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財務・会計管理は水のごとき《週刊READING LIFE Vol.61 クリエイターのための「家計管理」》


記事:大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
「独立したいのですが、相談に乗っていただけませんか」
こんな相談をよく受ける。
私はインターネットの黎明期にアフターファイブでウェブサイトの制作を手がけ始め、当時勤めていた食品会社を辞め独立した。それから来年で早二十年になる。
日本では起業後十年を超えて生き残れる企業がわずか3パーセントと言われる現代。間も無く二十周年を迎える私の法人は、これから起業を考える方に勝ち組の印象を与えるようだ。
実際は食べていくのが精一杯な零細企業が勝ち組かと言われると恥ずかしさを覚えるが、生き残れていることは事実だ。
そんな私の会社が創業当時から一貫して実践していること、そして、起業の相談に来られた方に必ずアドバイス(上から目線な感じで、個人的にはあまり好きではない表現だが)差し上げていることがある。
「財務・会計を節約の意味で自分が担うのは極力避けた方が良い。多少の出費はあるが、財務・会計は信頼のおける専門のパートナーを雇うのが肝要」
これは法人に関わらず、個人事業主として活躍されているクリエイターの方々にも同じ話をしている。
財務・会計管理は水のようなものだと思う。
これがなければ枯れてしまうし、必要以上に留めてしまうと濁る。また、無計画に増えてしまっても決壊して思わぬ災害を招く。
私が二十年前、初めて起業を意識した時、はじめにしたことは本屋へ行き起業の入門書を読みあさることだった。
その時読んだ本のいくつかに、起業してすぐは会計士を雇ったりすると月々の支出が増えるので、税金の申告に必要な最低減の伝票整理と、会計ソフト(今ではそういうウェブサービスも充実しているようだが)を使って決算や申告を社長自らが行い、出来る限りコストをかけないことだ、と言ったような指南書も多かった。
実のところ、この選択肢についてはそもそも疑問を抱いていた。そこには私が起業に至るまでに葛藤したことが関係している。私は起業の際、自分よりも優秀なデザイナーと、自分よりも優秀なイラストレーターと、自分よりも優秀なコーダー(デザインされたウェブサイトを実際にコンピュータの画面に表示できるよう特殊な言語へ変換するスペシャリスト)をパートナーとして選び、自分は彼らのマネジメントと経営全般を担うことにしたからだ。
経営者は自分の事業の最高のファンであるべきだ。そう考える私は起業前にクリエイティブを彼らと共に学び、切磋琢磨する関係にあったが、彼らの実力を目の当たりにすればするほど、自分自身が彼らの作るもののファンになってしまい、制作は彼らに任せた方が、むしろ良いものができると考えるようになった。
同時に、彼らには無くて自分にできることは何かと考えた時、それは営業や経営といった事業全体のマネジメントだと思った。
その事と同じ理由で、財務・会計も優れた外部の専門家に任せるべきだという考えに至った。
そうして、多くの起業指南書に逆らう形で、自営で内装業を営んでいた親戚に顧問会計事務所の紹介をお願いした。
紹介してもらった会計士は少し頭皮の薄くなった初老の、眼鏡が分厚い良い意味で会計士然たる風貌だった。
事前に月々の顧問料や別途発生する決算時の費用などを聞き、年間にかかるトータルの額を考えると、起業したばかりの私の事業には少し贅沢な気もしたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
その時紹介してもらった会計士、仮に平田さんとお呼びするが、平田さんは私の会社の設立からの事情を聞いてこう言った。
「お引き受けしましょう。但し、売り上げの規模から言ってうちの上代では少し厳しいと思いますので、目標の売り上げに到達するまでは通常の三分の二で結構です」
お金の管理をする人は、ディスカウントなどありえない人種かと思っていたので、この申し出は嬉しいと同時に少し驚いた。
「よろしいのですか」
そう聞くまだ当時二十代だった私に平田さんはこう言った。
「気に入りました。何がって、起業一年目からちゃんと会計事務所と付き合おうとする姿勢にです」
そう言って平田さんは薄くなった頭皮の額の部分のお肉にいっぱいシワを作りながら笑った。
「会計事務所と付き合うということは、それだけの支出を意識してビジネスを大きくする目標のある方ですし、大事なところは臆することなく専門家の力を借りるというのは、私の好きな米実業家カーネギーに通づる」
今思い出すとカーネギーと比較されたのは小っ恥ずかしかったが、ご存知のようにアンドリュー・カーネギーは『鋼鉄王』の異名を取ったスコットランド生まれの米実業家で、その墓碑には『自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る』という有名な一節が刻まれている。(実はこの時平田さんにその話を聞くまで、私はカーネギーのことを何処かのホールの名前だと思っていた)
それくらい、当時の私は若く、無知だったが唯一知っていたのは自分の実力だった。それを平田さんは高く評価してくれたようだった。
こうして零細企業ながら、会計は平田さんに見てもらうことになったが、やはり餅は餅屋ということわざの通り、細かい経営に関する数字と付き合うことに煩わされることなく、本業に集中でき、また、度重なる税制改正や、資金調達に関する情報も毎月の定期訪問時に色々と親身になって説明してくれた。
中でも大変有効だったのは、当時、まだ若かったこともあり、保険に入っていなかったが、零細・中小企業の社長には退職金がない代わりに、積立型の保険を契約し、仕事を辞めるにはその保険を解約して退職金代わりに当てた方が良いとアドバイスをしてくれ、実際に契約する保険商品の選定も手伝ってくれた。時政も変わり、今ではありえないような優遇金利で加入できた保険は、当の保険屋から早く解約して欲しいと冗談を言われるようになった。
個人事業主や零細企業の社長さんは、この退職時の事を創業時に考えるのは、時間戦略として大変有効である事を覚えておいていただきたい。
また、他にもこんなアドバイスをくれた。金融機関とお付き合いをするというのは、二十代そこそこの若造にとってハードルの高いことの一つだったが、金融機関とは時間をかけて信頼関係を築いていくことが、いざという時転ばぬ先の杖になると言い、日本政策金融公庫(当時は国民金融公庫と言った)から必要でなくても借り入れをし、毎月コツコツ確実に返済をしろと勧められた。
使う必要のない借金をして、金利の分むしろ損をするのではないかと訝っていたが、十数年後、会社が危機的な資金難に見舞われた際、それまでの返済実績を理由に日本政策金融公庫から当時の実力以上の運転資金借入に応じてもらえ、事業を継続することができた。
考えてみればこれも時間をうまく有効活用した非常に有効な考え方だ。
そんなこんなで数々の有益な情報を提供してもらい、我が社は細々とだが生き残っている。
私のような零細企業の経営者や、個人事業主として頑張るクリエイターなどは、とかく支出を抑えて効率的にしたがるが、会計事務所を雇うことは費用を上回るコスト対効果が期待できると思う。
クリエイター(に限らずだが)は、創造するのが本来の仕事。だから、マネジメント(管理)は信頼できるその道のプロフェッショナルに任せるが良い。
それが私の考えるクリエイターの「家計管理」だ。
これからも、きっとその手の相談を受けるようなことがあれば同じことを話すだろう。

 
 

◻︎ライタープロフィール
大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2000年にWebサイトを中心としたデジタルコンテンツ制作で株式会社コンディションイエローを設立し起業。2009年デジタルハリウッド大学院にてDCM(デジタルコンテンツマネジメント修士)取得。インターネット中継をはじめとした動画(番組)、音声(ラジオ)コンテンツの企画・制作。2019年JUIDA無人航空機操縦技能証明書を取得し、新規事業としてドローンによる空撮及び写真測量の分野へ挑戦中。

 

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