけではなく、友人との交際費もどうにかして抑えられないか頭をひねった結果、できるかぎり家飲みをするようになった。自分よりも便利な場所に住んでいる友人と仲良くなると、その家を使って別の友達も交えて遊ぶようになった。
 
参加者全員が楽しめるように、ただの飲み会ではなく「スイカを食べる会」「ピェンロー鍋を食べる会」のようにイベント化して、参加者を募った。だんだん節約のためにやってるのか、趣味でやってるのか分からなくなったが、より少ないコストで、より多くの友人と、より楽しい時間を過ごせるようになった。
 
固定費は最低限に抑えて、可処分所得を増やす。そうすれば、お金についてあれこれ考えなくても、クリエイティブで楽しい暮らしが出来るようになる。
 
しかし、日本は税金が高い。年金の徴収額も上がる一方だ。こればかりはどうしようもない。
 
どうしようもないのだろうか?
 
日本を脱出すれば、税金が安くなるのではないか。
 
私はこのアイデアが気に入った。ぜひ実現しようと決めた。しかし日本脱出しても、仕事がなくては意味がない。人生百年時代、体が動く限りは稼ぎ続けなければ。
 
いろいろ調べて、自分が今までの職歴を生かして働けそうな場所を探して、シンガポールに引っ越した。シンガポールは税金も年金も安くて、固定費の大幅削減に成功……と思いきや、家賃が高い。日本と同じ感覚で1部屋を借りると、家賃が20万円もかかる。シェアハウスで、1部屋を間借りするだけでも月10万円。しかし、それでも、税金・年金の支払いが、その存在を忘れるほど安くなったので、自由に使えるお金は増えた。
 
安くなったのは税金だけではない。四季がないので、冬服を買わなくていい。年がら年じゅう同じ服を着ていても問題ない。年間の服飾費0も不可能ではない。暖房器具も買わなくていい。ホッカイロも要らない。暖房代もかからない。家賃は上がったが、トータルで見ると固定費は大きく削減され、可処分所得は大幅アップした。
 
そうすると、何が起こるか。
 
今までと同じ感覚で暮らしていても、お金が貯まる。
 
もちろん海外暮らしなので日本とは異なる点で色々な苦労はあるが、日本での努力はなんだったのだろう? というくらい、お金についての気苦労がなくなった。
 
このままシンガポールに住み続けていれば、お金の苦労はしなくて済むのでは……なんて思いつつ5年ほど住んだが、いろいろいろいろあって、数年前に日本に帰ってきた。
 
しばらく距離を置いたあとで日本に住んでみると、以前は気がつかなかった、見えない「固定費」に意識が向くようになった。家を借りるときの敷金礼金、好きでもないのに世間体で履いてるストッキング、使いもしないオプションがあれこれついた携帯電話、Suicaだと忘れがちな電車代の高さ、衣替えのたびに欲しくなる新しい服飾品、どんどん高機能になる空調器具、などなど。
 
欲しくないものは買わない、払う必要がないものは払わない。
 
いつも無意識に払っているものを可能な限り削ぎ落として、「固定費」を最小限に抑える。
 
そういうふうに心がけていたら、日本にいても、気がついたらお金が貯まるようになった。ああそうか、がんばって家計管理しなくても、それだけを心がければ良いんじゃないか!
 
管理なんてできない。でも、固定費はミニマムに抑える。
 
30半ばにして見つけた、私にとってのベストな家計管理術だ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
一色夏菜子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1982年生まれ。日本で5年働いた後、シンガポール移住。あちらで5年働いた後、日本帰国。たまに東南アジアに帰りたくなりつつ、日本で空を飛んでます。


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